「検索」(5)
一時間後……
上糸総合病院。
エレベーターを降りたミコを最初に出迎えたのは、筋肉質の巨体をスーツで包んだパーテだった。
「ミコ」
「移動中にじゅうぶんな説明は受けました」
ミコの反応は無機質だった。人間でいう〝あせって〟いる様子だ。早足に病室へ向かうミコのとなりに並び、パーテは問いかけた。
「ヒデトはひとり、なんであんな場所に?」
「ですから説明したとおり、ヒデトは私といっしょにいました」
「疑ってるわけじゃない。おまえの視界に残された記録と、ヒデトの腕時計のGPS反応等では、たしかにおまえの説明どおりになってる……途中までは」
「発見された人物の容態は?」
「手術はなんとか間に合った。一命はとりとめて、いまは集中治療室へ移ってる」
「回復の見込みは?」
矢継ぎ早のミコの質問に、パーテは一瞬口ごもった。血でも吐くように答える。
「しばらく仕事は無理だ。たぶん」
「たぶん? 我々マタドールにごまかしや遠慮はいりません。彼のダメージの詳細を」
無慈悲な説明は、パーテではない別の人物がはなった。
「喉仏を突き破った凶器は、声帯等を破壊し、脛骨を切断してうしろへ貫通している」
そう言ってのけたのは、ミコが目指す病室の前、腕組みして壁にもたれる砂目課長だった。ミコたち捜査官のリーダーだ。砂目は淡々と続けた。
「人工声帯をつける、つけないのレベルではない。二度としゃべることはできないし、第一、意識が戻るかどうかすら不明だ。そして意識が戻ったところで、褪奈はもう一生身動きひとつ……」
首を横に振って、ミコは砂目の残酷な言葉をさえぎった。
「もう結構です、砂目課長。ありえません。ヒデトのはずがありません」
「……入りたまえ」
砂目に招かれ、ミコたちは病室へ入った。
最初にミコの聴覚がとらえたのは、人工呼吸器の音だ。
かたわらのモニターで、浅く山と谷を描き続ける心電図。
ベッドに寝かされたまま、その若者は静かに目をつむっていた。全身にあらゆる管をつながれ、とくに傷の深い喉笛には太い生命維持装置が取り付けられている。
これはだれだ?
マタドールのセンサーを総動員して、ミコはベッドの人物を解析した。納得いかない結果ばかりが出るので、なんどもなんども解析する。
知らずしらずのうちに、ミコの視界には奇妙なくもりが生じていた。じぶんの機体にこんな余計な機能があったのかと、いまさらながらに驚く。擬似的な〝涙〟をうかべた目元を両手で覆い、ミコは枯れた声でつぶやいた。
「まちがいありません……たしかにヒデトです」
うなだれたミコの背をさすり、ささやいたのはパーテだった。
「いつの間にか、おまえの性格を選んでたんだな、あの褪奈が」
「いいえ。私は、さいしょに彼と出会ったころの私のままです」
「じゅうぶんに察するよ、おまえの気持ち」
「気持ちなんて……ただのプログラムにしか過ぎません」
「強がらなくたっていいんだ。手でも握って、声でもかけてやれよ」
「できません。医師の許可がおりていません」
制服のそでで目頭をぬぐったミコの顔は、やや憔悴しているように見えた。人間社会に自然に溶け込むため、マタドールには組織から、およそ考えられるすべての人間的な生理機能が与えられている。それらがすべて偽物だということは別にして。
瞳に冷たいものを宿し、ミコは砂目にたずねた。
「犯人は?」
「組織総動員で捜索中だ。逮捕も時間の問題だろう」
「私も捜査に加えてください。この件には、より多くのマタドールの手がいります。犯人は高い戦闘能力を有しており、異世界のものである可能性が高い確率で考えられます」
「ほう、その根拠は?」
「ヒデトが負けたからです。ヒデトは対現・対異護身術の有資格者、また呪力の行使者でもあり、戦いのプロです」
続けてミコは聞いた。
「ヒデトを傷つけた凶器から容疑者をわりだします。鑑識班の見解は?」
「いや、そのことなんだが……凶器は」
ためらいがちに一拍おいて、砂目は答えた。
「刀だ」
「刀?」




