「検索」(11)
赤務警察本署……
取調室の奥側に座るのは、こんどはフィアの番だった。
事情聴取は、有事の際の迎撃能力をもつパーテとふたりきりで行われている。
「じゃあ確認だが、ヒデトが刺された時間帯、おまえさんは、美樽山の研究所で機体のメンテナンスをしてたんだな?」
パーテの詰問に、フィアはいらだたしげに指で机を小突きながら答えた。
「なんべん言わせれば気が済むわけ? 事件前後のあたしの行動記録は、残らず提出した。だいたいにして、なんであたしがあんたに質問攻めにされなきゃなんないのよ? ミコじゃなく?」
「いやぁな。被害者本人が、おまえが犯人だって証言してんだ。刺されたヒデト自身が」
「証言? はッ。ただ意識が戻っただけでしょ? 口がきけるの?」
召喚士からの情報により、ヒデトが呪力を利用して会話を行ったことをフィアは知っている。あのとき召喚士の介入さえなければ、確実に邪魔者は始末できていたはずなのに……そんな心情はおくびにもださず、フィアは言い張った。
「かわいそうだけど褪奈くん、治療薬の打ちすぎで気が変になってるんじゃない?」
「責任能力のテストにも、ヒデトは合格済みだ」
「忘れてない? あたしたちは機械。顔を張り替えるなんて簡単よ。きっと褪奈くんにひどいことをされておかしくなったミコが、あたしに罪をかぶせようとそこまで凝った芝居を打ったんだわ。いい? あの処分場で、褪奈くんを刺したのはミコ」
「だんだん苦しくなってきたな。いま一本、メールを送った。俺からおまえさんにだ」
「なにかの映像ね。こんどはまた、どんな滑稽なものが飛び出すのやら」
脳内で再生された映像は、フィアから表情を奪った。
映像では、真正面から拳銃を撃とうとするヒデトの喉を、何者かが鋭い刀で貫いている。
直接接続したミコへ、フィアが植えつけようとした偽りの記憶に他ならない。だがデータを送り込む寸前にフィアには不具合が生じ、接続はすみやかに切ったはずだ。
なぜ? どうしてこれがここに? しかも映像には、改ざん前のよけいな記録までいろいろ残ってしまっている。
考えられることはひとつだ。フィアが直接接続したあの瞬間、人間の感情めいたものに絡み取られて、ミコに逆にハッキングされた?
「どうしたよ、タイプF。コンマ数秒、顔がフリーズしたぜ?」
意地悪げなパーテのうなりが、フィアを現実に引き戻した。
「いったいだれの手かしらね、この刀の柄を握っているのは?」
「さあな? 手の持ち主の型番は、まだ組織でも照合しきれてねえ。いちばん手っ取り早いのは、切り落とした犯人の手首を細かく調べることだ。それに、ずる賢い裏切り野郎の絶対領域も。それには、ここの切り落としが必要だぜ」
太い親指で、パーテはじぶんの首を横一直線になぞってみせた。
フィアとパーテの意味深な笑みは、自然と濃くなっていく。
手首の腕時計をわざとらしく一瞥し、口を開いたのはフィアだった。
「そろそろ時間ね。任務に戻っても?」
「ああ、いってらっしゃい。おまえさんの脳みそをかき回す許可は、まだ組織から正式にはおりてねえ。だからおまえさんも、武装状態のままそこに座ってられる」
「そうね。つまらない濡れ衣ぐらい、あたしのミサイルの炎で簡単に蒸発させちゃうわ」
出口へ向かったフィアの背中へ、パーテは追い打ちをかけた。
「おまえさんの罪が明らかになるのは、もうじきだ。そうなりゃオンラインで組織は犯人の意識を消し、あっという間に糸の切れた人形みたいに身動きひとつできなくなる。いまヒデトが受けてるのと同じ苦痛を、一ミリでも味わいな。ご主人様にもよろしく」
後ろ手に取調室の扉を閉めたフィアの眼前、つぎに待ち受けていたのはミコだった。
腕組みして壁にもたれかかり、静かに瞳を閉じている。腕の中に抱かれるのは、凍えた銀光をこぼす鉄棒……〝闇の彷徨者〟だ。おそらく組織からの使用許可もおりているに違いない。一見無防備ともとれるミコの姿勢だが、無言で放たれる殺気からは、閃いた片手で長刀を抜き放ち、銃撃よりも早くフィアを両断して、また刃が鞘に戻るまでもが正確に逆算して見える。
完全に制空圏内……しかしむしろ、フィアはそのただ中へ踏み込んだではないか。
うすく目を開けたミコの耳へ、フィアはささやきかけた。
「腰から上を消し飛ばしてあげましょうか? サムライ?」
「……そのように破壊されたそうですね、あちらがわの私は。一部始終はヒデトから聞きました。異世界ないし平行世界での悪事も〝セレファイス〟のなんらかの実験ですか? そもそもなぜあなたが、裏切って召喚士の側に?」
「本物か偽物かわからないけど、人間の感情みたいなものがあるそうねえ、あんた。ならいまの気持ちはどう? 愉快でたまらないって感じ? どう? どう?」
「なんでしたら場所を変えて、もういちど勝負してみますか? こちらがわの私に油断はありません。あなたの銃撃と私の斬撃、いったいどちらが先に相手を仕留めるか?」
「ふふ、怒ってる怒ってる。そうね、そうよねえ。大事な大事な彼氏が、ただの植物になっちゃったんだもの。もうしゃべらない。いっしょに泣けも笑えもしない。歩けない。なにもできない。寝たきりのまま黙って死んでいくだけ」
「……っ!」
唇を噛んで、ミコはこらえた。
わかっている。記録に残っても証拠にならない発言だけを、フィアは的確に選んでしゃべっているのだ。だがその不適切きわまりない態度は、ミコの手が、長刀の柄めがけて動くのに十分だった。
「ふたりとも、なにをこそこそ話している?」
殺気立つミコとフィアを引き離したのは、砂目の声だった。きびすを返して署内の廊下を歩き去りながら、不敵に言い残したのはフィアだ。
「つづきはまたあとで、ね?」




