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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第一話「起動」
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「起動」(4)

「ヒデト、ヒデト」


「……っせえな」


 いかにも不機嫌げにうなると、ヒデトは薄く瞳をあけた。


 ジト目でにらんだ先には、信じられないほど端正な少女の顔がある。見飽きた顔だった。


「なんだよ、ミコ。いい夢見てたのに」


「現場に着きました」


 気づけば乗用車は止まり、窓からはゼガ社の工場地帯が見える。大きな倉庫と社屋ばかりが並んだ無機質な景色だ。サイドブレーキをかけてエンジンを切りながら、ミコは助手席のヒデトへにべもなくつぶやいた。


「夢は、眠りの海の浅瀬にあります。どんな内容の夢でした?」


「だれが言うか。頭の中のポエムを、職場ごときで広める趣味はねえ」


「ヒデトの心身の健康状態を知り、改善につとめるのも私の仕事です。うなされていましたよ。先日のケガの痛みは?」


「痛え、体中が痛えよ。ついでにすごく眠い。俺もおまえみたいに、さっと頭や手足を交換できたら楽なんだが」


「いいえ。マタドールの機体の換装には一定の機器、技術、時間等がいります。とくに任務に差し支えはありませんね? ありましたらお気軽におっしゃって下さい。では、こちらの電子書面のご確認を」


「お♪ チーズバーガーの割引券かい?」


「いいえ。ヒデトが車内で寝ている間、砂目課長が進行した会議の議事録です。内容を読み終えたら、最下段にサインと拇印をお願いします」


 自分の腕時計から急に空中へ投影された文書を、ヒデトはしかめっ面でむかえた。強制的に起動したそれをろくに読みもせずに閉じると、よく聞こえるように舌打ちする。


「おまえ、いつもそうだな?」


「いつも、とは?」


「いつもいつも、ろくにまわりの空気も読まずに事務連絡をくどくどと。うっとうしいんだよ。ロボットに言うのも無茶かもしれねえが、こう、もうちょっと人の気持ちってもんを考えてみたらどうだ?」


「不快感を与え、大変申し訳ございません。改善策を提案しますが、そろそろヒデトが適切と思われる私の〝性格〟を選ばれてはいかがでしょう?」


 組織内で所定の資格をもつ捜査官は、関係するマタドールの発話解析・認識インターフェースの属性を選べる。つまり相棒の性格を選べるのだ。稼働開始ロールアウトのときからマタドールの基本形〝機械の冷静沈着〟のままのミコであれば、たとえばもっと陽気で活発な性格にも、逆に包容力のあるおっとりした性格にも、選択ひとつで自在に変幻する。どこのだれが選んだかは知らないが、同じマタドールのタイプ(パーティション)など豪放磊落を絵に描いたような人間臭い性格の代表だ。


 初対面からいままで何度か同じことを勧められているが、ヒデトはまだミコの性格を選んでいない。そんなときはいつも、こんなやりとりで話題は途切れる。


「どうでもいいよ、性格なんて」


「いいえ。ヒデトと私の相性があわないことは、任務にあたるうえで連携の乱れにつながる恐れがあります。私は、ヒデトの希望する私になることができます」


「希望? はっ、笑えるね。なら俺の希望は〝ひとりでいること〟だ。いままでどおり、おまえはずっと石ころのままでいろ」


「はい、わかりました」


 車から降りるミコに続いて、その手が運転席から引き抜いたのは長大な代物だ。冷たい輝きをはなつ鉄棒を提げたまま、そのガラスの瞳は小刻みに拡大と縮小を繰り返している。


 あたりに人気はない。だが、すぐ近くで現実の異世界化が生じているのもまた確かだ。


「周辺一帯の検索が完了。〝セレファイス〟の発生地点を特定しました」


 ミコの硬質の詠唱は、マタドールの中枢部が戦闘用の呪力と電力を彼女の機体に張り巡らせる合図だった。


「マタドールシステム・タイプS、基準演算機構オペレーションクラスタ擬人形式ステルススタンスから斬人形式セイバースタンス変更シフトします……任務開始ミッションスタート


 彼女のタイプにつくSは、(SWORD)の頭文字にほかならない。この国のようにたやすく銃火器が使えず、かつ静寂性と不殺の求められる任務に投入されるのが主だ。この鉄棒で殴って叩き、最先端の技術に裏打ちされた刃で障害物だけを斬って敵を鎮圧する。特定の状況下においては、タイプSの能力は銃より効果的なことも少なくない。なにしろ、異世界のものに常識的な兵器が通じないケースも組織は多々確認している。


 車の中でまだくつろいでいるヒデトへ、ミコはうながした。


「組織の増援部隊が到着するまでおよそ五分。我々の任務は威力偵察です。私が先行しますので、ヒデトは後方から情報収集を中心に支援を」


 助手席にもたれかかったまま、大あくびをするのがヒデトの答えだった。


「後方? 後方ってのは、おまえの後ろのことか?」


「はい、そうです」


「なら、この席も後方にふくまれるな。応援してるから、いってらっしゃい」


 一瞬固まったミコだが、超高性能AIがヒデトの意図を察するのは早い。


「任務の放棄ですか?」


「だれに口をきいてやがる。俺はいまもしっかり任務中だ。なにかあったら救難信号でも白旗でもだしな。行けたら迎えに行ってやる。この手に巻かれたイラつく犬の首輪を、なにか鳴くまでじっと見てるのも仕事の姿勢さ」


「はい、わかりました」


 工場の入口へひとり、ミコは歩き始めた。途中、ふと背中でヒデトへたずねる。


「まだ嫌いですか、私のこと?」


 苦虫を噛み潰した表情を、ヒデトはそっぽへ向けた。助手席のダッシュボードの上に足を投げ出し、さも不満そうに返事する。


「まだ、じゃねえ。いつまでも、だ」


「はい」


 それきり黙って、ミコは工場の陰に消えた。


 頭のうしろで組んだ腕を枕代わりに、ヒデトはそっけなく目をつむっている。


 車のフロントガラスを、ふと影が横切るのをヒデトは感じた。雲や鳥だろうか?


 うすく片目をあけたヒデトの顔は、一変して鋭くこわばった。


 ミコの入った工場の屋根……不吉なコウモリのようにしゃがみ込み、ヒデトの乗った車を見下ろす人影はなんだ?


 ああ。夢か幻か、人影の顔を覆うのは、見覚えのある不気味な仮面ではないか。


 あの召喚士の仮面。


 驚くべき俊敏さで、ヒデトは車から飛び出した。片膝をついて体に叩き込まれた射撃姿勢をとるや、抜き放った拳銃で上方の怪人をたちまち狙う。


 そのときには、仮面の姿は忽然と屋根から消えていた。寝ぼけて本当に夢でも見たか?


 だが、引き続きヒデトの心をしめつけるのは、いいしれぬ黒い不安だ。


 こういうときの嫌な予感は、よく当たる。


「ちくしょう……俺ってやつは、いつもこう、なんで」


 あてもなく愚痴りながら、ヒデトは全身に隠した装備をすばやく確かめた。


 拳銃が計二挺。手榴弾がひとつ。吸着型爆弾がふたつ。滑走式スタン地雷が四つ。投げナイフが一本。近接用拡縮シールドが二枚。それから、それから……


 身を低くするなり、ヒデトは拳銃をたずさえて工場へ駆け出した。

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