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 「こんなに大勢で、なんの御用ですか」

「なんの、と?」

 嘲笑う彼らにシェーンは顔を強張らせる。キッと結んだ唇が、細かに震えた。

「レオスという侍従がどこにいるか、ご存知ですか」

 背中を、なにか冷たいものが伝う。

「‥‥彼が、なにか」

「どこにいますかな」

 問いではない。きっと彼らは知っている。

 意地の悪い口許は皆一様で、黒い瞳は濁っているなりに輝いている。楽しんでいる。

 下手な嘘はつけない。

「いかにわたしがメリアン様のフリをしているだけの庶民であっても、女性の部屋に勝手に入るのは無礼かと存じます。すぐにご退出願いますわ」

 自分でもわかるくらいの早口で捲くし立てる。上擦った声は動揺をあらわにしているけれど、シェーンはそれ以上譲る気は見せなかった。

 けど騎士らとて、そのまま引き下がるはずがない。

「王のご命令です。レオスを捕らえるように、と」

 そう言ったのは、初めて話す騎士だ。名はなんといったろう、シェーンは知らない。

 ただ城内でも年配の騎士であること、ここ暫くは見ていない顔であること。なにより誰より美しく立派な装備を身につけていることから、恐らく騎士の中でもっとも王の信頼を得ているトルディアスタ卿だろう。たしか今回の遠征でも、王の指揮の補佐をしていたらしい。

 もっとも、自分では滅多に戦場には出ない王だ。実際はすべて、卿が仕切っていたようなものだろう。

 そんな身分の高い騎士までこのような態度とは、王派とは思う以上に歪んだ派閥らしい。彼らが王のなにを恐れているのか、この疑問がシェーンの心から消えたことはない。

 いいや、今はそんなことはどうでもいい。この状況から、なんとしても抜け出さなくては。

「知りません」

 一つ息を呑んでから言った。

「知りません。彼がどこにいるのかも知らなければ、あなたがたがなぜ彼を探しているのかもわたしにはわかりません。お引取りください」

 嘘ではない。嘘ではないと、心の中で何度も唱えた。

 トルディアスタ卿の眉がピクリと動く。気に食わないらしい。恐ろしくて、思わず小さく悲鳴を漏らした。

「嘘はすぐにばれる。せいぜいいい言い訳でも考えておくんだな」

 明らかに腹を立てながらそう言い残すと、彼らは悪態をつきながら部屋を出て行った。

 見送り、回廊の端で彼らが見えなくなると、足から力が抜けて崩れ落ちた。目の前が真っ白になり、がっくりと頭を垂れて床に手を置く。腕を冷たい汗が伝い、思考は中断された。

 レオス。レオスはどうしたろう。嫌な予感と不安に、いくら考えても答えは出なかった。

 ――わたしは。

 問題はそれだけではない。

 ――わたしはどうしたらいい?

 上でマリアンが待っている。彼と一緒にいる以上、キャロスに相談もできない。レオスもいない。これ以上、マリアンに嘘をつき続けられる知識が彼女にはもうない。

 嘘はすぐにばれる。癪だけれど、その通りだ。

 どうしたらという問いに、もはや逃げ出すことしか頭になかった。まずは家に帰らなくては。それからすぐ、この国を出なくては。

 でもどうやって? ブリランテに行くわけにはもちろんいかない。ブリランテとは反対側、北にある隣国エネルジコへ行くにも、そう簡単ではあるまい。

 船で行くのが一番速いけれど、より監視も厳しい。陸続きでは遠すぎて、追われたら逃げ切れるはずもない。

 とにかく、早く。一刻も早く。それなのに、この足は動こうとも、立ち上がろうとすらしない。頭のどこか奥深くでも、まだなにかを躊躇っている。

 逃げることが果たして最善の方法なのか。もはやそれしか手段がないのか。躊躇いはそれを否定していた。

 今ここで逃げたら、きっとわたしは助からない。

 いや、そうでなくてもレオスを見捨てることになる。それはだめだ。

 ――真実を、話そう。

 数十回。覚悟を決めるまで数十回その言葉を繰り返して、両の拳を握り締めた。よろよろと立ち上がる。大きく深呼吸をして、目をギュッと瞑って思い切り開いた。

 そして――駆け出す。

 行く先はもちろん王子の部屋だ。一分とかからず部屋の前に立つ。二度ドアを叩き、返事を聞き取るとまた一つ息を吐いた。

「入るわ」

 中ではマリアンが待っていた。しかし。

「‥‥キャロスは?」

 彼の姿はない。

「さっきトルディアスタ卿が来てな、一緒に出て行ったよ。どうも昨夜、不審者騒ぎがあったらしい」

 騒ぎ自体には気に留めるようすもなく、彼は答えた。それから彼の目の前に置かれた椅子を示して、シェーンに座るように促した。

 とてもそれに従えはしない。彼女は再び、焦りを掌に感じた。

 誰のフォローも得られない。

 ――いいや。かえって都合がいい。

 本心ではない、と思う。ただ、一度した覚悟が揺るいだことを、他人のせいにしたくはない。

「‥‥座らないのか?」

 怪訝そうに首を傾げるマリアンに、彼女は黙って頷いた。声に出さなければ彼には伝わらないのに発してしまえばすべてが終わってしまうのだと思うと、なにものも喉を通り抜けられない。

 暫く、沈黙が続いた。

 互いに言葉を探していた。シェーンはなにかを言おうとして口を開いては考え直して引っ込め、マリアンは頬杖をついて髪をくるくるといじる。その仕草に、いつもの落ち着きはない。

 そして。

「あの」

「教えてほしい」

 互いに互いの言葉を掻き消した。そのために二人は再び言葉を飲み込んで、続きを待った。

 どちらもが始めようとはしない。

 と、マリアンが笑い出した。

「まったく、なんと気の合わないことだろうな」

 本当に愉快そうに笑う彼に、シェーンは少し気が楽になった。

 今なら言えるかもしれない。そう思い、言いかけたセリフを続けようとした。

 しかし、遮られた。

「いや、すまないが先に訊かせてほしいのだ」

 笑うのは止めたものの、声はまだ楽しげだった。先に言ってしまったほうがいいような気はしたけれど、わざわざそう断った彼の言葉を止める理由はない。

 彼は二つばかり咳払いをして、彼女に問うた。


 耳を、疑った。

「きみの、本当の名前を教えてほしい」

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