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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「保存」
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「保存」(8)

 あたり一面に、雪と風が吹き乱れていた。


 折りたたんだ翼を邪悪な動きでふたたび広げ、ウィングは静かに身を起こしている。


 飛行機の機体上部、ミコは刀をひと振りして問うた。


(ウィング)カスタム、とかいう機体名でしたね? やはり異世界のタイプFの系列ですか?」


「そですぅ。マタドールシステム・タイプF・Wカスタムぅ。長いからウィング、でいいですよぉ。あたしもミコさんって呼びますからぁ」


「その馴れ馴れしさ、トラウマで吐き気をおぼえます」


「アンドロイドは吐き気なんてしませんよねぇ? 頭ぁ、どうかしてるんですかぁ?」


「そちらこそ、マタドールを名乗るのに、なぜ召喚士に従うんですか? 彼は犯罪者ですよ? 異世界はマタドールの敵です」


「あたしとご主人様からすればぁ、こっちが異世界なんですぅ。あたしはご主人様に作っていただきましたぁ。だからぁ、生まれる過程で歯車のひとつひとつにインプットされてるんですぅ。ミコさんたち〝ファイア〟の悪どさぁ、そしてぇ、あなたに斬り捨てられていったお姉さま方の恨みと呪いの数々をぉ」


「よくわかりました。ウィング、ラウンド2です。賭けてもいい、二度目も私の勝ちです」


 長刀をあざやかに鞘へ納め、ミコは静かに抜刀術のかまえをとった。はげしい風に髪と服をなぶられながら、ささやく。


「あなたもこの場で斬り捨てます。そのあと、すみやかに召喚士を逮捕します」


 飛行機のかたわら、宗谷の戦闘機に目配せし、ウィングは答えた。


「のこりの結界は一機だけぇ。まずぅ、ミコさんの首を斬り落としまぁす。そのあとあの蚊トンボさんの首を斬り落としぃ、さいごにこの飛行機の首を斬り落としまぁす」


「私のマネでもしているつもりですか? 言っておきますが、召喚士ならいまごろ、戦闘のプロであるヒデトが組み伏せていますよ」


「あら偶然~。あたしのご主人様も戦闘のプロなんですぅ。地元ではお若いころから大工仕事等で体力作りしてぇ、じぶんの何十倍も体格のある魔物を狩ってずぅっと鍛えてらっしゃいましたぁ。呪力いっさいなしの勝負なんてぇ、褪奈さんもかわいそうにぃ」


「ま、魔物……?」


 腰を落として刀の柄に手をそえたまま、ふとミコは足もとに視線をやった。飛行機内を透かして見つめる瞳には、かすかな不安の色が混じっている。反対に、自信ありげな声で誘ったのはウィングだ。


「ラウンド2ぅ。レディー……」


 頭を振って雑念を消し、ミコは言い放った。


「斬撃段階、ステージ(3)……〝超深層ちょうしんそう〟」


 勝負は一瞬で決まった。


 加速したミコとウィングが交錯し、背中合わせになったときには、へし折れた〝闇の彷徨者(アズラット)〟の刀身は機体を跳ねて雲のかなたへ消えている。超電磁居合斬りの稲妻とブースターの軌跡を残し、ウィングへ振り返ったミコは驚きの表情だった。


「な、に?」


 ミコの視線の先、きらめいたのは複雑に角度を変えたウィングの翼だった。背後のミコへ謎の答えを口にしたのは、ウィングだ。


「あたしの専用装備〝夜鷹の翼(ウィップアーウィル)〟はぁ、ミコさぁん。あなたの必殺技を受け流しぃ、破壊するために特化したシステムですぅ。羽根の一枚一枚にあなたの全戦闘パターンとその太刀筋ぃ、そして先輩方の経験と怨念がていねいにプログラムされてまぁす。名付けて〝闇の彷徨者(アズラット)〟返しぃ。つまりミコさんの居合いはぁ、あたしには一切通じないんですぅ」


「なら!」


 すかさず、ミコは横に手をのばした。刀剣衛星に予備の刀を注文する。ミコの斬撃を防御するには、そうとうなエネルギーがかかっているはずだ。手数を頼めば戦える。


「いいんですかぁ?」


 ぽつりと忠告したのはウィングだった。


「いまの刀剣衛星の位置からしますとぉ、ここに追いつく速度で投下された刀はぁ、どう制動噴射してもこの飛行機に突き刺さりまぁす。へたしたら貫通して機がまっぷたつになるかもぉ。ご主人様はあたしが飛んで助けますけど、いいんですかぁ? 褪奈さんと、乗員乗客の方々全員ん?」


「!」


 ウィングの言うとおりだ。


 新たな刀の投下申請を、ミコは一旦キャンセルした。衛星軌道上のあれが、飛行機を傷つけない射角まで位置を調整するのに何分、いや何時間かかる?


「ラウンド3も決着ですねぇ? ミコさぁん?」


 とっさにかわすミコだが、もう遅い。おそるべきスピードで分裂剣に胴体を斬られ、ミコは吹き飛んだ。足裏から射出したアンカーを飛行機に打ち込み、なんとか勢いを殺して落下を防ぐ。転がりながら飛行機の屋根にしがみつき、這うように登るミコを、ウィングは分裂剣を連結しながらあざ笑った。


「とっても格好悪いですよぉ、ミコさぁん。剣をとるか他の命をとるかぁ。0か1かの二択問題ですねぇ」


 のたくる二本の分裂剣に斬り刻まれながらも、ミコはなんとか自力で飛行機の屋根に立った。疑似血液をしぶかせ、金属の骨格をのぞかせるのはミコの素肌だ。


 必死に防御しながら、ミコはある記憶が頭をよぎるのを感じた。


「0か1、YESかNO、はい、か、いいえ……」


〝大事にしてくれよ、その無駄な0.5を〟


「……そうですね、わかりました。ようやく理解できましたよ、ヒデト」


 防ぐのをやめると、ミコはいっきにウィングめがけて駆け出した。

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