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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「検索」
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「検索」(3)

 ふたりの帰り道に、夕焼けがさしていた。


 下校する制服姿のふたりは、〝黒の手(ミイヴルス)褪奈英人あせなひでととタイプ(ソード)黒野美湖くろのみこだ。


 ここ赤務市での〝召喚士〟事件の潜入捜査のため、若いふたりが美須賀大学付属高校に毎日通い、授業を受けるふりをするのは自然な擬装カモフラージュだった。


 教科書を置き去って軽量化した通学カバンを気だるげに揺らし、ヒデトはミコの前を歩いている。ミコはといえば、中身のあるカバンを腰の前できちんと持ったまま、おとなしくヒデトのあとをついてきていた。


 生あくびを混じらせ、ふと気づいた顔になったのはヒデトだ。自分の学生服とミコのそれを交互に見比べ、いぶかしげにささやく。


「失礼だが、ミコさんよ。もう学生服、ってトシじゃねえよな?」


「はい。私の正式な稼働日からさかのぼると、そうですね。ですが、直近で交換した機体部品の新しさを確認し、総合的に機体年齢を平均、換算しますと」


 自分のスカートに軽く触れて、ミコは答えた。


「私のトシは、高校生にはまだ早いということになります」


「おっ、言い返すねえ」


「ヒデトも正確にはそのはずです。覚えていますか? 私と出会ったころ、ひとりでお手洗いに行けなかったことを?」


「ちょっと待った。その話はタブーの約束だぜ?」


「私が何回お手洗いに同行したか、回数は自動的にカウントされています。直近の年月日と時間帯は……」


「わかったわかったゴメン! レディに歳の話をした俺が悪かった!」


 反省気味にうなだれると、ヒデトはため息をついた。


「疲れた。眠い。クルマを回してくれよ」


「いいえ。校則で、車での登下校は禁止されています。私たちは潜入捜査中の身です。すこしでも周囲に怪しまれることは、組織が許しません」


「だからって、俺が眠るのまで邪魔すんなよ。だれも見えない速度で、指の馬鹿力だけで消しゴムのかけらを当ててきやがって。ただでさえ寝つきが悪いほうなのに、これ以上の睡眠不足で体を壊したらどうする?」


「授業中に寝てはいけません。隣の席の江藤さんも迷惑そうにしていたでしょう? 担任に目をつけられ、保護者の呼び出しでも受けたらどうするつもりです?」


「そんときゃ組織が、政府の闇の力でどうにかしてくれるさ」


 あっけらかんとヒデトは笑った。


 さまざまな政府の汚れ役の仕事をしてきたふたりだが、最近、お互いがお互いの変化のようなものに気づき始めている。


 そう、あの日……


 危機的状況の中、異世界の花畑の中で〝あること〟があってからだ。変わったのはヒデトだけかもしれないし、もしかしたらミコも変わったのかもしれない。


 夕焼け空を眺めながら、ヒデトはつぶやいた。


「そういや、あしたは学校は休みか。あんがい学生の身分ってのも悪くはないな。ちょっと前に中東の異世界門をぶっ壊しに行ったときにゃ、ゆっくり休むこともできなかったぜ。砂漠の中から、過激派の信者どもがいつ襲ってくるかわかったもんじゃないからな」


「二十四時間四六時中、起きて周辺を警戒していたのは私です。ああ、そのときにも例のカウントは何回か増えていますね」


「言うな言うな言うな!」


 むっつりした顔で、ヒデトは独りごちた。


「決めた。あしたは一日中引きこもって、寝る」


「あすの午前中は定例会議です。砂目(すなめ)課長が配信したスケジュールの確認を」


 片手にはまった銀色の腕時計を、ヒデトは凝視した。


「げぇ、会議だ」


 時計の小窓に表示される出席者を順に確認していき、ヒデトはある人物に目をとめた。


「だれだっけ、これ? 名前……フィア・ドール?」


「マタドールシステム・タイプFです。日本国内の捜査を担当するのは久々ですね」


「たしかにどう見たって、日本人の顔立ちじゃねえな。Fってのはスリーサイズのことか?」


「ならSの私はなんなんですか」


「スモールのS。いててて」


 カバンの影から、ミコの指がヒデトをつねっていた。これでも全力のほんの一%ていどの出力だ。その気になれば、失礼千万な少年から骨だけを引きずり出して、文字どおり骨抜きにすることもできる。


 こんな反応がミコに始まったのは、ちょうどあの電子ウィルスの矢を受けたときからだ。


 やや腹立たしげな澄まし顔で、ミコは続けた。


「Fは重火器ファイアアームズの頭文字です。近接戦闘型の私と違い、彼女はおもに中~長距離戦を得意とするマタドールです。彼女も私たちと同じく、この召喚士事件の応援人員として配備されました。優秀な捜査官エージェントですよ。デートしたら、きっと銃弾の雨で蜂の巣にしてもらえます」


「そのまえに、俺がおまえにカタナで串刺しにされそうだな。こう、虫ピンで標本箱に飾られたカブトムシみたいに。デート……デートねぇ」


 ふいにミコは立ち止まった。いつの間にか、ヒデトが道の脇にしゃがみ込んでいる。同じようにミコもヒデトの横にしゃがみ込み、たずねた。


「嘔吐するんですか? 体調不良でも?」


「ちげーよ。見な」


 見れば、乾いた側溝の中にふわふわした丸いものがいる。子猫だ。はぐれてしまった親を呼んでか、しきりに小さな声で鳴いている。


 隣からヒデトの横顔を見つめながら、ミコは自分に妙な感情のパターンがよぎるのを感じた。複雑なAIの処理過程を一言であらわすなら、こうだ。


(この子猫にしか、ヒデトはこんな優しい顔をしないのでしょうか)


 子猫に指をさしだすヒデトを、ミコは止めた。


「接触はご遠慮ください。野生動物は、どんな細菌をもっているかわかりません」


「午前中には終わるんだよな、あしたの会議?」


「はい。議事の進行中にトラブルさえなければ」


「わかったよ。おとなしくしとく。あしたは砂目の大将とは言い争わねえ。そのかわりだ、ミコ。おまえ、午後はあいてるか?」


「はい、スケジュールの調整は可能です。とくに予定がなければ、美樽びたる山の支部で機体のメンテナンスを行います」


「あいかわらず、味も色気もない休日だことで。よければ俺とデートにでも……痛て」


 案の定、ヒデトは子猫のツメに引っかかれた。


 短い足で側溝を逃げ出した子猫はといえば、あちらの塀のほうで、運よく親猫と再会しているではないか。なにかのお礼とばかりに一声鳴いたあと、猫の親子は夕暮れのどこかへと去っていった。


 ヒデトの手首に触れ、うながしたのはミコだ。


「血がでています。見せて」


「べつにいいよ。自業自得だ。つばでもつけときゃ治るさ」


「私の唾液にそのような効能はありません。機械ですから」


 ヒデトの顔に、いっきに夕陽以外の赤みがさした。


 気づいたときには、ミコはヒデトの傷ついた指をくわえている。


 不思議な沈黙が流れた。ヒデトの指先の感覚は、温かい。非常に近い場所にあるミコの顔を見て、ヒデトは切り出した。


「ミコ。俺たちがふたり、いつもくっついて動いてたって怪しまれないよう、組織が俺たちに与えた〝設定〟……もう、忘れてるよな?」


 すこし吸ったあと離した自分の口を、ミコはていねいにハンカチでさすった。


「傷口周辺の細菌は吸い出しました。いちおう感染症等の危険はなし。GPSの情報によると、その角に薬局がありますね。念のため、応急処置の医療品を買ってきます」


「あ……ああ、おう、悪いな。心配かけて。ここで待ってるぜ」


「いいえ」


 曲がり角に鼻先を向けた美しい人型機械(アンドロイド)は、唐突に少年の質問に答えた。


「忘れてなんかいませんよ」


「え?」


「私たちは……」

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