「検索」(7)
ノックとともに入室したフィアと砂目へ、ミコは静かに振り向いた。
「お疲れさまです、砂目課長、タイプF」
「そんなにかたっ苦しくしなくていいわ。気楽にフィアって呼んで。あたしもミコって呼ぶ」
「わかりました」
「会うのはひさびさね。数年前、いっしょにロシアで呪製麻薬の潜入捜査をしたとき以来かしら?」
「はい」
「さっきずっと窓の外を気にしてたみたいだけど、どうしたの?」
「いえ……方角的に、あちらのほうに上糸総合病院がありまして」
「そ。居てもたってもいられないのね。さっさとトドメをさしたくて」
「なんのことでしょう?」
不敵なフィアの眼差しを、ミコは無感情な瞳で見返した。
なにやら剣呑な雰囲気……場をとりなしたのは砂目だ。
「席にかけたまえ、ふたりとも」
自分も席につくと、砂目は切り出した。
「黒野、私はきみのことを守りたい。褪奈のことをはじめとして、本件の解決に全力を尽くすことを約束する。だがそれにはまず、きみ自身の正直な証言が必要だ。いいな?」
「はい」
「状況を整理する。褪奈が刺されたとき、きみは彼といっしょにいたと言ったな?」
「はい。直近の行動記録は、データでも提出しているとおりです。私たちは、学校からの帰り道にいました」
「さいきん、褪奈とトラブルはなかったか?」
「と申しますと?」
「理不尽な暴言や、不当な暴力等だ」
「いいえ、ありません」
即答したミコへ、薄ら笑いとともに問うたのはフィアだった。
「ちょっと前に〝召喚士〟のよこした機械の弓使いから、電子ウィルスの攻撃を受けてるわね、あんた。ウィルスのせいで心がおかしくなってない?」
「機体内の物理・非物理洗浄はすでに完了しています。ウィルスの後遺症はなしと、組織も判定しています」
「ほんとに? 記録上じゃあんた、護衛、教育、監視とかのために、ずいぶん長いこと褪奈くんといっしょにいるじゃない。なのに、なにもされてないと? ウィルスを浴びたあげく、むりやりヤられて、思考回路が狂っちゃったとあたしは睨んでるわ。ね、なにもヤってないわけないわよね?」
「やる、の定義がわかりません」
「またまたァ、とぼけちゃって」
「口をつつしみたまえ、フィア」
のりのりのフィアを席に押し戻すと、砂目は続けた。
「褪奈の刺し傷と、現場に残された凶器の解析結果はでた」
軽く息を吸って、砂目は言い放った。
「凶器である刀剣は〝闇の彷徨者〟……黒野、きみの呪力武装だ。刀剣本体の内部メモリーにも、現場できみが戦ったという履歴が残っていた」
机に頬杖をつき、覆い被せてきたのはフィアだ。
「今現在、国内で〝闇の彷徨者〟とそれを投下する〝刀剣衛星〟のシステムを使えるのはミコ、あんただけ。どう? そろそろゲロしたら?」
「矛盾点があります」
ミコはきっぱりと切り捨てた。
「事件の発生と同じ時刻、ヒデトと私のGPS記録は学校周辺にありました。同時間の私の視界記録に加工や修正等がないことも証明されています。そして学校から自動車処分場まではおよそ二十五キロ離れています。さらにその時間帯、赤務市上空の刀剣衛星が起動した履歴はありません」
手首の腕時計が空中に投影する証拠記録を次々にスクロールさせながら、ミコは告げた。
「これらの証拠を総合的に勘案し、組織の基準に照らし合わせますと、私への取り調べは以上で終了ということになります。残された疑問点……〝闇の彷徨者〟に使用履歴があったという部分から、私の立場を依然〝参考人〟として取り扱うことには賛成しますが」
「……この短時間で、これだけの資料を用意したのか。本当に真剣なんだな」
非常に精度の高い資料を電子の形で受け取りながら、砂目は重々しくうなずいた。
「期待どおりだ、黒野。安心した。これだけの説明材料があれば、私も組織を納得させられる。ただ、残る謎はふたつ。存在しないはずの刀剣と、現に負傷した褪奈の問題だ。この世界の法則を捻じ曲げて犯罪を行うのが〝召喚士〟……どれだけ物的証拠が揃っていようが、あのテロリストならあるいは。この最後の質問が終われば、きみはいったん自由の身になる」
不満げに唇をとがらせて貧乏ゆすりするフィアを横目に、砂目はつぶやいた。
「事件発生からここまで、黒野、きみのアクセス可能部分はおおむね確認した。だが、きみの機体内部のオフライン部分……つまり絶対領域の解析はまだだ」
絶対領域……ミコの存在をつかさどる〝魂〟を保護するに等しい場所の名だった。外部からの不正アクセス等を避けるため、マタドールシステムは共通で絶対領域をオンライン上から切り離している。もし仮にマタドールが〝うそをついていた〟場合でも、絶対領域にはなにかしらの動かぬ証拠が残るというわけだ。
「わかりました、絶対領域の中身を開示します。ですが、近隣では、必要な設備は美樽山支部の研究所にしかありませんが?」
「いや、あそこを使うのは組織から却下された。いちおう重要な参考人であるきみを、組織の施設内に通して検査するわけにはいかないとの見解だ。だからこの署を借りている」
となりのフィアへ、砂目は目配せした。
「今回緊急で、この場にフィアを呼んだのは他でもない。フィアには、絶対領域にアクセスするための権限と機材を装備してきてもらった。フィアとの直接アクセスに同意してくれるな、黒野?」
「はい」
ミコはそっと右手をさしだした。その薄い掌の手首にあたる部分が、かすかな響きとともに金属製の端子をのぞかせる。握手を求められた側のフィアは、思わせぶりに笑った。
「よかったわねぇ、砂目課長のお墨付きがもらえて。でも、あんたの普段見せない秘密の領域から、いったいなにが出るかしら?」
フィアはミコの右手を握り返した。
まちがっても友好の印の握手などではない。お互いの手に装備された接続用の端子をもちいて、有線式の直接通信は行われるのだ。合図したのは砂目だった。
「始めてくれ」
小さな悲鳴とともに、フィアが手を引き剥がしたのは次の瞬間だった。
「どうした!?」
突然のことに、思わず席を立ったのは砂目だ。かすかに呪力の煙と電光をあげる右手をおさえて、フィアは憎らしげにミコを睨んでいる。ふたたび、砂目はたずねた。
「どうした、フィア? 不具合か?」
「いいえ、課長。いちおう成功よ。絶対領域にも怪しい点はない。ただ……ただ、あたしの機能がミコの情報量に追いつかなかった。課長、聞いてないわよ。いつの間にこんなものがマタドールに実装されたの?」
「実装? なんのことだ?」
同じく自分の手のひらを眺めるミコを、フィアは胡乱げな顔で見やった。
「絶対領域の内側にあったこれ……これは〝感情〟よ。それも、かぎりなく人間のものに近い」
ガラス玉めいた無感動な瞳で、ミコはフィアを見返した。
「フィア、あなた。いま私の記憶に、なにを植えつけようとしました?」
「砂目課長。こんどこそ本当に、あたしに不具合発生よ。いったん失礼するわ」
焼き切れた手首の端子をかばったまま、フィアは取調室をあとにした。




