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スウィートカース(Ⅳ):戦地直送・黒野美湖の異界斬断  作者: 湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
第二話「検索」
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「検索」(2)

 その日もまた、ヒデトとミコは追っていた。


 裏切り者を。


 赤務市の外れにある自動車処分場。


 一閃された白刃の輝きは、そのまま美しい軌跡を残してミコの鞘に吸い込まれた。


 硬い鍔鳴りの響き。


 同時に、ミコの背後、斬られた騎士の鎧だけがばらばらに分解した。ミコを襲った中身の若者は、気を失って手近な廃棄物の山に突っ込んでいる。


 眼前に長刀〝闇の彷徨者(アズラット)〟をかまえるミコの姿は、ただ佇んでいるだけでも冷厳で優雅だった。その身にまとう美須賀みすか大学付属高校の制服を、夕陽がオレンジ色に染めている。


 着信音は、ミコの手首から鳴った。通信機をかねる銀色の腕時計を口もとに近づけ、応答する。


「はい、こちらミコ」


〈ヒデトだ。そっちの状況は?〉


 ふたりのかわす名前は、この国での偽名だ。


 ミコはうしろを振り返った。解体を待つ廃車の残骸をぬって、無数の人影が倒れている。


 その周囲に多く散らばるのは、重厚な光をはなつ異世界の鎧の破片だ。いずれの人物も狂ったようにミコに襲いかかっては、即座に鎧だけを斬られ、みね打ちのかたちで生かされている。その人数を素早く再確認し、ミコは答えた。


「十八人めの被害者を鎮圧しました」


〈マジか!? 増えてる! 誘拐されたのは十一人って情報だろ!?〉


「まだ増える危険性は十分に考えられます。工場の内外は組織が完全に封鎖しているとはいえ、ヒデトも周囲の警戒を密に。裏切り者との接敵も、もう間もなくと思われます」


〈裏切り者……タイプFか〉


 通信機の向こうのヒデトに、考え込むような間があった。歩くその周辺がやけに騒々しいのは、今回、防弾ベストやサブマシンガン等の重武装をまとっているためだ。


()マタドールシステム・タイプFを、組織が裏切り者と決めてから約半月。なあミコ、タイプFはなんで、こんな命知らずなことをする気になったんだ?〉


「わかりません。わかるのは、タイプFが重い罪を犯したということだけです。組織に無断で〝腕時計〟を外す。組織との通信を断つ。関係のない男女を大勢誘拐し、呪力の洗脳装置〝セレファイス〟を利用して操る。その他、死傷事件の容疑も多数かかっています」


 ただ歩いているだけに見えるミコだが、その実、彼女はあらゆるセンサーを動員してあたりの反応を探っていた。長刀を握りしめたまま、続ける。


「彼女が投降に応じなかった場合、敵機の無事は問わないと組織は判断しています。もし交戦に入れば、私はタイプFを完全に破壊しなければなりません」


「やってみな」


 美しいが棘のある声に、ミコの足は止まった。


 その人物は、いつからそこにいたのだろうか。


 廃車の屋根に座るのは、ひとりの少女だった。着用する制服は、ミコのものと同じだ。 外見の年齢も、ミコと大差ない。少女に背を向けたまま、ミコはささやいた。


「タイプF……」


「よく来たわね、サムライ」


 ミコが端正な日本人形だとすれば、タイプFはさしずめ美しい西洋人形といえた。おそろしく整った目鼻立ち、流れ星めいた光沢をまとって揺れる髪、薔薇の茎を思わせる扇情的な肢体……もちろん、すべて作り物だ。タイプS・黒野美湖くろのみこと同じく人型自律兵器であるタイプFも、もとはマタドールシステムの一機として闇の組織に属していた。


 だがそれも、もはや過去の話だ。裏切り者のタイプFを敵性反応と認識し、ミコの攻撃管理システムは早くも励起している。ふたりを隔てる距離はおよそ五歩。人間離れしたマタドールの脚力なら一歩で埋まる。油断なく間合いをはかりつつ、ミコは問いかけた。


「〝召喚士〟はどこに?」


「いるわよ、どこかには。ただし彼は唯一の存在。あたしやあんたと違って、どこにでもいるわけじゃないわ」


「答えの意味が不明です。提案を次の段階へ移します。タイプF、武器を捨てて投降しなさい」


「はァ?」


 だれが選んだか知らないが、タイプFの発話解析・認識インターフェースには蓮っ葉ともとれる性格が設定されている。あきれたようにお手上げし、タイプFはつぶやいた。


「バカなの、あんた? マタドールは人類の武器そのものよ。武器を捨てたら、投降する体も残らないわ。たとえば、これ」


 タイプFの右腕が轟音を発するのは、突然だった。


 常人の動体視力であれば、ミコのまわりに無数の音と光が乱れ舞ったようにしか見えないはずだ。超高速の刃に弾き落とされ、斬り飛ばされた銃弾たちは、周囲の廃車の山を跳ね返っておびただしい火花をあげた。最後の一発を防ぎ終えた段階で、ミコの長刀は風鳴りを残して下段に止まっている。


 タイプFから放たれた銃弾が、マタドールの特殊複合金属セラミクスチタニウムすら貫く強力な徹甲弾であることをミコは解析した。超高分子素材でできた〝闇の彷徨者(アズラット)〟に、人工呪力と強電磁場による加速、そしてミコの並外れた迎撃システムがなければ危なかったはずだ。


 突き出した右腕から硝煙をあげながら、小さく口笛を吹いたのはタイプFだった。


「やるぅ♪」


 見れば、変形したタイプFの右腕から、内蔵式の機関銃が鎌首をもたげているではないか。これでもタイプFの全身に隠された武装のほんの氷山の一角だ。呪力をミックスした重火器ファイアアームズを山のように搭載したマタドール……その頭文字を型番として、彼女はタイプFと呼ばれている。


 優雅に一回転した長刀を鞘へ納め、ミコは目つきを鋭くした。


「……警告は無視されたと見なします。電磁加速射出刀鞘レールブレイド闇の彷徨者(アズラット)再充電開始リチャージ


 あくまでタイプFは廃車の屋根に座ったままだ。しかし構えた機関銃の狙いは、毛ほどもミコから外さない。たちのぼる生なき人形と人形の殺気……


 銃口の向こうで、タイプFは不敵に笑った。


「刃物が鉄砲に勝てるとでも? サムライ?」


「あなたはすでに私の斬撃の射程距離内です、タイプF」


 そっと腰を落として居合斬りの姿勢をとりつつ、ミコは続けた。


「中~長距離戦闘型の有利を生かして、狙撃戦を行うべきでしたね。この距離なら、あなたが撃つより私の斬るほうが早い。近づきすぎです」


「だから、やってみな!」


 再戦は唐突だった。


 タイプFが突如、じぶんの制服を力任せに破り捨てたのだ。制服の下には、露出の多いボディスーツを着ている。そして、見よ。ハリのある素肌のそこかしこに描かれた五芒星の魔法陣を。不吉な輝きを発したそれを一目するや、ミコの脳内回路データベースは警告した。


「召喚の魔法陣、そして強い呪力の反応……まずい!」


 間に合うか?


 加速の電流を盛大に残して、ミコは地面を蹴った。


 同時に、ミコの進路上、虚空から立て続けに召喚される鎧、鎧、鎧。鎧の中身が空だったのは幸いだが、ミコの超電磁加速居合いの勢いを殺すには十分だった。また、ミコ自身の呪力と電力の再充電も不完全だ。


 カラの鎧十着を切り裂いた時点で、ミコの刀は停止した。あれが、あの魔法陣こそが、先般、巧妙にゲーム機に擬装した異世界召喚装置〝セレファイス〟を通じて、若者たちを暴走する鎧騎士に変えた諸悪の根源だ。


 ミコの刀は、ひときわ頑丈な装甲に食い込んで悔しげに震えている。タイプFに到達する寸前に召喚されたのは、鎧ではない。大型で無骨な装甲車だ。


 見たこともない規格の装甲車を愛しげに指先で撫でながら、タイプFは告げた。


「狙撃戦なんて姑息なマネをしてたら、あんたも刀剣衛星ハイドラを動かしてたでしょ。組織の攻撃衛星は、さすがのあたしたちでも厄介。そこまでしなくても、もとの世界のパズルを押し出す〝断片ピース〟は釣れるしね」


「もとの世界? 断片? なんのこと……」


 ミコの疑問符をよそに、謎の装甲車はひとりでに分解した。


 まさしく、装甲車がばらばらになったのだ。正確には、変形して各部位に分かれた装甲車は、追加武装としてタイプFの機体に瞬時に装着されている。ぶ厚い装甲どうしが擦れる轟音、タイプF・(デストロイ)カスタムの片腕にせり上がる大口径の戦車砲。


 装甲に刺さった刀を抜こうとするミコだが、手遅れだ。その額には、戦車砲の砲門があてられている。瞳を覆う照準器越しに、タイプFはささやいた。


「またあとで会いましょ、()()()()()()()()


 轟音とともに、ミコは爆発した。


 むなしく回転しながら地面に突き刺さったのは、ミコの長刀だ。上半身が消し飛んだというのに、ミコのものだった手だけはまだ刀にぶら下がって柄を放さない。


「……え?」


 呆然とした声は、少年のものだった。


 タイプF、刀、そしてその直線上に立ち尽くすのは、いましがた現場に到着したヒデトだ。呪力の電光と煙をあげて痙攣するミコの下半身を眺め、小刻みに頬を震わせている。


 ミコが、死んだ。


「タイプFッッ!!」


 裏切り者と視線があうや否や、ヒデトはサブマシンガンを跳ね上げた。


 撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。


 タイプFを銃弾から防ぐのは、戦車砲と逆の手に装備された巨大な盾だ。


「??」


 たやすく銃撃をしのぐタイプFだが、しかしその機能は妙な異常を訴え始めた。一石を投じた池のごとく広がる脳内警報の波紋、砂嵐の走る視界……これはいったい? 弾丸になにか仕込まれている?


 タイプFの耳に、何者かの通信が入ったのはそのときだった。


〈そろそろ世変装置セレファイスの呪力が尽きる。その世界への滞在時間の限界だ。戻れ、フィア〉


「……ごめん、ご主人様」


〈どうした?〉


「火器管制システムがダウン、索敵システムがダウン……あいつの撃つ銃弾に、呪力入りの電子ウィルスが込められてるわ。(アーチ)カスタムの弓矢から、組織もマタドールへの対策を学んだみたい。接続した盾そのものからウィルスが流れ込んでくる。くそ、この、ただの人間ごときに、このあたしが」


〈状況はわかった。その〝断片ピース〟は諦めてかまわん。すみやかにその場を離れろ〉


「許さない、あいつ。()()()()褪奈英人あせなひでと。あたしはひとりなんだから……」


〈なに?〉


 ご主人様……おそらくは組織の追う〝召喚士〟の制止も聞かず、フィアと呼ばれたアンドロイドは盾ごと一歩前進した。ヒデトのサブマシンガンが弾切れを起こした刹那を見逃さず、素早く駆け出す。


「あたしはたくさんいるかもしれないけど、いまここにいるあたしは、ただひとり!」


 叫んだフィアは、全身の追加装甲を切り離してあっという間に身軽になった。


 サブマシンガンを投げ捨てたヒデトは、懐から拳銃を抜いている。これにも電子ウィルスは搭載済みだ。だが、走る勢いそのままに前転し、フィアが手近な武器を掴むほうが一瞬早い。


 ミコの残した長刀を。


〈よせ!〉


 テロリスト〝召喚士〟が警告したときにはもう遅い。


 フィアの長刀の切っ先は、銃口と交叉して正確にヒデトの喉を狙った。


 突如、ふたりを包み込んで勢いよく上昇する光の花びら……


 不凋花アマラントスの形にも見えるその光の粒子……召喚術の残滓がなくなったときには、フィアとヒデトはその場から跡形もなく消え去っている。


 その場にいくつか残されたのは、呪力の尽きた球状の〝世変装置セレファイス〟だけだった。

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