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 「どうして、わかったんですか?」

 塔の中、マリアンの部屋で。ドアを背に、シェーンは呟くように問うた。

「わたしがあのような目に遭っていると」

 マリアンは窓辺で風を受けている。時間はいくらも過ぎて、気が付けば夜明けも間近だった。

「声が聞こえた。それだけだ」

 素っ気無く答える。明らかに、疲れているようだった。

 声。あの小さな叫び声だろうか。視覚を失ったマリアンは音に敏感だ――とはいえ、まさか助けに来てくれるとは思わなかった。

「ありがとうございました」

「何度も聞いたよ」

 はは、と乾いた笑いはすぐに風に溶けた。

 あれから今まで、マリアンはもちろん、城内が落ち着くことはなかった。

 王が最も信頼していた家臣の裏切りと、その死。それを隠すことはできないし、事実は伝える義務がある。シェーンもその証人として、見たこと、聞いたことをすべて話さなくてはならなかった。

 王派の騎士や侍従のうち、数名が彼の共謀者であることがわかった。レオスを探してシェーンの部屋に来たあの五人――トルディアスタ卿が亡くなったから、残る四人だ。

 彼らは抵抗も諦め、すべてを白状した。卿がいたからこそ得ていた信頼も後ろ盾も、今や償えぬ罪となってしまった。

 もし王派の騎士たちが恐れていたとすれば、王ではなく彼らだったのかもしれない。シェーンはそう、確信した。

 彼らへの罰を告げ、卿の遺体を弔い、このあとの国の政策について議論がなされた。今すぐにでなくてもいいのでは、とシェーンは進言したが、今すぐでないと国民が不安がる、とマリアンは答えた。

 それは彼の、国を想う強さだろうか。



「よろしく頼みます、と」

 ふと思い出したように、シェーンは呟く。マリアンは少しだけ、耳を彼女に向ける。

「王様が仰ったのです」

 あの夜。王が最後の戦い――いいや、話し合いに発つ日の前夜。王は眠る二人の枕元で、そう言った。

「もしかしたら、王様はご存知だったのかも知れません」

 このあとの自分の運命を。すべてとはいわない、家臣の裏切りを。

 マリアンは少し、うつむいた。返事はない、それが返事だろう。

 不思議だった。実の我が子に、このような口調は違和感がある。けれどもし王が自ら王になったのではなく、トルディアスタ卿に唆されて王位を得たのなら?

 本来、王になるべきはマリアンだった。敬意を込めて。或いは詫びの意を込めての言葉だったのかもしれない、と今なら思える。

 経緯を推測する。

 トルディアスタ卿と王はもともと強い信頼関係で結ばれていた。少なくとも、王はそうだった。

 女王が亡くなったとき、卿はゲスディン公に提案をする。幼い王子に王位を継がせるのではなく、自ら戴冠するように、と。理由はいくらもつけられよう。もしそうならばそのころすでに、卿は王位奪取を企てていたといえる。

 もともと多忙だったゲスディン公は、王位を得てますます忙しくなった。そばにはいつも、トルディアスタ卿がいた。彼ならば肩書きを隠れ蓑に、城内の者を意思通り動かすことができる。

 共謀していた騎士も、いつしか王の信頼と地位を得ていた。メリアンが亡くなったときも卿はハオン島にいたが、共謀者は城に残っていた。彼らがメリアンを殺害したのだろう。

 けれど。

「わたしをお城に呼んだのも、トルディアスタ卿だったのでしょうか」

 そうならば、なぜ? 彼女を城に呼びメリアンのフリをさせる。マリアンにその死を知られたくなかったのか、それにしては策が甘い。

 第一、彼女を最初に迎えに来た侍従は三人。そのうち共謀者は一人だけで、あとの二人はこの企てには関わっていない。共謀していた侍従も供述から察するに、この計画に加わったのはこの一年ほど、つまりシェーンを迎えに来る少し前のことだったようだ。

 卿の共謀者らは、これについてはなにも言わなかった。

「さあ、どうだろうな」

 溜息とともにマリアンは答える。

「今となっては、もう誰にもわからないさ。けど」

 ――けど。

「王様」

 真に、王子のことを想って。

「王様が、そうなさったのでしょうか」

 賢明ではなかったといえる。たとえその場は凌げても、いつかはわかることだ。

 けれど当時はさまざまな不幸が重なって、王の心はとても冷静ではなかったのだろう。マリアンの部屋をこの塔に移したのだって、もう彼を関わらせたくない、そう思ったのかもしれない。

 不器用だけれど、それが王の、王なりの愛情。

 マリアンは答えない。吹き抜ける風はいつも通り、潮の香りを含んでいる。

「シェーン、こっちへおいで」

 外を向いたまま、マリアンはシェーンを呼んだ。彼女が彼より一歩下がったところで立ち止まると、彼はその手を取り、体を引き寄せ胸元に抱きしめた。シェーンは驚きのあまり声を漏らし、自分でもわかるほど顔を紅潮させる。背中に感じる彼の温もりが、静かに脈を打つ。

「なにが見える?」

 いつかの日落ちにも、彼は同じことを問うた。一つ息をつき、気持ちを落ち着かせながら目を開く。

「夜は、まだ明けていません。けれど、空は少しずつ白みを帯びて輝いています」

「そう‥‥それから?」

 微笑の混じる声。

「城下はとても静かです。まだ誰も起きてはいないのでしょう、道を歩く者もありません」

 この一晩のうちに城で起きた事件など、町の人々はまだなにも知らない。

「平和が一番だ――なあ、シェーン」

 耳元で囁くように。

「ええ」

 どこか寂しげに、でも強さも持ったその声。ギュッと彼女を抱きしめたその腕が伝えるのは、彼の決意。

 それ以上どちらもなにも言わない。きっとお互いに、同じことを考えていた。



 海が、優しく波を打つ。

 藍。

 藍色の海が、そこに横たわる。

 その向こうに島がある。ハオン島だ。いつか一緒に行こうと、メリアンと約束した。

 戦争が終わったら一緒に行こうと、彼女と誓った。

「いつか、ハオン島に行こう」

 沈黙を破り、マリアンが呟く。

「いつか。この戦争が本当の意味で終わったとき、」

 夜が、明けた。

「一緒にハオン島に行こう」

 朝陽に照らされて、海の上に島が現れる。遠く、遠くのそれは霞むような影だけれど、少しだけ近く感じられた。

 まだ終わりではない。むしろ始まったばかりかもしれない。けれど不安はない。

 王女の望んだ平和。

 王の願った王子の幸せ。

 王子の誓う――未来。

 なにも疑うものはない。飛ぶことさえ叶いそうなこの藍に、シェーンは目を閉じる。

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