酷い方ですね。
実験的作品
【可哀想な方ですね。】のifストーリー
悲恋有り
ある意味ではハッピーエンド
「殿下」
柔らかな声が背後から聞こえて来てギセウス第三王子は振り返る。そこには婚約者が微笑みを浮かべて佇んでいた。
「……ああ、セチュアレアか。どうした?」
ギセウス様は少しの間を置いて返答する。その間の意味を理解出来るのは、わたくしだけでしょうか。
「ご友人だとしても距離が近いですわ? もう少しだけ離れた方が宜しいか、と」
おっとりと柔らかな声音で忠告をするわたくしにギセウス様も“王子”の仮面を付けて微笑み返す。
「すみません、セチュアレア様。確かに距離が近いですよね」
済まなそうにセラ様が頭を垂れて、ギセウス様から離れようとする。ギセウス様はセラ様の態度に少しだけ悲しそうな表情をしたが、何も言わない。そのギセウス様の表情に気付いているのはきっとわたくしだけ。わたくしはニコリと微笑みを浮かべて緩やかに首を振る。
「わたくしと殿下は政略的な婚約を結んだ間柄。ただの婚約者でございますが、やはり婚約している者がいる以上は考えて頂けますと有り難いですわ。ですから。婚約者として申し上げましたの。ご理解をありがとうございます」
淑女の微笑みが崩れる事なく、淑女として婚約者として正しい忠告をするのはわたくしの務め。
「セチュアレア様の仰る通りです。気付かずにすみません」
「そう、だな。済まない、セチュアレア」
謝らないで。ギセウス様。謝られたらわたくしが悪いみたいですわ。それに、王族が臣下に謝ってはいけませんのよ?
「いいえ。殿下のご友人関係に差し出がましく口を挟んで失礼致しましたわ。ですが、婚約者としての務めとご理解下されば」
「ああ。……分かっている」
……ウソつき。本当は、わたくしとの婚約を解消したいのでございましょう?
だって、セラ様が入学されていらしたこの3ヶ月で、ギセウス様はわたくしとの交流が少なくなったでは有りませんの。
幼い頃から政略的な婚約を結ぶ事が多い上位貴族。そして、王族。でも、その弊害で結婚してから子が生まれ次第、愛人を作る殿方と夫人が多い事を先先代の国王陛下が憂いて、全ての貴族にこの学院に入学するように伝え、年齢の近い婚約者同士の交流場も兼ねて相性を見るように、法を変えられました。年齢差があまりにも大きい婚約関係の場合は、1年から2年、仮の結婚生活を送る事で相性を見るのです。あまりにも相性が悪い場合は政略的な内容に変更を加えて婚約を解消する事も出来るように、と。
それは第3王子であらせられるギセウス様も変わりがないというのに。わたくしとの交流よりもセラ様との交流の方が多いのは、どういう事なのです。そう思っても口にするのは憚られます。何故ならセラ様が入学されて1ヶ月の頃。
一度だけ
「わたくしとの交流よりもセラ様との交流の方が多いと思いますが、どうお考えでしょう?」
と尋ねましたら、「そんな事はない! セチュアレアの気のせいだ!」と、珍しく声を荒げられましたもの。その時に気付いてしまいましたの。ギセウス様は後ろめたいから、声を荒げたのだ、と。
つまり、ご自分でご自覚がお有りなのです。
わたくしとの交流よりもセラ様とご一緒する時間の方が多い事に。
それでもわたくしの指摘に、少しだけまた交流が増えましたが。それもほんの10日程で終わりました。そして、そろそろ皆の噂になりかけております。ギセウス様、ご存知?
「ギセウス殿下は婚約者であるセチュアレア様よりもセラ・オースタン様との交流が多いように思います。という事は、セチュアレア様との婚約を解消する、ということ?」
といった噂が流れ始めておりますの。子息よりも令嬢の方がこういった事には敏感ですのよ。ご令嬢方からそのような噂が流れ始めたならば、子息方、そして教師、それから各家の当主方の耳にも入りましょう。
それは、男爵令嬢に公爵令嬢であるわたくしが負けた、と物笑いの種にもなりかねません。わたくしだけならば構いませんが、我が家と当主の父が笑われるのは、嫌ですわ。それに……
法を変えた先先代……つまりギセウス様のひいお爺様の顔にも泥を塗る上に、わたくしが恋するギセウス様が影で嘲笑される事にもなりかねません。先先代国王陛下の法を無視するのか、と。そのように揶揄する者もおりましょう。
ーーもう、この辺が限界ですわね。
わたくしが恋慕うギセウス様をお守りするためにも。わたくしは本日の授業が終わり次第、家に帰って父に申し上げる事にしました。お父様は城勤めと公爵家当主の仕事と両方を行っておりますが、本日は家に居ると聞き及んでおりましたので。
「お父様」
「アレア? お帰り。どうした? そのように思い詰めた顔をして」
「お父様、お願いがございます。ギセウス殿下との婚約を解消して下さいませ」
亡きお母様にそっくりのわたくしをお父様は愛してくれています。ですから、わたくしのお願いを納得さえ出来れば聞いて下さいますわ。
「どういうことだ?」
お父様の顔つきが“父”から“当主”へ変わりました。政略的な意味合いも有る婚約ですから、簡単に頷けないのでしょう。ギセウス様は第3王子。臣下に降る道ならば我が家へ婿入り。王族に残る道ならば外交を主に担うでしょう。その場合、夫人も共に国外に赴く事になります。となると、それなりの身分が必要です。下位貴族のマナーでは無礼に当たる事にも成りかねませんから。ですからわたくしなのです。
ギセウス様に近い年回りの上位貴族令嬢はわたくしのみですし、跡取りの居ない家もわたくしのみ。わたくしには跡取りとなれる男子、つまり兄も弟も居ないどころか姉も妹もおりません。亡き母は身体が丈夫ではなく、子を1人産めれば良い方だ、と医者に告げられていたそうです。
そうして生まれたわたくし。故にわたくしはこの家のたった1人の子なのです。お母様はそれでもわたくしが5歳までは生きていて下さいました。そこからお父様は後妻も迎えず、わたくしを愛し育てて下さいました。ですからギセウス様の事を話せばお怒りになられるでしょうが……。
それでもわたくしは、恋い慕う方が他の女性を想っているのは辛いのです。そんな方の妻になっても、ギセウス様はお優しいですからわたくしを大切にしては下さるでしょうが、愛してはくれないでしょう。貴族の結婚なんてそんなものですが……法が変わり、相性が悪ければ結婚しなくて済む事になってしまった今、わたくしはギセウス様を手放すしか有りません。
法が変わる前でしたら、他の女性を想っていてもわたくしが妻なのだから。
という矜恃で結婚生活を送れたかもしれませんが……。いえ、今だってそのような結婚生活を送れないわけでは有りません。わたくしが見て見ぬフリをして、ギセウス様が恋に溺れずご自分の立場を理解しているのなら、きっと結婚出来ます。ギセウス様が恋に溺れて婚約を解消する気にならない限り。
ーーああ、そうです。
わたくしは弱いのです。ギセウス様から婚約を解消する、と告げられるのが怖い。
だからその前にわたくしから手放す事を決めたのです。そうすれば、わたくしはギセウス様に婚約を解消するという決定的な言葉を聞かずに済みます。
聞かなければ、わたくしはギセウス様の気持ちに気付いていない事になりますし、聞かなければ、わたくしも取り乱さずに済みそうですもの。婚約解消をギセウス様から言われてしまえば、わたくしは……淑女の仮面を捨てて泣いて喚いてしまいそうですもの。
ですからわたくしからギセウス様を解放するのです。
「ギセウス様との相性が良くない。それだけですわ」
わたくしはお父様の目から視線を背けて答えました。
「嘘はいけないよ、アレア。私が納得する説明をしなさい」
優しい物言いですが、当主の顔つきを崩さないお父様に、わたくしはグッと唇を噛み締めてからこの3ヶ月について話しました。
ギセウス様とセラ様が物語のような出会いをしたこと。
セラ様が学院の理事長室が解らず迷っている所をギセウス様が偶々通りかかってお助けしたのが出会いだそうです。それからギセウス様はセラ様を気にかけるようになり、わたくしとの交流が無くなっていったこと。
それを指摘したら珍しく声を荒げたこと。
きっと後ろめたかったのだと思うこと。
その後少しだけ増えた交流も直ぐに無くなったこと。
その代わり、ギセウス様とセラ様がいつもご一緒なこと。
そろそろ皆の噂になりかけていること。
全てを話し終えたわたくしは、大きく溜め息を吐き出しました。そしてお父様を見れば、お父様は顔を真っ赤にさせています。……やはりお怒りになられました。
「婚約解消だ! 解消! 私のアレアを蔑ろにするなど、王子でも許さん!」
「お父様、お怒りをお静めになって。婚約解消をよろしくお願いします。それと、我がままが許されるのならわたくしを修道院へ入れて下さいまし」
「それは……っ。そうか、アレアはギセウス殿下のことを」
「はい。恋い慕っております。貴族の娘ですから見て見ぬフリをして結婚することも可能です。たとえ愛されぬと理解していても。ですが、それは結婚出来ることが前提。法が変わった今、ギセウス殿下から婚約解消を願われたら……わたくしは泣いて喚いてしまいそうですわ。そんなはしたない事はしたくないのです。でも、お父様が仰るのなら、どなたかに嫁ぎましょう。貴族の娘ですからお父様のご指示に従います。修道院はわたくしの我がままですもの。どなたかの後妻でも構いませんわ」
でもきっとお父様はわたくしを愛してくれていますから、愛するお母様を想って後妻を取らないお父様ですから、わたくしを他の誰かに嫁がせないでしょう。そう考えてしまうわたくしはズルイのかもしれませんわ。お父様のわたくしへの愛を知っているのですもの。
「後妻にはしない。年回りの近い上位貴族の子息は皆、婚約しているからな。だが修道院も無い。可愛い一人娘に中々会えないのは私が辛い。アレア」
お父様……。ありがとうございます。
「はい」
「そなたが良いなら、国外へ移住しようか」
「お父様⁉︎」
何をっ。それは出来ない事ですわ⁉︎
「城勤めも領主の方も弟が居るからな。弟に譲れる。国王陛下には、私が病に罹り領地で療養すると話す。同時に弟に爵位も城勤めも何もかも譲って、領地に向かうと見せかけて国外へ移住しよう。アレアの亡き母は隣国の末の王女だと知っているだろう? 政略的な婚約で私と結ばれたが、先代の国王陛下はアレアの母を可愛がっていた、と聞く。お祖父様に会いに行こう」
「……お父様」
叔父様にお譲りになってまで、わたくしの事を考えて下さるなんて……。そこまで愛されているとは考えてもいませんでした。ギセウス様には想われずとも、お父様には愛されているのですね。
わたくしはお父様に泣き縋りました。泣いて泣いて泣いて。
落ち着いてから、国王陛下にはお父様がお話すること。叔父様にも色々と話して引き継ぎをする事から、早くても1ヶ月は先との事です。学院も退学する事にしました。お父様はわたくしがギセウス殿下と婚約を解消した事を噂されるのも耐えられない、と仰るので。
ギセウス様にはわたくしから婚約を解消する話を致します。お父様は無理に話さなくても、と仰いましたが、最後のお別れくらいしたいですもの。1ヶ月後に退学する事は……お伝えしなくて良いですわね。お父様の病気療養にわたくしも領地へ赴くから、という理由でお話する事にします。
そして翌日。
わたくしはギセウス様がいつもセラ様と共に昼食を摂っているテラスへ向かいました。そうです。婚約者のわたくしと昼食すら摂って下さらなくなったのです。
「殿下」
「セチュアレア? どうして……」
今まで邪魔しなかったのに、でしょうか。わたくしはセラ様に頭を下げてからギセウス様に申し出ます。
「どうしても話すことがございます。お時間を」
ギセウス様はチラリとセラ様を見てから、ご自分がわたくしと一緒に居ない事の罪悪感を覚えていらっしゃるのでしょう。気不味そうに頷かれました。
「ここでいいか?」
「いいえ。わたくしと殿下のみで話したい事です」
いつもはギセウス様の申し出を受け入れるわたくしです。ギセウス様が驚いた表情を見せてから、迷われました。そして仕方なさそうな表情を一瞬だけ浮かべて「待っていて欲しい」とセラ様に優しく告げられてその場を離れました。少し離れた所には側近候補のテオとウルスが居ます。彼等がギセウス様に再三わたくしが婚約者である事を忠告して下さっていることも存じております。それでも、聞かないギセウス様。
辛うじてわたくしの話を聞いて下さる気持ちが有るだけマシでしょうか。
お2人からもセラ様からも離れ、話が聞かれない距離になってからわたくしは、頭を下げ綺麗に見えるだろうカーテシーをしてから、これで最後になるだろうギセウス様を真っ直ぐに見ました。ギセウス様はたじろいだ顔。
「ギセウス様。長きに渡り婚約をして頂きまして、ありがとうございました。ギセウス殿下の婚約者となれました事、望外の喜びでございましたが、この度、わたくしとギセウス殿下の婚約関係は解消される事になります」
「な、何故だ!」
何故?
それを今更、あなたが仰るの?
そう言いたい言葉を飲み込んでわたくしは淑女の仮面を外し、久しぶりに満面の笑顔を浮かべて述べます。わたくしがこの婚約を解消する事を望んでいるように。
そして、
泣かないように。
「お父様が病に罹り、領地で療養する事になりました。わたくしも看病のために領地へ赴きます。同時に公爵家は叔父が継承。わたくしは公爵令嬢では無くなります。それ故に、ギセウス殿下との婚約は解消されるのです」
「馬鹿なっ。公爵はお元気だろう!」
「そう見えているだけですわ」
「仮にそうだとしても、セチュアレアまで婚約を解消して領地へ下がる理由など無いではないか! 公爵家で叔父君の庇護の下暮せば良いだろう」
「お父様とわたくしは父1人子1人ですから」
「しかしっ」
「ギセウス殿下。わたくしと婚約を解消すれば、王族のままで生涯を終える事になりますが、お好きな方とご結婚出来ますわ」
ギセウス様のお言葉を遮り告げれば、ハッと息を呑むギセウス様。わたくしの意図を理解されたのでしょう。
「だが」
「セラ様が納得されるなら叔父に申し上げてセラ様を養女に迎える事でしょう。身分は問題無いか、と」
「しかしセラは王子妃教育を」
セラ様を呼び捨てにされるのですね。わたくしの事はお願いしなければ、出来なかったのに。
いえ、もう、忘れましょう。
「勉強が出来る方です。大丈夫でしょう。マナーは厳しくなりましょうが、努力すれば」
「しかし心配だ」
もうセラ様との未来しか見えないのですね。
「殿下がお支えになれば大丈夫でしょう」
「そ、そうだが。セチュアレア!」
「はい」
「領地へ行かず、セラの侍女か女官にならないか? セラを支えて欲しい! 側妃というわけにもいかないから、せめて」
ギセウス様……
どれだけ自分勝手な事を仰るのですか。
ご聡明なギセウス様でも、やはり恋に溺れるとそのようになられるのですね。
わたくしがその相手だったらどれだけ良かったか……
「出来ません」
「公爵の病ならば城から医者を向かわせる」
「そうでは無いのです、殿下」
「何故だ! セラが大変になる! 支えてくれる者が他にも……!」
本当に、わたくしの気持ちをどこまでも踏み躙るのですね……
口に出すつもりは無かったですが、今日が最後です。もう、告げてもいいでしょうか。
「殿下。ギセウス様。お父様はわたくしのために、病気に罹って下さったのです。わたくしはギセウス様を恋い慕っておりました」
「な……に」
「ギセウス様を婚約者としてだけでなく、1人の男性としてお慕いしておりました。だからこそ、婚約を解消するのです。ここまで言えばお解りになられますわね?」
ギセウス様は、わたくしの気持ちを知り、口を噤みます。そしてわたくしを蔑ろにしていた事を思い出されたのでしょう。真っ青な顔になられました。
「殿下は、酷い方ですね。わたくしの気持ちに気付かないのは仕方ないでしょう。申し上げた事もなかったのですから。わたくしを好きになってくれないのも仕方ないですわ。恋愛は、人の気持ちは、どうにもならないですもの。ですが、殿下と婚約を解消するだけでも辛いのに、わたくしに殿下が愛し合う相手と仲睦まじい姿を側で見続けよ、と?」
「そんなつもりは……」
「無かったのでしょうね。解っております。でも、わたくしには出来ません。どうぞ、父の病気療養のために婚約を解消する事をお許しくださいませ」
同時に頭を下げました。下げて良かった。想いを告げてしまったから、後から後から涙が落ちていくのです。ギセウス様は何も仰らないので、わたくしは頭を下げたまま、踵を返します。
ああ、そうです。一つだけ去って行く身なれどお伝えしなくてはなりません。
「殿下。セラ様を養女に迎えてご結婚されるのであれば、生家である男爵家と距離を取る事をお教え下さいませね。王子妃になられる以上、実家は公爵家となります。叔父には跡取りが居ますから殿下が婿入りは出来ません。王族のまま生涯を過ごすのみ。
それでも、我が公爵家と王家は政略的な意味もあって婚約後結婚する事が決まっていましたから、セラ様が養女となっても王家と公爵家のその関係は変わらないでしょう。殿下が外交の道を進む以上、伴侶も身分が必要ですから。そのために上位貴族のマナーを学ぶのは大変でしょうけれど。
ですが、ただの男爵家が王家と公爵家と繋がりが有る事は、他の貴族達から反発が出ます。セラ様のお生まれに関する経緯は仕方なくても、公爵家に養女として迎えられたのならば、男爵家より公爵家を大切にする。セラ様がご結婚後も男爵家と適切な距離以上に関われば、必ず男爵家が他家に潰されます。それは公爵家の足をも引っ張りかねない。そこだけは、良くセラ様にお話下さいませね。では」
わたくしの最後の忠告は受け入れられるでしょうか。わたくしには解りかねますが。
「セチュアレア!」
もうギセウス様に呼ばれても振り返る事だけは致しません。ギセウス様のその声は怒りに聞こえます。わたくしを好意的に思って下さったギセウス様は、もう居ないのね。最後までわたくしはギセウス様のお心に悪いものを残してしまうのでしょうか。
「さようなら、ギセウス様。あなたが大好きでした」
ギセウス様に聞こえたか分かりませんが。言葉を溢して、その場を去りました。
「セチュアレア!」
もう一度だけ、ギセウス様がわたくしを呼んで下さいます。恋する方に名前を呼ばれる事がこんなにも嬉しくて幸せで、でも想いを返してもらえないから切なくて苦しいものだとは思いませんでした。
だからでしょうか。
振り向かないで去るわたくしの耳に、最後の呼びかけは……悲痛なものにも聞こえました。
ーーいえ、わたくしの願望なのでしょうね。
***
あれから5年の月日が流れました。
早いものです。
ギセウス様にお別れを告げた後、学院の理事長にご挨拶し(理事長はお父様から聞いていたのか、残念だが……と仰いながらも受け入れて下さいました)そのまま休学。つまり学院には行きませんでした。手続きが色々済んだ1ヶ月後に、退学です。その頃には、わたくしとギセウス殿下との婚約が解消された事は王家から発表されていましたから、皆さまはわたくしがお父様と領地へ赴いた、と思った事でしょう。
領地には一旦向かいましたが、叔父様一家に挨拶をして、セラ様の事をお頼みした後、予定通り出国しました。お母様の母国に向かい、お祖父様にお会いしましたら、お父様がそこで爵位を得てしまいました。伯爵位です。お父様はそのつもりが無かったらしいのですが、伯父様……つまりお母様のお兄様であらせられる国王陛下に無理やり押し付けられた……と文句を言ってました。不敬だと思うのですけど。
伯爵位なのは、外交官としてあちこちに行って欲しいから、だそうです。公爵位だと城勤めをしてもらう事になるから、と。それだと様々な意味で都合が悪いだろうから、と。
おそらく隣国なので、ギセウス殿下と顔を合わせる事になるからでしょう。それにわたくしと旅行したい、とお父様が仰ったので、それを叶えるためでもあるようです。とはいえ、何の身分も無いのは何か不測の事態が起きた時に保証が無い。それ故の爵位だそうです。
伯父様、素敵です。ありがとうございます。
そんなわけで、この5年。旅行がてら外交官としての手腕を発揮するお父様と共にあちこちに行ってます。夜会等もお父様と共に出席してます。取り敢えず、近隣諸国の言語と共通語は、ギセウス殿下が王族の道を選んだ場合に備えて、王子妃教育の一環として学びました。あまりに専門的な内容は難しいですが、日常会話からちょっとだけ専門的な会話くらいはこなせます。
様々な国に行く中で、失恋の傷も癒えました。冗談半分で口説かれる事も自信回復に繋がったのかもしれません。誰ともお付き合いしていませんし、婚約もしていませんけれど。今はお父様と共に外交官のお仕事に携わっている方が楽しいのです。
「アレア」
「はい? どうしました? 国王陛下」
現在、お母様の母国、いえ、お父様とわたくしの母国でも有りますね……。その母国に帰国していまして、本日は休日なので、国王陛下から王妃殿下と一緒にお茶をしよう、と誘われて城へ参りました。
「伯父様で良い」
「分かりましたわ、伯父様。それで?」
拗ねた伯父様に苦笑して言い直して促せば、伯父様は少し顔を真剣にしました。
何かあったのでしょうか。
「ギセウス第3王子は、アレアの忠告を王子妃に言い聞かせなかったようだ」
ギセウス殿下の名前を聞くと未だ少し胸が痛みます。セラ様とご結婚されたのは確か2年前でしたか。わたくしの忠告と言いますと……
「セラ様は男爵家と頻繁に関わっている、と?」
「うむ。月に1度か2ヶ月に1度だな」
「公爵家は?」
「3ヶ月から半年に1度だ」
「それは……」
実家が公爵家である、という事を言い聞かせていない、という事です。
貴族達から反発が出る、と話したはずですが。
ギセウス殿下が外交の道に進まれたのは、予定通りですが、セラ様は外交にはご一緒されておられないようです。言語に不安でも有るのでしょうか……。ご結婚されて直ぐからギセウス殿下が国外に出る時に一度もご一緒されておられないのです。
それにしても、その頻度は不味いですわ。
「お陰で、公爵家を蔑ろにする王子妃。貴族の身分制度を疎かにする王子妃。それを諫めない愚なる第3王子、と噂され出した」
「ああ、やはり……恐れていた事が起こりましたか……」
ですからご忠告申し上げましたのに。
「国王は、放置する事にしたようだ。ギセウス第3王子がどうにか出来れば良し。出来なければ……」
「男爵家へ?」
「平民落ちだな。国王が自ら結んだ婚約を解消した事を、国王は許していない。アレアが蔑ろにされていた事実はギセウスの側近や学院時代の学友から聞いているようだ」
「そんな……」
「仕方あるまい。アレアの忠告を流しているのは、向こうの落ち度だ。ギセウスが踏ん張れるかどうかは、本人次第だ。一応話しておこうと思ってな」
「分かりました。ありがとう、伯父様」
どうなるのか分かりませんが、わたくしが出来る事はもう有りません。どうか、ギセウス殿下とセラ様が気付いて下さるよう願いましょう。
わたくしは、わたくしで、お父様と幸せに暮らす今を大切にするのですーー。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
ふと、可哀想な方ですね。を執筆中に、セラが真面な令嬢だったらどうなっていたのか?と考えてしまって出来上がりました。滅多にこういう事が無いので、折角ならば……と同じ登場人物でアナザーストーリーを執筆してみました。