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 結局、一睡もできなかった。

 けれど思考は不思議なくらいに明瞭で、シェーンは夜が明けるとすぐにマリアンの部屋に向かった。というのもキャロスが毎朝、彼女が行くより先にマリアンの部屋に行くのを知っていたからだ。

 今朝はシェーンのほうが早かった。部屋には入らず、キャロスを待つ。さえているとはいえ睡眠不足だ、立ち続けているとさすがに辛いが、ひんやりと薄暗い回廊は気持ちを落ち着けてくれる。

 やがてキャロスがやって来た。昨夜の騒ぎのせいだろう、普段は軽くマントを羽織るだけの格好なのに今日はしっかりと装備をつけている。

 彼はシェーンを見ると、驚いたような顔をした。すかさず、静かに、とジェスチャーする。

「入らないんですか?」

「あなたに用があるの」

 声を極力抑えて。もうマリアンは起きているだろうか。

 キャロスが一歩進むと鎧がガチャガチャと響く。シェーンにはやはり不安だったけれど、レオスを思えば気にしてはいられない。キャロスを彼の元へ先導する。

 レオスは変わらず、彼女の部屋にいた。

 窓から陽光が射し、彼を照らしている。昨夜よりはだいぶ落ち着いてきたようで、壁に背を預けたまま目を閉じていた。

 眉間に寄せたしわ。ときどき呟くようにメリアンの名を呼ぶ。

 シェーンは知っていた。レオスは身分こそ侍従であるけれど、忠誠心なら他のどんな騎士にも劣りはしまい。

「レオス?」

 声を掛けると、ハッと目を見開いた。夢うつつの世界から引き戻された彼は、キャロスの存在を見て取るとすがるように飛びついた。

 初めて見る。

 レオスはいつだってシェーンには冷たい。それはきっと彼女が彼の亡き主君を演じているからで、彼は少なくとも王子の前では彼女に逆らえない。この間だって、マリアンは彼の無礼を叱咤した。

 たまに二人になると、口論になる。シェーンはメリアンのフリをすることを辞められないのに対し、事情を知らない彼は常に否定した。

 そんなふうだから、レオスが彼女の前でこんなに格好悪く崩れるのを、シェーンは初めて見た。

 キャロスは彼のその格好を見て、すぐに察知したようだった。

「昨日の騒ぎは、きみか」

 咎めるでもなくけなすでもなく、その声は優しい。

「どうした」

 ゆっくり、訊く。篭手を外した大きな手が、レオスの金色の髪をクシャクシャと撫でる。シェーンはその後ろで、二人を見守っていた。

 やがて、レオスが口を開く。

「‥‥見つけました」

 ボソリ、と。

 すぐには続けようとはしなかった。ちらとシェーンに目をやる。戸惑っているようだった。

 聞いてはいけない話。そう感じて、彼女は部屋を出た。

 わかってはいたけれど――疎外感。

 ドアの前で暫く佇んでいたけれど、静まり返った部屋からはなんの物音すらもない。シェーンは仕方なく、マリアンの部屋へ向かった。

 そのうちキャロスも来るだろう。レオスがどんな情報を持ってきたのかは知らないが、キャロスはそれを王子に報せに来る。シェーンはまた追い出されるだろう。

 足取りは重かった。



「遅かったな」

 部屋ではマリアンが、着替えを済ませ待ちかねていた。

 シェーンにとって、それは驚きだった。目の見えない彼が自分で着替えるなど。

「キャロスはまだか。今日は皆して遅い。昨夜、宴でもあったのか?」

 冗談のつもりなのだろう、フフと笑う。無邪気な微笑みに、シェーンは顔を曇らせた。

「キャロスはもうすぐ来ると思うわ。そう、昨夜、ね‥‥」

 昨夜のことを、言うか否か。どうせすぐわかるのだ、黙っているよりは今言ったほうが不審はあるまい。

 けれど、なんて?

 騒ぎの発端はレオスだ。派閥でいえばメリアン、つまりシェーンの部下、ということになる。

 彼はいったい、なにをしたというのか。それがわからない以上、説明のしようがない。下手なことを言って、あとあと厄介なことにもなりかねないだろう。

「そうね、なんだか騒がしかったわ。けど、アタシもまだなにも聞かされてないの」

 半分冗談ぽく。彼は苦笑した。

 それから、キャロスに訊けばいい、と呟いてベッドから出た。彼はしっかりとした足取りで、明るい陽の射す窓に寄る。やや目が眩みながらも、シェーンは思わず駆け寄ってその体を支えた。

「大丈夫だ、傷はとっくに癒えてる。それに」

 おかしそうに笑いながら、不安げに抱きつくシェーンの頭を撫でて続ける。

「この部屋の中のことなら、もう手に取るようにわかる。おまえがそんなに気を使わなくてもいいんだよ」

 ギュッと、抱きしめてくれた。

 なんて温かい――‥‥

「‥‥メリアン、おまえ‥‥」

 頭のすぐ上から響く優しい声には、やや驚きも混じっている。

「大丈夫か?体が冷えてるな」

 ――いけない。

 きっと、ちゃんと寝ていないからだ。大丈夫だと思ってはいたけれど、体は正直だ。

 悟られてはいけない。知られたくない。マリアンに心配は掛けたくない。

「大丈夫」

 すぐに体を引き離す。と、彼の影が消えて、太陽の光が目に刺さった。

 視界は真っ白を越えて、一瞬闇になる。同時に体は安定を失い、次にはまたマリアンの腕の中にいた。

「――無理はするな」

 眉間にしわを寄せて、光を失った灰色の瞳が言う。強い口調は否定を許さない。彼はそのまま彼女を抱き上げると、自分のベッドに寝かせた。

「大丈夫だって」

 叫ぶように言って、立とうとする。けれど体が動かない。それ以前に、マリアンがそうさせてくれない。

 ――なんてことだろう。

 横になると、途端に意識は遠のいていく。

 ――だめだ、ここで寝たら。

 わたしはただの一庶民でしかないのに、王子のベッドをお借りするなど。ただの一庶民でしかないのに、王子に甘えるなど。

 わずかながらに抵抗する理性は、髪を撫でる彼の掌にさらわれていった。

 温かい手。

 思い出す。メリアンの手も、こんなふうに温かだった。こんなふうに、よく頭を撫でてくれた。

 目を閉じる。そこには、優しかったメリアンがいた。

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