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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第三話「保存」
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「保存」(2)

 びく、とヒデトは居眠りから目を覚ました。


 思わず座席からずり落ちそうになる。


 またあの悪い夢だ。炎の中、両親を失ったあの研究所での記憶……


 ただ、さいきん気づいたこともある。悪夢はほぼ必ず、夢の中のミコが終わらせてくれるのだ。


 飛行中の航空機の機内……席の埋まり方は、およそ三割ていどだった。


 米国の〝ファイア〟本部でじきじきに科学と呪力のメンテナンスを受けたマタドールシステム・タイプSのミコも、いまごろ日本への帰路についているはずだ。


 ただしその移動方法は、この国際便とは違う。いまのミコの居場所は極秘中の極秘であり、相棒のヒデトはおろか課長の砂目にさえ知らされていない。別便か、船か、あるいは宇宙経由でか。さいきんは、輸送中のマタドールが何機もまとめて消失する事案も数件報告されている。十中八九、テロリスト〝召喚士〟のしわざと見てまちがいない。


 そのため、今日ばかりはヒデトはひとり旅だ。


 数週間前、ミコから組織へひとつの申告があった。それはまことしやかには信じがたい内容で、ミコ本人が〝平行世界〟と接触したというものだ。こちらとそっくりのその世界ではヒデトはすでに他界しており、実行犯であるタイプFを、ミコは交戦のすえに撃破したという。


 ヒデトまでもが本部へ同行させられた理由もそれだった。さいしょヒデトは、渡米が組織の強制で断れないと聞くや、召喚士に狙われていること等を理由に徹底的な周辺警護を申し立てた。だから行きの便では、一般客にまぎれて大勢のマタドールがヒデトとミコの護衛についたのだ。


 だが、おそれられた召喚士の気配はいっさいなし。心配は杞憂に終わり、ヒデトにははれてはた迷惑な狼少年の烙印がおされた。そのため、帰り道がひとりということに対してなんの文句もいえない。


 本部でのミコとヒデトの検査は入念に行われた。結果はとくに問題なし。たしかにミコの中には証言どおりの記憶らしきものが残っていたが、いちおうは機体内の仮想訓練機能シュミレーターの誤作動という線でかたがつきかけている。


 なにしろヒデトは生きているし、現実世界のタイプFはミコのいう日時、フィンランドのとある片田舎の谷で、呪力による凶悪なミュータント製造の案件を追っていた。赤務市から現地までは七千五百キロ以上の距離があるうえに、タイプFの身の潔白は組織そのものが公認している。ヒデトから直接相談を受けたタイプFは、一瞬ぽかんとしたあと、怒った。烈火のごとく。こわかった。


 窓の外は雲がとても濃く、白いものまでちらついている。雪だ。


「じき日本か……」


 独白して大きく伸びをしたあと、ヒデトは無造作に頭をかいた。


 座席の折りたたみテーブルに置いたノート型パソコンに向かう。組織への報告書に学校の宿題……いずれも山のような量だ。きょうのヒデトは一味違った。鋭い視線に、キーボードに素早く走る指。本気だ。


「かわりにやってくれ、ミコ、と。よし、送信。おわり!」


 エンターキーを叩きるけるように押して、ヒデトはメールを飛ばした。後頭部に両腕でまくらを作り、もう一眠りするために目をつむる。


 パソコンが受信の音を知らせたのは、きっかり一秒後のことだった。ヒデトのメールは遠く離れたミコのいわば脳内へ直接流れ、またミコも脳内から直接ヒデトへ返信する。


 件名は〝ミコより、できました〟……ヒデトは感動とともにメールを開いた。


 メールの本文では、文字と記号だけを使ってできた奇妙な半魚人のキャラクターが、吹き出しで「がんばれ、ヒデト!」と言っている。白紙から一瞬にしてこんなアートを作り上げるとは、さすが超高性能AIだ。


 しかし、それだけだった。ミコの返信に、ヒデトの求めるものはなにひとつ添付されていない。


 そこから、ヒデトとミコのネット上での論争ははじまった。


「おいおいミコさんよ。前までならあっさりやってくれたよな。急にどうしたんだ? なんか冷たくないか、さいきん?」


〈冷たい? 機体内外の温度は適正値ですが?〉


「ちがう、そうじゃない。こう、気持ちの温かさの問題だ」


〈思いやりの心を持つからこそ、人は厳しくなれるのです。私はまちがいに気づきました。あなたの宿題を私が肩代わりすることは、ヒデト、あなた自身のためになりません。眠くて仕方ないのであれば、オンラインで乗務員にコーヒーを手配しますよ。もちろん無糖で〉


「んなもん飲んだらますます寝れなくなっちまう。ったく、いつからそんなに強情になったんだ?」


 つかれた面持ちで、ヒデトはキーボードに向かった。


「本部で聞いたぜ。おまえいま、マタドールの基本パターンに()()性格になってるんだってな。組織も想定外の〝人間の感情にかぎりなく近い〟性格なんだとよ」


〈本音をいうと、私自身にもよくわかっていません。マタドール本来の会話機能と人間の感情に、どのような違いがありますか?〉


 むつかしい顔つきで、ヒデトはあごをもんだ。


「こんなことはないか? さいきんおまえ、ひとりで悩んだり、迷ったりすることは?」


〈はい、たまにあります。人間だれだって、よいテレビドラマを見て、ぐっと心が締め付けられることはあるでしょう?〉


「デートしようぜ。どんな服を着てく?」


〈え、唐突ですね。今季のトレンドで、洋服を検索する時間を頂きたいのですが?〉


「やっぱそうか。0.5だ」


〈0.5?〉


「機械には0と1しか答えはない。前までのおまえなら、俺の質問にどれも一瞬で即答してたはずだ。そのたびに正直、イラついて呆れてた。でもおまえいま、マタドールが迷う必要のない部分でなんども迷ったな。演技でもなんでなしに、だ。0と1の間で〝迷ったり〟〝考えたり〟とかをするようになった。パーテのだんなの受け売りだが、俺もそれを0と1の間の0.5って呼んでる。つまり、俺ら人間といっしょさ」


 ミコからメールが返ってくるまでには、やや間があった。


〈この応答の遅れは、バグかなにかの一種でしょうか? 脳内ファイルの断片化をはじめとした修復は、本部できちんと行ってきたつもりなんですが……〉


「俺らがよく知るマタドールの捜査官だが、ひとことで、印象はどうだ?」


〈はい。タイプPはすこし粗野なところがありますが、根は優しい方です。タイプHは一見気弱にも思えますが、心の奥底には信念のようなものがうかがえます〉


「とまあ、十人十色の性格に設定されたマタドールだが、まったく外部と接触してないときの反応はみんな同じだよな? ちょっと前までのおまえもそうだったろ?」


〈といいますと?〉


「だれとも会わない、話してない、チャットもしてないときの機械は、まったくの無反応だ。石ころといっしょ。申し訳ないが、それはたぶんパーテのおっさんだってそうさ。まちがっても、貴重な充電時間のあいまにショッピングモールに服選びに行ったり、生き方について悩んで、一晩中ずっと星をながめてたりなんかしない」


〈ちょっと待ってください。ヒデトがなぜ、最近の私の私生活を知っているんです?〉


「まあそれは、あれだ。内緒だ。内緒がなきゃ、政府の闇なんてやってらんねえぜ」


〈プライバシーの侵害です。ストーカー行為です。尾行したり覗き見したりするぐらいなら、堂々といっしょにいてくれればいいじゃないですか〉


「やだよ、めんどくせえ。ふつうのマタドールと同じように、俺も部屋にひきこもって延々とひとり寝てるのが趣味なんだ」


 穏やかな表情で、ヒデトはミコにメールを送った。


「大事にしてくれよ、その無駄な0.5を。無駄ばかりで出来上がってるのが人間さ。いまのおまえならきっと、ほかのマタドールと違って、相手を傷つける瞬間、組織の指示がほんとうに正しいかどうか迷ってくれる」


 ぽん、と飛行機内は一斉に明るくなった。顔をあげてつぶやいたのはヒデトだ。


「お? もう着陸の時間か?」


 客席の画面に映っていたのは、奇妙な仮面の人物だった。

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