「保存」(7)
高度およそ五千メートル。
巡航スピードは時速八百キロを超える。
ヒデトたちの乗った飛行機のまわりには、五機の戦闘機が並走していた。それら組織の所有機には特別な呪力妨害装置が搭載されており、それぞれの航路はちょうど飛行機を取り囲んで五芒星を描くように配置されている。
現在、呪力を封じ込める結界の出力は最大だ。護衛ないし撃墜の対象である飛行機でしつこく短距離の召喚術が生じたことと、機内で傍受された関係者の会話等から、組織が総合的に勘案した対策だった。
戦闘機のうち二機、秘密の通信をかわすのはパイロットの大辺と宗谷だ。
〈乗ってるんだってな?〉
〈ああ。いまあの旅客機はパンドラの箱だ。とんでもないものが色々と乗ってる。組織も未確認のアンドロイド、捜査官〝黒の手〟、マタドールタイプS……〉
〈それに〝召喚士〟だろ。あの史上最悪って言われてる異世界のテロリストが、あの機に……ちゃんと効いてるよな、俺たちの結界?〉
〈心配するな。計器によれば演習どおりじゅうぶんに効いているし、空港までもきっちりもつ。着陸先の空港では〝妖術師の牙〟〝角度の猟犬〟を筆頭に、凄腕の呪力使いたちがすでに網を張っている〉
〈褪奈の坊やが言うように、網までの釣り糸が俺たちってわけだ。とんでもない大物を引き当てちまったもんだ〉
〈だがその超大物犯といえど、この強力な結界の中では無力だ。たとえそれが〝星々のもの〟であろうと、手も足もでない〉
〈ってことは、褪奈の坊やも若いが不能の状態かい?〉
〈表現方法を考えろ、大辺。我々の五芒星の編隊の半径五百メートル以内の存在は、呪力使いはただの人間になり、マタドールは呪力を抜かれたただのロボットと化す。召喚士も褪奈も黒野も例外なく。魔法の火や雷を起こすことができなければ、悪魔を呼び出したり追い返したりもできない〉
〈洋画のラストシーンでよく見るな。いわゆる武器をぜんぶ捨てて、拳と拳で語り合ってるころか。なあ宗谷、どっちが勝つか賭けないか?〉
〈我々の仕事は、飛行機内がどんな地獄に変わっても、対象を結界で封印したまま空港へ送り届けることだ。妙な勝ち負けをテーマにした賭けはしないし、ネズミ一匹、呪力の一符号もここへは通さない〉
〈つまんねえの。もしかして動画の電波も届かない? そうだな、さいきんは魔法少女モノも見飽きたし、つぎは水生生物モノでも……〉
あくまで大辺はふざけるのをやめなかった。
目の前に〝それ〟が現れるまでは。
轟音とともに突如、戦闘機の機首に降り立ったのはひとりの少女だった。
はためく制服にスカート……いったいどこから? どうやって?
それよりなにより、その背中で光り輝き、はばたくものはなんだ。
生あるもののように動くそれは、巨大な白い翼だった。天使?
少女の両腕の甲は展開し、擦過音を残して二対の分裂剣は伸びている。あぜんとする大辺の視線の先で、ウィングはおっとり微笑んでつぶやいた。
「女子高生モノぉ、なんてどうですぅ?」
うしろの戦闘機内、宗谷は見た。細切れに切断された大辺の戦闘機が、爆発とともにはるかかなたの雲の中へ消えるのを。刹那、そこから大きな白い翼の影が飛び立つのを。あの翼の輝きは、呪力をまとった高出力ブースター……マタドール!?
〈お、大辺……各機、撃てェェッッ!!〉
五芒星の結界の一角は消え、戦闘機たちは隊列を乱した。翼の羽根の一枚一枚から強烈な噴射炎を吐き、縦横無尽に飛び回る少女。それを狙って、戦闘機の機関銃の火線が入り乱れる。高速の空中横転とともに戦闘機とすれ違ったときには、無数に分裂したウィングの刃は、竜巻のごとく敵機体を切り裂いていた。
ふたたびの爆発とともに、少女の姿は消えている。いや、いた。三機めの戦闘機の裏側に、上下逆さまに立ったまま。
ウィングは眉をひそめた。
「やっぱりまだちょっとぉ、体が重たいですねぇ。そうですねえ、呪力の結界のせいでちょっと鈍ってますねぇ。これはぁ、ダイエットですねぇ」
下から上へ、ウィングは二振りの分裂剣で戦闘機を串刺しにした。爆発の反動を生かしてもう一機に肉薄。分裂剣で操縦席を貫くと、パイロットの肩を掴んでそのまま外へ引っこ抜く。酸素マスクつきの軍用ヘルメットを振って必死に身をよじるパイロットへ、ウィングはほほえんだ。
「ぽい、とぉ」
雲のはざまへパイロットは投げ捨てられ、木の葉のように舞いながらあとを追ったのは無人の戦闘機だ。とうとう四角めの結界をも失った。さいごの一機……宗谷の機体へ、ウィングは桁違いのスピードで追いついている。戦闘機のエンジンめがけて両手の剣を引きしぼり、ウィングはささやいた。
「さ、これで営業再開ですよぉ、ご主人様ぁ……おっとぉ?」
突然のロックオン警報にも、ウィングは迅速に対応した。
衛星軌道上から無数に降り注いだ抜き身の刀剣……〝闇の彷徨者〟の雨を避け、ウィングは素早く宙返りしている。威嚇的に翼を広げて、ウィングは旅客機のほうを見た。
すさまじい風圧にも負けず、タイプS・黒野美湖は、旅客機の屋根に立ったまま、長刀の切っ先を一直線にウィングへ向けている。その照準に微調整された刀剣衛星が、ウィングを刃の雨で狙ったのだ。
力強く羽ばたきながら、ウィングは感心した。
「てっきり落ちたと思ってましたぁ。大変なロッククライミングでしたねぇ?」
この強風の中では、とても声など届かない。なのでかわりに、ミコは空いた掌を上へ向けて、挑戦的に手招きした。きなさい、と。
ウィングはにっこり笑った。
「さっき刺されたお返しもありますしぃ、先にポイしときますかぁ、おじゃま虫はぁ」
いきおいよく翼をしならせると、ウィングは弾丸のように飛行機の上へ降り立った。




