鬼のおじちゃん
「鬼のおじちゃんねー」
祖父の葬儀を全て済ませ、家族でひと段落していた時だった。
久しぶりに聞いた懐かしい響きに、あの頃の記憶が蘇る。
鬼のおじちゃんとは、私が幼少期の頃に付けたあだ名である。
私の家の近くには小さな温泉があった。
小さいけれども、近場の人間からは大層人気があり
常に人で混み合っていた。
世間は狭いもので、来る人来る人の大抵は知人であったり
あるいは隣人であったりした。
夕方になると、祖父は必ずその温泉に向かう。
それを知っていた私は、湯上りのジュース欲しさに
よく着いて行った。
子供ながらに熱い温泉が大好きだった。
塩で歯を磨く、祖父も大好きだった。
その塩を少しだけ、隠れて舐める時間も大好きだった。
「まーーた来たんかね」
ただ、怖いものが一つだけ。
「ちゃんとおじいちゃんの言うこと聞いてるか!」
そう言うと、自分の入れ歯を器用に入れ替え
絶対にそんな付け方じゃないだろうという口で
カタカタと音を出しながら近づいてくる。
そう、それこそが怖いものであり、鬼のおじちゃんだった。
カタカタと音立てる入れ歯はまるで
鬼の刃のようで、当時は顔を見るだけで
今日も鬼のおじちゃんがいると怖がった。
昔から、祖父も含め、家族の知人や友人たちに
私はよくあだ名を付けていた。
数ある中で、今でも記憶に残っているということは
よほど印象強かったのだろう。
そのあだ名を聞いただけで、当時の気持ちが
込み上げて来たのだ。
「アンタがよく、鬼のおじちゃんがいるからって。あんなにじいちゃんと行くのが好きだったのに、小学生になる頃には全然行かんくてね」
どうやら、相当怖かったらしい。
「でも、鬼のおじちゃんって誰の事やったのかいねー。私らが聞いても、じいちゃんも知らん言うてたのよー」
不思議な事に、誰も詳細を知らなかった。
更に、温泉以外で鬼のおじちゃんを見かける事も無かった。
温泉はほとんど、街の人しか利用してなかったから
もしかしたら、別な地域からわざわざ来ていたのかもしれない。
「本物の鬼やったかもね」
母との会話に、祖母がボソッとつぶやく。
「せやかもねー」
母がクスクスと笑いながら、台所で作業し始める。
鬼のおじちゃん、まだ元気だろうか。
それとも鬼ヶ島かなんか
鬼の国にいってしまったのか。
案外、近くにいたりして。
じいちゃん。ホントに誰だったんだろうね。
花より団子。鬼よりきびだんご。
自由な解釈・考察を求めて。
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