表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

6

 そうは言われても、簡単なことじゃあない。シェーンはベッドに腰掛け朝陽に背を向けたまま、レオスを見つめた。

 暖かな光とは裏腹に、冷たく、静かな空気。

「今のこの城に、おまえみたいな庶民はいてはいけない」

 軽蔑しているようにも取れる言い方と、睨むような目。返す言葉はない。どう返したらいいかわからない。ただ、視線だけは逸らさず、まっすぐと。

「なら、教えてほしいわ。今このお城で、なにが起こっているというの」

 声が震える。かすれる。なにげなく顔を背けた彼の瞳のグリーンがきらりと光る。

 唾を飲む。静かな沈黙。

「‥‥言えない」

 彼は目を伏せた。それから小さく、じゃあ、と呟いて部屋を立ち去った。

「待って」

 ベッドから落ちるように飛び跳ねて、彼を追う。

 しかし、すぐに阻まれた。

「メリアン様」

 昨夜の三人の侍従が、そこにいた。

「朝食のお時間です」

 ずっといたのだろうか。レオスとの会話を聞いたのだろうか――じろりと見下ろす目は、あまりに無遠慮だ。

「マリアン様がお待ちです」

 ドクンと、心臓が大きく脈を打つ。

 マリアン。

 見たことはあるけれど、名前は何度も聞いたけれど、顔を合わせるのは初めてだ。思わず拳を握る。

 導かれるまま、食堂へ向かう。ギシギシと軋む木造の階段を下り、石の回廊を抜け。これでもかというほど、そこは遠かった。

 食堂の入り口には二人の兵が立っていて、中にも十数名の騎士がいた。けれど、見ればわかる。ほとんどが王付きの騎士――王派の騎士だ。

 なるほど、派閥とはこういうことか。レオスが笑った意味がよくわかる。

 王派の騎士は今はいない主君の席を中心に各々の席に着いている。

 堂内ではごく少数の、王子派の騎士たちはやはり王子を中心に席に着き、目の見えない王子を我こそと気遣った。

 二つの派閥は完全に分かれ、混じろうとはしない。

 それから王女派の騎士は、‥‥いるはずもない。唯一、多少知る者のあるだろう派がいないとわかると、必然的に気が滅入る。

 いや、わかってはいたのだけど。主を亡くしたのだから。

 侍従たちは入り口の兵に恭しく礼をし、無言でシェーンを促した。すると堂内の全員が一斉に、彼女に視線を向ける。

 そのあとの反応は、誰の、どの行動をとっても、どこか重々しく冷たかった。息が詰まる。妙な圧迫感。突然静まり返った食堂は、もはや朝食の雰囲気でもない。

「誰か来たのか?」

 その声は堂内によく響いた。

 メリアンの声をもう少し低くした感じの、優しい声。落ち着いた響きは人を安心させる。

 シェーンは初めて、彼――マリアンの声を聞いた。

 誰もが彼に目を向ける。もちろん、シェーンも。けれど、やがてその視線は彼女自身に向けられた。みな息を呑んで、彼女の一言を待っている。

 なにを言ったらいいだろう?

 侍従が肩を叩いた。急かされても困る。

 静かに細く、長く息を吐く。

「‥‥アタシ‥‥」

 唇が震えている。耳が熱い。掌が汗ばむ。頭のてっぺんが、冷たい。

 彼女は今一度、彼を見た。まっすぐに。頭から目にかけては包帯をぐるぐると巻き。まだ癒えきらない怪我のために正装ではなく、やや大きめの服を着ているだけで。

 大きな手は不器用に皿を押さえ、右手にはナイフを縛り付けてある。あんなに似ていた双子のメリアンとは、まるで違っていた。

 けれどその身が放つ高貴なまでの存在感は、なにも変わらない。

 痺れを切らした侍従が強く肩を叩く。思わず振り払い、キッと睨みつける。ふらついた侍従が鳴らしたカツンというなんてことない足音が、無闇に響く。

 マリアンはまっすぐに声の主に顔を向けている。見つめている。

 声が出ない。

 嘘をつくからだろうか。それとも、彼の姿を見たからだろうか。

 握りなおした拳を腰まで引く。

 ――違う、恐れだ。怖いんだ。

「アタシよ、マリアン」

 ――偽者だとばれてしまったときが。

 二十年以上もともに育ってきた兄妹だ。いくら似ているとはいえ、他人の声と聞き分けるなど難しくもあるまい。

 王子に王女の死を伝えることが彼にとって苦痛と考えるなら、こんな小さくも哀しい嘘、真実が知れたときはどんな気持ちだろう。

 けど、もう遅い。言葉はとうに彼に届いた。祈るような気持ちで目を閉じる。ひどく長い、三秒間。

「‥‥メリアン」

 彼が答えた。

「メリアン、どこに行ってたんだ」

 その声は嬉しそうに弾む。そっと目を開くと、微笑む彼の口許が見えた。

「城に戻ったら一番におまえと話がしたかったのに。さあ早く、ここに座ってくれ」

 言いながら隣の席を示す。

 周囲の騎士たちが慌てて席を空けた。侍従が促して、シェーンは王子の隣に立つ。

 王子は座るように促したが、シェーンにはそこまでの勇気はなかった。それよりも王子を見つめていた。

 近くで見れば見るほど、痛々しい傷跡。

 幾重にも巻かれた包帯の下には、‥‥メリアンと同じ顔。

「メリアン?」

 熱いなにかがこみ上げてきた。喉を焼くような、なにか。瞼を溶かすような――なにかが溢れて零れた。

「‥‥なにを泣いてるんだ」

 優しい声。探るように伸びてくる手に、ポツポツと落ちる。

 やがて彼女の頬に辿りついた掌はとても温かに、涙を拭った。

「ごめんなさい」

 呟くほどに小さく。それでも彼は頷いた。その声を、聞き取ってくれた。

「アタシも、ずっとあなたと話をしたかった」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ