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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「検索」
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「検索」(9)

 カーテンをおろされたその部屋は、ろくに明かりもなく暗かった。


 闇の奥のほうに、そこだけ亡霊のように白く浮かび上がるものがある。奇妙な泣き笑いの表情の仮面……それを着用する〝召喚士〟自身は、頭頂からつま先まで暗色のローブをまとい、闇と一体化を続けていた。


 イスに座ったまま、仮面の召喚士は指の中でなにかの金属片をもてあそんでいる。


 ネックレス用のチェーンを通されたその金属片は、古びた空薬莢だった。


 机を挟んで、召喚士の前に立った者がいる。フィアだ。


 不審げな顔つきで、フィアは召喚士にたずねた。


「まだ大事に持ってたの、そんなもの?」


「そんなもの、とはなんだ」


「あたしの機関銃の空薬莢よね? ほしけりゃいくらでもあげるわよ、そんなもの」


「きみのものではない」


 机を叩いて、フィアは声をはりあげた。


「はっきり言ったらどう!? この偽物、って!?」


 あいかわらず感情は窺い知れないが、召喚士はたしかに薬莢で遊ぶのをやめた。


「めずらしい、きみがぼくに食ってかかるとは。なにかあったのかね?」


「なにかといえば、あなたに渡されたあの映像記録。あれはなに?」


「あらかじめ説明しただろう。黒野美湖の絶対領域にアクセスしたきみが、彼女の過去の行動記録そのものを書き換えるデータだ。改ざんがうまくいけば〝黒野美湖自身が〟〝褪奈英人を刺した〟という事実が彼女に植えつけられる。あとはそれを、組織が見つければ完了。きみが〝あちら側の世界〟でしでかした不始末は帳消しになる」


「つまりあたしが〝あっち〟で褪奈英人を刺したことは〝こっち〟で黒野美湖がやったことにすり替わるわけね。たしかに事前に聞いたとおりだわ」


「その様子だと、なにか不都合があったな?」


 心底悔しげに、フィアはじぶんの手のひらを睨みつけた。警察署の取調室でミコと直接接続した端子は、黒焦げに焼けてすでに交換済みだ。フィアは問うた。


「なんで隠してたの? ミコの絶対領域に、あんな超膨大で複雑なプログラム……人間の心にそっくりのものがあるなんて。あたしを殺す気? 人間の心への直接接続は、マタドールにとっての禁忌。その情報量は、ほぼ確実に機械側を焼き切る」


「ほう?」


 仮面の奥で、召喚士の顔つきが変わる空気があった。


「ぼくは隠してなどいない。しつこく言っている。異世界製の電子ウィルスへの感染によって、黒野美湖は人間の感情を芽生えさせつつあると」


「考えられない! なんども実験したでしょう! あのウィルスに感染したアンドロイドは、機能を停止して死ぬ! なにせあのウィルスの正体は、呪力で電子化した人間の感情なんだからね。それがなに? ウィルスが逆に機械を人間にするですって?」


「ウィルスはいいぞ。頭の中の搭載ブラウザに〝ウィルス進化論〟と打ち込んで検索してみたまえ。ウィルスに淘汰されなかった生物は、息絶えるどころか、むしろ試練をくぐり抜けた報酬のように突然変異を……つまり〝進化〟を与えられる」


「マタドールは生き物じゃない。金属に、電気と呪いと人の皮をかぶせただけの無機物よ」


「無機物もまた、歴史の中で成長と進化を重ねている。電子ウィルスも、もとをただせば正常なプログラムだ。人間の腫瘍ウィルス……がん細胞が、もとは健全な細胞であるのと同様にな。おっと失礼、新情報だ」


 召喚士の指は、机のマウスを軽く叩いた。おぼろげに輝くモニターを眺めながら、フィアに告げる。


「フィア、ふたつ知らせだ」


「なに?」


「タイプP〝妖術師の牙(ソウトゥース)〟の情報を盗み見た」


「悪いほうから聞こうかしら」


「フィア、きみが疑われている」


 音をたてて、フィアの面持ちは凍りついた。


「なんでよ?」


「組織からきみに出頭の指示がかかるのは、もう間もなくだろう」


「たいしたことないわ。ろくな証拠はなにひとつ残ってない。そうよね?」


「ああ。きみがこちら側のタイプFと巧妙に入れ替わっていることはだれも知らない。黒野美湖の〝闇の彷徨者(アズラット)〟に残ったきみの戦闘記録は書き換え済み。召喚による転送前後の自動車処分場の痕跡も抹消してある」


「じゃあ、いいほうの知らせを聞きましょうか」


「じつはもっと悪い知らせだ」


 召喚士はつぶやいた。


「褪奈英人の意識が戻った」

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