「保存」(4)
おかしなコードネームの人型自律兵器は、召喚士じきじきの最新型に違いない。
こちらには、呪力が尽きかけて満身創痍のヒデトがひとりいるだけだ。そもそもフル装備の軍隊がいたところで、あのマタドールにうまく対処できたかどうか。
絶望的だった。
「お、思ってもみなかったぜ……最後の最後に、こんなのが現れるとは」
客室を後部へむかって這いずることで、ヒデトはできるだけ操縦室から離れた。
ヒデトとウィングを避けて、乗客たちも操縦室の側へ固まっている。ヒデトのめざす方向にあるのは、貨物室ぐらいのものだ。ヒデトの負けを認めた組織が、手首の腕時計型の自爆装置を作動させても、距離さえあれば無関係の人々だけは助かるかもしれない。
もう一歩、もう一歩だけ……その願いもむなしく、ヒデトが手を伸ばした先で銀光は駆け巡った。瞬時に変形した鞭状の刃は、剣の形をとってウィングの両手へ戻っている。刀身と刀身をすり合わせて火花を散らしながら、ウィングは笑った。
「複式隠密攻防システム〝夜鷹の翼〟……逃しませんよぉ、褪奈さん」
細かく切り刻まれた床は、ばらばらに分解した。頑丈なはずの素材を積み木のように崩し、ヒデトは貨物室に転がり落ちている。破片のすきまを縫ってふわり、と貨物室に降り立ったのはウィングだ。
撃つ撃つ撃つ撃つ……ヒデトの両手の拳銃からひらめいた銃弾の雨は、むなしい金属音を残して虚空へ消えた。ウィングが素早くじぶんを包んで伸ばした〝夜鷹の翼〟の刃の一片一片が、飛来した弾丸をいともたやすく弾き返してしまったのだ。
ふたたび分裂剣を連結しながら、ウィングはうながした。
「降参するならいまのうちですよぉ? まだ死人がゼロのうちにぃ?」
あとじさるヒデトの背中は、大きな箱状の荷物にあたって止まった。もう逃げ場はない。このまま召喚士に捕まって、おぞましい異世界の実験動物にされる運命なのか?
じぶんのこめかみに銃口をあて、ヒデトはきつく目をつむった。
「計算違いだったな。死人はゼロじゃなく、ひとり」
「誘拐を避けての自害ですねぇ。男らし~い」
銃声は、鋭い剣戟にのまれた。
ヒデトの頭の横、銃弾は、伸ばされた分裂剣に激突してひしゃげているではないか。目にも留まらぬスピードで銃口とヒデトの間に割り込んだ分裂剣は、そのまま背後の箱を貫いている。ヒデトの両手、遊底のあがってしまった拳銃二挺を確認し、ウィングは愛らしく小首をかしげてみせた。
「残念でしたぁ。完全に弾切れ、ですねぇ?」
「…………」
銀色の腕時計に、ヒデトはちらりと目を落とした。時計の自爆装置は、音声でも作動する。方法をあやまれば無関係な人間まで巻き込むことになるので、これだけはやりたくなかった。
その意図を察して、きゅうっと瞳を細めたのはウィングだ。
「試してみますかぁ? 褪奈さんの自爆の叫びとぉ、あたしの剣があなたの声帯を斬り裂くのぉ、いったいどっちが速いかぁ……」
がくん、とウィングの体がつんのめるのは突然だった。
「えぇ?」
いぶかしげな表情が、はじめてウィングの顔に広がった。
飛行機の揺れのせいではない。そんなもので平衡感覚がぶれるほど、マタドールの足腰はやわな作りではないはずだ。
ちがう。ウィングの片手の先、箱に刺さった分裂剣の一部が、なにかに引っかかったのだ。いや、それどころではない。分裂剣の先端は、明らかになにかにつかまれて引っ張られている。
強い力だった。
「だれですかぁ!?」
おもわず身を伏せたヒデトの頭上、ウィングの怒声とともに、振り入れられたのはもう一本の分裂剣だった。例の箱とまわりの荷物が、まとめて切断される。
箱から吹き出した冷気のむこうに、人影がいた。
分裂剣を絡め取るのは、人影がたずさえた棒状の金属物だ。いま一振りの分裂剣も片手でしっかり掴んだまま、人影は闇から光へ一歩前進した。
驚きに目を剥いたのは、ヒデトだ。
「ミコ……!?」
そう。
ヒデトを守ってたたずむのは、マタドールシステム・タイプS……黒野美湖だった。




