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 「すべて王の侍従に従うがいい。そうしていれば、あなたの身は保障される」

 キャロスはそう締めくくって、話を終えた。枯れ落ちた葉が吹き抜けた風に舞い上がり、カラカラと鳴る。

 シェーンはなにかを言おうとして、やめた。いや、言葉にできなかった。

 その問いがあまりに曖昧すぎて。

「なにかあったらいつでも来るといい。私はたいがい、王子の側にいる」

「ありがとう、サー」

 少しだけ、気が楽になる。キャロスは始終真面目で愛想笑いもしなかったけれど、考え方は今の彼女に一番近く沿う。

 頼っていいんだ。彼女にとって、どれほどの救いだろう。

 彼はシェーンに一つ礼をして、今来た道を戻っていった。シェーンも姿が見えなくなるまでを見届けてから、メリアンの部屋へ向かう。

 食堂の前辺りで、先ほどキャロスに締め出された侍従が不服そうな顔をして待っていた。不服というよりは、恐らく不安から来る苛立ちだろう。

「なにを話していたんです?」

 尋ねるというよりは問いただすような口調。シェーンは少し考えてから素っ気無く答える。

「見つかったか、と訊かれたので、あなたの言ったとおりにお答えしました」

 キャロスとの会話はむろん、口にはしない。

 彼女の態度が気に食わなかったのか、侍従は怒りに顔を歪ませる。けれどそれ以上は訊こうとはしなかった。ただ低く唸り、顔を背ける。

 キャロスの言葉を思い出す。そう、この侍従も王を恐れているのだ。どんなに彼女を脅したところで、シェーンがいなくなったとき一番困るのは彼。ならば彼女が侍従に怯えるなど、無用な心労だ。シェーンにとってこの侍従は、決してよい友達ではないのだから。

 部屋に着くと、彼女は一人にするよう言いつけた。ゆっくり考えたかった。マリアンのこと、王のこと。この城の謎のこと。

 侍従はドアのすぐ外にいるようだった。逃げられないように、見張りだろう。でもそれ以前にキャロスとの約束がある。彼女にはどうでもいいことだ。

 太陽を真正面に、海面をキラキラとはねる光は水平線を空に溶かした。

 ――王にとっては、子すら駒。

 メリアンの死に、涙一つ見せなかった王。マリアンの失明に怒ったというのは本当なのだろうか。

 戦力が欠けるから? または人間らしい、父親らしい感情を見せて、長引く戦への国民の不満を同情に変えようというのか。

 バカバカしい。本当に父親ならば、誰より彼の近くで声を掛けてやるのが愛情ではないのか。存在を視覚で捉えられないマリアンには、音こそすべてなのだから。たとえそれができずとも、敵討ちとばかり戦を再開するなど愚の骨頂というもの。

 いい口実。王子の不運は王にとってその程度。きっと、そうだ。

 一つ息をつく。風に紛れる潮の香りは、メリアンを思い起こさせる。

 マリアンとメリアンが探っていたモノ。

 なんのことだろう? 見つかったか、というからには、隠せるもの。それからそれは、この国のどこかにある。

 キャロスもそれを知っている。

 ――だめだ。

 なにを考えようと、一人ではヒントも答えもない。あるのは思考の壁で、行き当たっては彼女を突き返す。

 やめよう。もう、やめだ。

 窓辺に目を伏せる。日差しが温かい。思えば昨夜からまともに寝ていない。張り詰めた緊張からようやく開放されて、彼女は眠りへと落ちていった。



 「もうすぐ一年になるな、メリアン」

「え?」

 不意に問われて、なんのことだかわからなかった。

 いつものようにベッドから窓を見つめ、口許には笑みを湛えて。マリアンは思い起こすように言った。

「父上が戦場に出るようになってから。もう、一年だ」

 ――ああ。

 過去を遡る記憶を、今に引き戻す。

 一年。それはマリアンが光を失ってからの時間でもあるし、シェーンがメリアンとしてこの城にいる期間でもある。

 ハオン島戦争が始まってからは、四年目。

「島の人たちが、ブリランテ軍にも反抗を始めたそうよ」

 昼にレオスが言っていた。それは今までの流れを変える、大きな動き。

 もともとはブリランテとて、コモードと同じように島を支配しようとしていたのだ。コモードのみを追い出したところで彼らは支配を受ける。その矛盾に気付いた島民が、自分たちの国を作るために武器を手に取った。

 マリアンが難しい顔をして頷き、低く唸る。

「キャロスから聞いた。また、長引くな」

 元はといえば自分たちが始めた戦なのだけど、と自嘲気味に続ける。どう答えていいか、わからない。

「けど、父上にはよい風向きだろう――そうだ、昨日から戻ってると聞いたが、こちらにはいらっしゃらないのか」

「一度もいらしてないわ」

 首を横に振る。そう、ゲスディン王は城に戻っていながら、マリアンを訪ねては来ていない。

 こんな塔の上、ご足労願うのは無礼だろうか。いや、以前の部屋からここへ部屋を移るように言ったのは、やはり王だ。理由は、‥‥むろんシェーンにわかるはずもない。

 シェーンがこの城に呼ばれて一週間ののち、王は戦場から戻ってきた。滞在はわずか三日ほどだったが、その間にいろいろと言いつけて城内は慌しかった。

 いの一番に命じられたのは、マリアンの部屋の引越し。

 言い分としては少しでも明るい場所、少しでもメリアンのそばに置いたほうがいいだろう、と。メリアン――つまりシェーンの部屋は、一つ下に移った。

 矛盾ばかりだ。部屋がこんなところでは、彼を閉じ込めるようなもの。

 けれど、これでいいという思いもある。彼にはもう戦のことは考えないでほしかったし、王が来なければ会わずとも済む。このまままた、戦場に戻ってほしい。わがままだとはわかっている。

 残念そうに項垂れるマリアンをよそに、シェーンは就寝の支度を整える。窓を閉め、カーテンを掛け。乱れて今にもずれ落ちそうな布団を、ベッドに正す。

「すまないな、いつも」

「いいのよ」

 痛々しく傷跡を残す顔面に、もう包帯は巻かれていない。開くことはできても見えぬことに変わりない瞳は、いつもどこか遠くを見ているように思える。

 優しい微笑みはメリアンと同じ。

「また、明日ね‥‥おやすみ、マリアン」

 八つのろうそくの灯を、順に消していく。最後の一つは手に持って部屋を出る。おやすみ、と呟くように言った彼の声は、本当に眠たそうだった。

 子供みたい、と思わず笑う。この人が一年前までは戦場にいたのかと思うと不思議でならない。

 ドアを閉めてから、その場で耳を澄ませる。彼のつく息や欠伸が聞こえる。

 なんて、平和だろう。願わくば、この場所だけは永遠に。

 ‥‥叶うはずはないと、わかってはいたけれど。

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