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 ドアを、誰が叩く。名乗らなかったが、マリアンにはわかったらしい。

「入れ」

 入ってきたのはキャロスだった。神妙な面持ちで無言のまま、一つ礼をする。

 彼はなにも言わなかった。だからマリアンのセリフがどういう意味なのか、シェーンにはわかるはずもない。

「‥‥そうか。なら、いい」

 眉間にしわを寄せ、けれど口許にはわずかな笑み。

 キャロスはまた一つ礼をして、部屋を去った。身に着けた武具がガチャガチャと音を立て、やがて遠のく。

「‥‥今のがどなたなのか、おわかりなのですか?」

「キャロスだろう? ほかに、無言で私の部屋に入ってくる者などおるまい」

 その答えは、シェーンの首を傾げさせる。

 なるほど、確かに彼の部屋に挨拶もなく入るものなどあるまい。けれど、それはキャロスとて同じこと。挨拶もしないなど、王子の部屋でなくとも無礼だ。

 そもそも彼が無言だった、というのが気にかかる。

 もしや。

「マリアン様方がお探しのものか、もしくは‥‥」

「‥‥レオスだ」

 ――やはり。

 先ほど、メリアン――つまりシェーンの部屋にはもういなかった。それから王派の騎士や侍従たちが探していた。恐らく、いや、ほかに理由などあるまい。昨夜の騒ぎの犯人として正体がばれたのだろう。

「それで、なにがわかったのです?」

「彼は無事に城を抜け出した。一番の駿馬を与えたからな、無事に国外へも出られるだろう」

 声は耳を澄ませなければ聞こえないくらいの小ささだった。誰に聞かれることを警戒しているのだろう。

「キャロスはトルディアスタと一緒だった。もし今ドアの向こうで聞き耳を立てていても、なんら不思議じゃあないからな。もっとも、」

 だからキャロスは無言だった。

「卿は近頃、少しばかり耳が遠くなったらしい。だからキャロスが少し甲冑の音を立ててやればこんな会話など聞こえまい」

 冗談めかして笑うけれど、ほんの三秒ほどで真顔に戻る。

「心配するな。彼を、父上に殺させやしない」

 力強く放たれた言葉は、シェーンを安心させる。信じられる。望みじゃない、願いじゃない、確かな信頼。

 ――このお二人はどこまでも似てらっしゃる。

 メリアンにもかつて抱いたその思いが今また心に息づく。なんだか、くすぐったかった。

 それから彼は一つ咳払いをした。続けて出た言葉はやはり、呟くような小さな声だった。

「すまないが、部屋の前に誰もいないか、確認してもらえないか。もしいたら、この話はできない」

「‥‥え?」

 心臓が一つ、強く脈を打つ。

「きみはそろそろ知らなくてはならない。そうだろう?」

 それに返答はしかねた。けれど知りたかったことだ。わざわざ拒む理由はない。思わず拳を握り、頷いた。

 回廊は静まり返っていて、冷たい風が吹き抜ける。それを伝えると、マリアンは真剣な表情で口を開いた。

「私たちが探していたもののことだ。わかってるとは思うが、口外はしないでほしい」

「はい」

 返事にも力が入る。言葉を待つ視線は、必然的に彼の口許に向けられる。

 そして、衝撃を受けた。

「父上は、ブリランテの王子と繋がりを持っている」

 息を呑んだ。

 ――繋がり?

「ブリランテの情報はジェイファン王子から入ってくる。わが国の情報は、父上から漏れていく。つまり、」

 だんだんと震えを帯びる声は、怒りに満ちていた。

「父上は、戦争を終わらせるつもりなどない」

「‥‥どうして?」

 思わず出た、礼儀もない呟き。

 マリアンは彼女を見つめ、黙り込んだ。決して無礼な発言に怒ったのではない、答えを考えていた。

「そうだな。一見、なんの価値もないように思える。けれど、知っているか、シェーン」

 思考を巡らす視線は窓の外に放られる。しかし、なにも見てはいない。

 マリアンが告げるのは、戦場に出たことのない彼女にとって初めて知る戦いなのかもしれない。

「戦争というのは、儲かるものなのだ」

 もちろん国が、じゃあない。そう続けた。儲かる人間がいる。

「ハオン島で負けたのは計画通りだった‥‥いいや、計画など関係あるまい。私が最後に島に渡る前には、負けることは決まっていたのだ」

 通り越した怒りは、彼から感情を奪う。マリアンは淡々と話した。

「代わりに、父上はジェイファン王子の仲介である武器を手に入れた。恐ろしく強力で、それも一つや二つじゃあない」

「武器のために負けた、ということですか?」

「そうだ」

 信じられなかった。

 仮にも王だ。そこまで非道な人物だとは思っていなかった。

「メリアンはそれを知ってしまった。だから、父上は――‥‥」

 ふいと逸らす視線。延ばした語尾に、続ける言葉はない。吹き抜ける風が音を曖昧に、事実を明確にする。

 怒りを覚える。同時に、メリアンへの想いが高まる。

 信じていた、自害ではないと。それは確かな真実だった。しかし、どうしてだろう? 心は凍てついて、なんの感情もない。ただメリアンの最期の姿だけが、この窓辺で見つめた空の色だけが絵画のように描かれるのみで。

 思考も働かない。衝撃が強すぎた。

「父上はこの戦いに勝つつもりはない。それに、ブリランテの王はなにも知らないらしい。私たちはずっと、それを探していたのだ」

「‥‥では、レオスが見つけた、というのは?」

 問いにマリアンは一つ頷く。それから一層声を落とす。

「武器だ。父上が手に入れた武器を、彼は見つけた。それから――‥‥」

 唾を飲む。

 その音すら、うるさい。

「一つ、入手した」

 けれどそれはここにはない。当然だろう、そんな危険、冒せるはずもない。

「大変な代物だ。王はこれを使って、北の王国、エネルジコを攻めるつもりだ。島よりももっと広大で、陸続きの利便がある。だからこんな戦、もう意味などないのだ」

 計画的な負け戦。愕然とした。カタカタと震える拳に、じんわりと汗がにじむ。

「その武器は、〝魔女の刃〟と呼ばれている」

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