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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「保存」
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「保存」(6)

 召喚士は、人型の闇そのものだった。


 まぶかにおろしたフードに、まとったローブの長さはくるぶしまでもある。仮面には変声装置も組み込まれており、年齢・性別ともにいっさいわからない。


 のほほんと笑いながら、つぶやいたのはウィングだった。


「機体の修復をありがとう、ご主人様ぁ。さっきはちょっと油断しましたわぁ」


 腕を真横に伸ばし、召喚士はウィングに合図した。


「システム〝夜鷹の翼(ウィップアーウィル)〟の全面展開を許可する」


「りょ~か~い」


 おっとりと答えたウィングのまわりに、おびただしい剣風が乱舞した。


 斬り裂かれたのは、貨物室のハッチだ。一瞬のうちに、貨物室は突風に満たされた。あっという間に外へ吸い出されるヒデトを、すんでのところでミコの手が掴んでいる。


 一方、召喚士はウィングへ命じた。


「飛行機のまわりに、じゃまな蚊トンボが飛んでいるな。叩き落としてこい、(ウィング)カスタム」


「あたしの呼び方はウィング、でよろしいですわよぉ、ご主人様ぁ」


 なんのためらいもなく、ウィングは空へ身を躍らせた。


 なんだろう。一瞬、その背中に羽ばたいた白い大きな影は。それがなんらかの飛行装置である証拠に、事実、ウィングの姿は下ではなく上へ消えた。


 飛ばされないように必死に手を掴み止めるミコへ、強風の中、怒鳴ったのはヒデトだ。


「追え! ミコ!」


「しかし! ヒデト!」


「召喚を邪魔する戦闘機が墜とされたら、機内はまた地獄に逆戻りだ! 状況が最悪になるまえに、はやく!」


「召喚士はどうするつもりですか!?」


 風にもみくちゃにされる二人を、召喚士は優雅に機内からながめている。仮面の奥の視線を、炎に煮えたぎる瞳で見返し、ヒデトは告げた。


「あいつを仕留めるのはこの俺だ。外は頼んだぞ、ミコ」


「……わかりました。準備はいいですね、ヒデト?」


 ミコの腕は、その内部に仕込まれた呪力と動力は、ひときわ強く回転した。


 気づいたときには、ヒデトはとんでもない勢いで貨物室へ投げ込まれている。


 同時に聞こえたのは、硬い金属音の連続だ。


 ぴたりと風はやんでいた。見れば、貨物室にあいた大穴を、無数の金属片がふさいで蓋をしている。細かく調べれば、金属片はすべて異世界の剣や盾だとわかったはずだ。組織の戦闘機に搭載された呪力の妨害装置も、ここまで直接的で、かつこれほどまでに強力な召喚をさえぎることは想定になかったらしい。


 ミコはもういない。無事に飛行機の外へとりついたのか、あるいは。


 ヒデトが銃をかまえる先、召喚士は階段を降り始めている。


 いや、その場に階段などない。近くの金属片が瞬時に、召喚士の踏み出す足の先に順番に召喚されているのだ。落ち着いた靴音とともに、召喚士は声を発した。


「ご機嫌はいかがかな、褪奈英人?」


「最高の気分だ。会いたかったぜ、召喚士」


「撃たないのかい?」


「異世界のぶっ飛んだ頭でも、これが弾の入った鉄砲だってことはちゃんと理解してるんだな? じゃあ動かず、とっとと手を上げろよ?」


「ぼくの召喚の防御をくぐり抜け、みごと当ててみたまえ。すぐれた戦闘センスをもつきみなら、同時にぼくのぶっ飛んだ異世界の力もよく理解しているはずだ」


 貨物室に降り立った召喚士から、ヒデトは照準を外さなかった。


 その間合い、およそ五メートル。獰猛な顔つきで、ヒデトはたずねた。


「どうやって飛行機に忍び込んだ?」


「それはね。きみとおなじように、ふつうにチケットを買って、空港から」


「そうか、さいしょから乗ってやがったか、てめえも」


「ビジネスクラスと貨物室のきみたちには悪いが、別室のVIP席で、ね。こんなこともあろうかと、部屋にそれなりの武器防具と、フィアの修理パーツ一式を用意しておいて正解だった」


「おかしいな。おしゃべりしてる間に、手品じみたその召喚術がない。わかってるぜ。フィアの修理とその大穴を塞ぐために、用意したものをほとんど使っちまったんだろ? おまけにこの状況を察知して、たったいま組織の結界は最大限に強まった。ご自慢の遠くからの召喚はもちろん、これじゃ近くから近くへの直接の召喚もできないぞ」


「それはお互いさまだ。気づいているとは思うが、遠くに送り返す〝黒の手(ミイヴルス)〟の呪力ももう使えない。きみの組織が張り巡らせている余計な結界のせいで、な。直接触れることさえできれば、あるいはぼくを倒せるかもしれないのに」


「どうかな? 試してみるか?」


「こんどは黒野美湖は助けに入らないぞ。あのときの子どもが、よくぞここまで成長したものだ。まあ、ぼくもあのときから相応に歳はくってしまったがね。あのとききみを生かしておいて、ほんとうによかった」


 噛み締められたヒデトの奥歯が、悪夢の記憶にきしんだ。


「ほんとに心から運命に感謝するぜ。よくぞのこのこ、じぶんから現れてくれた。てめえを守るデク人形はもういねえ。こんな日がくることを毎日毎日夢に見てたんだ……てめえは、この手で殺す」


「知っているかね? 獲物を殺すなど造作もない。殺すよりもっと難しいことがある。ぼくにはそれが可能だ。つまりきみは殺さず、生かしたまま捕獲する」


「ほざけ!」


 銃声……


 貨物室の暗闇で、銃弾はあさっての方向に跳ね返って消えた。


 召喚士のローブの袖口から素早く投擲されたワイヤー……正確にはワイヤーの先端に接続された鋭いナイフが、ヒデトの拳銃を弾いて狙いをそらしたのだ。


 ワイヤーは素早く巻き戻され、ナイフの柄は召喚士の手が掴んでいる。ほかにもまだどんなからくりが隠されているかわからない。


 いや、ヒデトにわかることはひとつだ。もっと近く。かぎりなく近くで、この銃口をあいつの頭に突きつけねばならない。


「召喚士!」


 拳銃を振り戻したヒデトと、ナイフをひるがえした召喚士は激突した。

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