第二話【崩壊】
苦しい、暑い、意識が判然としない。
宛ら夢遊病患者だ……と、以前の私なら喩えていただろうか。
今は兄弟が実際に夢遊病を起こした為にそう謂うモノではないと分かっているので、
そのような表現はしないが。
やっと真人間の皮を被れたと喜んでいたが、
それもぬか喜びに終わりそうだ。
もう人間の振りをするには遅過ぎたのだろう。
化けの皮は剥がれ、
私の醜い真実を知るに至った人々は、恐怖し、嫌悪し、嘲笑した。
此処に居るのは屍鬼。
身体は腐り果ててゆくだけ。
魂はとうに腐っていた。
それでも、どうかもう一度。
神でも悪魔でも人間様でも構いません。
そう願って、虫食いの蝋燭に火を灯した。
だが。
燭台は錆び崩れていた。
蝋燭は針に刺さった鼠の死骸だった。
火はサイリウムだった。
鼠の死骸にサイリウムを押し当てたところで、
灯は点かないし燭台は折れた。
俺はまだやれる!
チャンスさえあれば!
だから待ってくれ!
死にたくない!
終わりたくない!
戻りたくない!
生きながら死んでいた過去の私には……。
あの惨めな蛆虫ごっこの日々には……。
どれだけ歩いても夜明けに辿り着けない荒野には……。
虚しい叫びが闇へと吸い込まれていった。
私は屍鬼。
幽霊ならばもう少し取り繕えたか?
死臭が鼻につく度に思い知らされる。
接木は失敗だ。
両方共腐敗してしまった。
後には何も残らない。
私の苦痛さえも。
もっと苦しめると豪語しようと、
もう苦しみたくないを弱音を吐こうと、
もっと生きたいと愚かに強がろうと、
もう死にたいと易きへ流れようと、
私は死ぬのだ。
どう生きて、足掻いて、或いは自殺をしようとも。
私は死ぬ。
不老不死になりたいと言っていた男がこの有様だ。
今でも何かの間違いであってくれと無意味に願い続けている。
現実から目を背けた人間を嘲っていた私自身が、今、一番、
自分自身の現実から目を背けようと必死になっている。
だが、死の恐怖が釘付けにする。
しつこく、何度も、何度でも言おう。
私の身体は近い将来全て腐り果てて、そして死ぬ。
髪が薄くなってきた事を憂いている間に、
私の命そのものが希薄になっていたのだ。
此れ程までに面黒い話があるものか。
私は熟、
暗愚で、
直情的で、
刹那的快楽主義者で、
破滅主義者であったのだ。
と、思い知らされた。
二文字に纏めればまさしく『莫迦』。
何処までも真面目な話も深刻な話も滑稽なオチがつく。
お前も笑えよ。
俺の無様な死にザマを。
もう私は錯乱して、
目に映る全てを呪い、恨み、憎む事しか出来ない。
もう何も愛せない。
この苦しみまでもが私の命を奪うのだから。
永遠の命とは永遠の苦痛だと思っていたが、
どうやら苦しみを吟味している時点で、
死の運命から逃れられる場所にはいないらしい。