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 「あなたにして頂きたいことはほかにもある」

 礼儀を無視した口の利き方にムッとはしたが、あえて抑えた。相手はなにを考えているのかわからない王派の人間。

 派閥で人に差をつけるのは気が進まないけれど、そう思って諦めたほうが気は楽だった。

「なにもなかった、と言ってほしい」

「なにもなかった?」

 オウム返しに尋ねる。侍従は黙って頷いた。

「王子に、見つかったか、と訊かれたらそう答えろ。追求はするな――命が惜しければな」

 あまりに乱暴な言い回し。どこまでが本気なのか、その鋭くも醜い瞳からは判断しかねる。

 無事に終えた朝食。王子には後ほど、部屋に伺うと約束した。積り積った話をしよう、と。

 けれどどうしたものか。メリアンと一緒にいたときのことのほか、彼女にわかるはずもない。

 正直に話してしまおうか。いや、一度ついた嘘は最後まで貫くべきだ。

 そう、正直に。あのころの話をしよう。

 そう考えていたから、侍従の言いつけは突拍子もなく、不自然に思えた。追求はするな。こんなことを言われたら、わからないわけがない。

 この真意こそ、シェーンの抱いた謎への答え。今城で起きている、〝なにか〟の真実。

「わかりました」

 頷くしかないことに、苛立ちを覚える。侍従は不満げに鼻を鳴らして、彼女を王子の部屋へと案内した。

 当時、王子の部屋はメリアンの部屋とほぼ反対側にあった。あれだけ歩いた食堂を通り過ぎ、中庭を抜け、大広間を突き抜ける。大陸中腹の山々を望む回廊の奥。

 ずいぶん歩いた。なぜこんなにも遠いのかと、不思議に思うほどに。

 マリアンの部屋に着くと侍従は二度ドアを叩き、伺いを立てた。

「マリアン様、メリアン様がお見えになりました」

「入れ」

 先ほどの優しい声が響く。侍従は恭しくドアを開け、シェーンに入るよう促した。

 目がくらむ。朝の白く澄んだ光で満たされた部屋には、マリアンとサー・キャロスがくつろいでいた。

「適当に掛けてくれ」

 口許に笑みを湛えて、マリアンが言う。それからキャロスには、

「二人きりで話がしたい。外してくれ」

と、手で払う仕草をした。

 キャロスは了承し一つ礼をして部屋を出た。侍従にも合図をし、半ば追い出すように退出させる。シェーンの実家のリビングほどの広さの部屋は、マリアンと彼女の二人だけになった。

「さて、なにから話そうか」

 マリアンが嬉しそうに言う。飛び跳ねるような声はまるで少年のようだ。思わずシェーンにも笑みがこぼれる。

「城にはいつ戻ったんだ? 昨日の夜はまだいなかったろう」

「ええ、昨夜遅くよ。父上がいないとは思わなかったから、こっそりとね」

 一つ一つ、メリアンの口調や仕草を思い出しながら。きっと彼女ならこう言うだろう、こんなふうに振舞うだろう。

「‥‥今度はどこに行ってたんだ? こんなに長く留守にしてたんだ、土産話の一つも聞かせてくれ」

「えっ」

 小さく呟いたのを、慌てて抑える。そうは言われても実際はどこにも行ってやいないのに、どんな話をしたらいいだろう?

 短い間に頭の端から端まで思考を巡らせて、ただ一度、メリアンが聞かせてくれた話を掘り起こす。

「ラグリマに行ってたの」

「ラグリマ?」

 話し始めてハッとする。ラグリマはブリランテとの国境沿いに位置する村。そう、今まさにブリランテ軍と、ゲスディン王率いるコモード軍が剣を交えようとしている土地だ。

 三年前、初めてブリランテと戦ったのもあの村のそばだった。

「そうか、ではラグリマでも父上とは入れ違いになったのだな」

「そうみたいね」

 途端に、彼の顔から笑みが消えた。なにか思案しているような、遠くを見るような表情。もっとも包帯で覆われた視線を伺うことはできないのだけど、それは明らかに窓の外に投げられていた。

 涼しく、心地よい風が吹き込む。柔らかい花の匂いが紛れる。間もなく訪れる春は、果たして平穏なのだろうか。

「あの村もようやく、復興してきたばかりなのに」

 以前聞いた話の中で、メリアンは村の復興をなにより喜んでいた。メリアンは春になると、必ずあの村に行っていたと聞く。

「そうだな」

 苦々しげに頷きながら、マリアンは腰に下げた剣の柄を撫でた。

 と、トントンと、誰がドアを叩いた。マリアンは伺うように首を傾げ、誰も立ち入るようすがないとわかると、話を切り出した。

「さあ、本題に入ろうか」

 ――本題?

 驚かずにはいられない。なんのことだろう?

 ここに呼ばれたのはただ話をするためではなかった、ということか。けれど、ではなにがあるというのだろう? シェーンはただ、次の言葉を待った。

「例のものは見つかったか?」

 王子はまっすぐ、彼女に顔を向けている。例のもの――もちろん、それがなんのことなのかはわからない。

 見つかったか。それに対する答えは一つ。

「‥‥なにもなかったわ」

 先ほど侍従に言われたとおりに。従うことに抵抗はあるけれど、ほかに答えようもない。

 ふとマリアンに目をやると、彼は口を真一文字にして両腕を組んだ。

「わかった。おまえがそう言うのなら、確かなのだろう」

 ちくりと、胸を刺す。

 嘘だ。確かなはずがない。けれどそれは言えない。言えないのだけど。

 それきりマリアンは黙り込んでしまった。シェーンは手持ち無沙汰に、ただおろおろすることしかできない。

 やがて口を開いたマリアンは、引き続き調べてほしい、とだけ言って、彼女を退出させた。再び、不安が胸を圧す。嘘をついた。それもある。ばれただろうか。否定はできない。

 部屋を出るとキャロスだけが立っていて、侍従の姿はなかった。彼はまっすぐ、彼女を見ている。彼の主君を騙しているだけに、その視線は突き刺さるようにも感じられる。

 シェーンは一つ礼をして、もと来た道を辿り部屋に戻ろうとした。

 けれど。

「待て」

 囁くほどに小さな声で、彼は彼女を呼び止めた。

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