「検索」(15)
機械は人を裏切らない。
ひとつ、人間を傷つけない。ひとつ、人間の命令に従う。ひとつ、自分の機体を守る。
その原則を、組織への申請と許可をもとに、ひとつずつ順番に裏切って行動するのがマタドールシステムだ。
裏切りと正義をはかり続けるアンバランスな天秤。
だがそこに、マタドールにもしも、人間らしい感情が入り込んだとしたら?
遠くから、多くの緊急車両のサイレンが近づいてくる。
病院の中に人気がないのは、組織がすでに患者とスタッフの避難を完了させたためだ。
いや、すべてではない。この集中治療室のヒデトの保護だけは、ミコが受け持っていた。
電光と白煙をこぼす腕をおさえ、脚を引きずりながら、満身創痍のミコはなんとかヒデトの横に到着した。崩れ落ちるようにイスに座る。
薬がよく効いているのか、ヒデトは目を閉じたままだった。
「こんどはちゃんと、待っていてくれましたね」
ベッドのヒデトの頭を軽くさすり、ミコはその額に口づけした。
静寂の中に、酸素吸入器の音だけが反すうしている。
生命維持装置の操作盤に、ためらいがちに触れるミコの手。
長い時間をかけて所定のパスワードを打ち込むと、電源オン・オフの選択肢が現れた。
「もう、ひとりぼっちにはしません。二度と。私もすぐに、そちらへいきます」
震えるミコの指は、生命維持装置の電源をオフにした。
酸素吸入器の響きは、ゆっくり消えていく。
ヒデトの手を握ると、物言わぬその胸に、ミコはそっと頭をおいた。
窓の外には、無数の赤色灯が回っている。
閉じたミコの瞳から、たしかにひとすじ、輝くものが頬をつたった。
「そう、だって、私たちは……」




