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 その報せはごくひっそりと、シェーンに届いた。夜も遅くに、メリアンを慕っていた騎士の一人が彼女の家にやって来たのだ。息を切らせ、身に纏うのは寝巻きのようなもので。

 彼は、泣いていた。彼女は泣けなかった。

「自ら、命を絶たれたのです」

 騎士はそう言ったが、嘘だとしか思えなかった。到底、信じがたいものだった。

 まさか、メリアンに限って。

 けれど、どんなに否定しようとも、彼女がもうこの世にいないことは拭えない事実だった。

 翌日には城下すべてに、五日もすれば王国全土に訃報は届いた。悲しみに包まれるコモード。誰もが彼女の死を悼み、想い、噂した‥‥平和を望んだ王女の、最期の訴えだったのだ、と。

 偽りだ。

 シェーンは叫びたかった。けれど、城内ではともかく、外では彼女は王家となんの繋がりも持たないただの一国民。耳を塞いで、自分の、小さな部屋に閉じこもるだけだった。

 そんな王国を更なる悲劇が襲ったのは、ほんの一週間後。早馬を走らせて伝令が伝えたのは、王子マリアンの重体。

 司令官という立場上、狙われやすいのは致し方ない。戦いの最中、飛んできた矢に打たれ落馬した彼を、敵軍は容赦なく攻撃した。

 幸い、奇跡的に一命は取り留めたものの――‥‥一ヶ月ののちに帰国した彼は、光を失っていた。

 怒ったのは、ゲスディン王だ。いかに戦場とはいえ、倒れた相手を多勢で攻めるなどとは騎士道に反する。ブリランテ軍には、直ちにその者たちをコモードへ差し出すように、と使者を出した。むろん、ブリランテが応えるはずもない。

 まったく、馬鹿げている。

 戦を始めたのは、王だ。戦場に自分の子を送ったのも王自身だ。誰もが無事に帰れる保障などまるでないということは、わかっていただろうに。

 今更そんなことを言ったって、誰が納得できるだろう。

 それに、これが例えばメリアンだったとして。いや、彼女が戦に出ることは万に一つもないのだから、彼女がなんらかの方法で敵軍に卑しめられたとして、王は同じように怒るのだろうか。

 彼は父親として、彼女の誇りを守ろうと奮うのだろうか。

 シェーンには、とてもそうは思えなかった。なぜなら、王はメリアンが亡くなったことに泣いたりはしなかったから。それを、シェーンは知っていたから。外ではともかく、城内では噂になっていたから。

 不思議でならない。同時に、やりきれない想いがこみ上げる。不仲だったとはいえ‥‥親がこんなに、冷徹になれるだろうか。

 メリアンを想うと握った拳が震え、目頭が熱くなる。

 開戦三年目にして、コモードは敗北を喫す。ハオン島はブリランテの領土となった。それでも諦めないゲスディン王はついに自ら指揮を執り、再び戦争を仕掛ける準備をしている。

 国はますます荒れていく。民の不満は募る。国外へ亡命する者も多くいた。

 もはやこの国には、平和など訪れはしないのだ。



「シェーン?」

 たしか、ゲスディン王がいよいよ軍を率いて遠征に出た日の夜だった。

 シェーンは最近そうしていたように、夕食を摂ったあとは自室にこもっていた。夕食といっても簡素なもので、パンとチーズの欠片。いや、十分裕福なほうだ。戦時下、これだけまともなものを食べられる。

 けれどそれさえ、彼女を勇気付けるには足りない。誰を失うという大きさを、シェーンが初めて知ったときだったのだから。

 彼女がそうなのだから、掛けたその声は相当、恐る恐るだった。窺うようにドアを引き、足音を忍ばせて彼女に歩み寄るのは、彼女の母親だ。

「シェーン?」

「‥‥なぁに?」

 不機嫌ではなく、無気力に返す。泣き腫らした目は生気を持たず、不手入れな髪は艶を失っている。母親じゃなくても、今の彼女を誰が心配もせずに放っておけるだろう。

 母はベッドに横になる彼女の体を優しく撫で、囁くように言った。

「身体を清めていらっしゃい」

 ――そんなこと言われたって。

 動く気にはなれない。そんなことをして、なんの意味がある?

 なにもかもが無意味なものに思える。そんなことしなくたって、死にはしない。

 誰だって、いつかは死ぬ運命。明日にはこの世にないかもしれない。それなのに、なんのために、誰のために?

 考えれば考えるほど、皮膚が生成りのシーツと同化した。

 けれど二分後には母が痺れを切らし、無理やりに彼女の身体を起こした。それから意思のこもった強い目で彼女を見つめ、同じセリフを繰り返す。仕方なしに、シェーンは従った。

 戻ってくると、母は彼女に一枚のドレスを差し出して着るように言いつけた。

「派手だわ」

「いいのよ」

 サイズはぴったり‥‥より、やや余る。この一月半の間に、彼女はすっかり痩せ細っていた。

 母は手際よくそれを直し、愛娘に合うように仕立てた。

 控えめではあるけれど上品にあしらったフリル。首周りの大きく開いたデザインはいかにも貴族を思わせる。くるぶしまで隠すスカートは、普段動きやすいようにと膝丈までのものしか着ないシェーンには鬱陶しくすらある。

 美しい、橙のドレス。シェーンの趣味ではない。そう、どちらかといえば。

 ――メリアン様の――。

「さあ、急いで」

「え?」

「外で、お城からのお迎えがお待ちよ」

 神妙な面持ちで告げる母。決して、良いことではないのだろう。

 けれど逆らえない。抗えない雰囲気。眉間にしわを寄せ唇を噛む母からも、シェーンには自分と同じ抵抗の念を感じ取れた。

 外で待っていたのは、見覚えはあるものの話などしたこともない、名前すら知らない三人の侍従だった。

 シェーンの母親が彼らに声を掛けると、三人のうち最も年長であろう侍従が丁寧にシェーンに挨拶をした。それからわざとらしく、けれど真面目に、こう続ける。

「では参りましょう、〝メリアン様〟」

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