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 「あなたに、メリアン様を演じていただきたい」

 侍従たちはそう言った。

「王がそう、望んでおられます」

 意味がわからなかった。

 メリアン様を演じる、とは? 出かかった言葉は驚きに乾いた喉につかえて音にならない。

「王子‥‥マリアン様はまだ、メリアン様のことをご存知でないのです」

 その目はひどく冷たい。

 ちらと、母を見る。強張った表情。決して、心から賛成しているわけではないのだろう。けれど娘にはドレスを着せた。

 わからないでもない。王の要請となれば。断ればただでは済むまい。むろん、シェーンにも拒むことはできなかった。

 その夜、彼女はひっそりと城に入った。

 侍従によれば、こうだ。王は王女の死をとても哀しみ、王子の目をとても嘆いた。それから王女の死を王子に報せなくてはならないことに心を痛めた。

 血を分けた兄妹。いつかは知ることになるのだろうけれど、光を失くしたばかりの彼にはなんという衝撃だろう。なんという、苦しみだろう。

 それも――自害だなど。

 せめて、もう少し。戦の終わるまで黙っておこう。王の、息子を想うがための結論だった。

 しかし、それではもしもメリアンのことを尋ねられたら答えようがない。これからは城の外に出ることもままならないであろうマリアンが、いない片割れを求めないはずもない。

 声だけでいい。メリアンとそっくりな代わり”が必要になった。そこで王は城内の騎士や侍従に、該当する者を探し出すよう命じたのだ。なるべく、早急に。

 ふと頭をよぎるのは、レオス。以前彼は、シェーンの声がメリアンに似ていると言った。彼が王に進言したのだろうか。こんな役目、気の進むはずもない。

 だいたい、嘘ばかりではないか。王がいつ、メリアンの死を哀しんだろう? 王女が自害などと、誰が決めた? もう少しなど、再び戦を仕掛けておきながら言うセリフじゃない。

 嘘をついて今を凌いで、あとにはどう説明するつもりだろう?

「わかりました」

 シェーンと侍従の三人以外には誰もいない城の裏口に、その声は響いた。理由は一つ、母のため。

 侍従たちはホッと息を吐いた。微笑ではない。怯えから解き放たれた、無表情。シェーンはそれを見逃さなかった。

 通されたのはメリアンの使っていた部屋。あの見晴らしのいい、塔の最上階だった。

「ここを使うように。必要なものがあれば、こちらで用意する」

 素っ気無く言い放つその態度には、王への恐れが見えた。余計なことは一切口にしない。命じられたことをするだけ。そんな態度。

 ‥‥疑問を抱かずにはいられない。

 この城で、今、いったいなにが起こっているのだろう?



 侍従たちが部屋を去ったあと、シェーンの脳裏を次から次へと謎が巡った。彼らは少なからず、なにかを知っている。けれど言わないのは、王を恐れているから。

 メリアンの死は、疑うべきもの。そう、確信した。

 窓に目をやると、月が出ていた。ちょうど満月が南中するというところ――もうそんな時間か。白い光に照らされて、濃紺の夜空は月の周囲だけぼやけていた。

 ――声、か。

 侍従たちの話を今一度、反芻する。メリアンと似ていると言われる、声。

 おかしな話。彼女は自分の声に、昔からコンプレックスを抱いていた。女性にしては低い、アルトというよりテノール。それが今、こんなふうに必要とされるなど。

 決して嬉しいことではない。哀しい、悔しいことなのだけど。

「なんでおまえがここにいる?」

 その声で目が覚める。朝陽に満たされた部屋の入り口に立ち、驚いたような顔でシェーンを見つめていたのはレオスだった。

 同じ質問を、前にも受けた。けれどそのときとは違い、声は柔らかかった。

 寝起きの頭ではすんなりと整理できず、少し間をおいてようやく昨夜のことを思い出す。

「なんでって、呼ばれたからよ」

 それから彼を睨む。

「あなたが、王様に言ったんでしょう?」

 レオスは眉間にしわを寄せて首を傾げた。

「なんのことだ?」

「メリアン様の代わりのことよ‥‥違うの?」

「おれは王には仕えていない」

 さも当然のように。シェーンにはいまいち、その真意が掴めなかった。察してレオスが続ける。

「知らないのか? この城内には三つの派閥があるんだ」

 声に嘲笑が混じる。

「笑うぜ、王派と王子派と王女派――王家三人で、それぞれ分かれてるんだ」

 あんまり大きな声では言えないけどな、と加えて。なるほど、バカバカしい。

「他の派閥の奴らとはあまり話さない。けど、勘違いするな。他の二人はともかく、メリアン様はこのことを危惧しておられた」

 悔しそうに呟く声。眉間に寄せたしわは一層深く、想いを刻んだ。

「あなたは王女派なの?」

「‥‥そう、なるな」

 口ごもる。

 ふと吹き込む、かすかに潮の匂いを含んだ冷たい風が印象的な、沈黙。次に彼が言ったのはあんまり意外で、矛盾していた。

「誰にも言うな。この城にいられなくなる。それから、」

 グリーンの瞳は強い意思を持って、シェーンに迫る。

「早く、ここを出ろ」

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