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ひとつの区切り

背中合わせ

作者: ハロハロ

 この世界は何なのだろう。

 いつこんな所に迷い込んだのだろう。

 憶えていない。

 後ろを振り返ると青々とした草原が揺れていて、俺たちは草原から続く一本の道の上、その先にいる。そんな気がした。


 ふわりと晴れた暖かな空。ずっと深呼吸をしていたくなるような澄んだ空気。

そして荒れ果てた道路と欠けたナイフにハンドガン。

 吹き抜ける風が君のさらりとした髪を撫でる。

 長い睫毛。しなやかな身体のライン。肩まで伸びた髪を結っている君はじっと見つめても、とても男とは思えない。

 そんな君との旅も随分と経った。


「知ってる? この辺りちょっと前まで大きな戦争の中心地だったんだ」

 君は両手を広げて突然言った。

「うーん。そう言わると確かにこの光景は納得できるな。原型をとどめてない街。というか瓦礫の山だ」

「そ。飛び交う銃弾。爆ぜる大地。燃える空。老若男女、大勢の人の悲鳴悲鳴悲鳴。そりゃあもうこの世の地獄だったて話さ。原因は誰にもわからない。ただこの場所が不運にもそんな線の上にあってしまった。この町に住んでいた人たちは何もしていないのにな」

 俺たちは歩く。

「へえ」

「へえ。って、あっさりしてるなあ」

 俺は立ち止まった。

「だって現実味ないよ。俺たちが経験したわけじゃない。ましてや過去の出来事だ。当事者たちじゃないとその苦しみを本当の意味で理解できないさ」

「ふふふ。確かにその通り。僕たちが後でその苦しみを理解したつもりになって、嘆くというなら、そんなもの偽善の何物でもないだろうね。だけど、その偽善が悪いことかと言われたら実際そうでもないのさ」

「同情は、偽善か」

「僕はそう思う」

 瓦礫の山に戦争の影を見る。

「なあ、ここにいた人たちはどうなったんだろうな」

「さあねえ。生き残った人たちもそりゃあ少なからずいただろうけど街を去らなきゃいけなくなったんじゃないかな。不条理な暴力の犠牲者はいつだって無辜の民なのさ」

「悲しいな。この場所は無念の塊みたいなものだ」

 だけど、どうしてだろうか。


 ふわりとした風。


 俺は深く息を吸う。

「本当の意味で悲しくはないんだよなあ」

 それは俺たちが当事者じゃないからかもしれない。

「そう。この場所は寂しくもない。冷たくもない。ここにあったものは絶望だけじゃないんだ」

「ああ。こんなにもボロボロの街なのにな。どうしてか、温かいんだ」

 君はにかっと笑う。そして少し先の方、瓦礫の山を指さした。

「ほら見てみなよ。あそこ」

「んん……? あ、ほんとだ」

 君が指さすその先に。


 風に揺れる、美しい一輪の花。


 それが咲いていたのはおそらくこの街だった場所で、一番高い瓦礫の山。

 俺たちはそんな瓦礫の山を何とか登り、花の傍に立った時、灰燼と化した街を見渡して言葉を失う。

「ぼーっとしてないで見てみなよ。綺麗に咲いている」

「ああ本当に」

「これがあるからこの街はまだ生きている」

 君はナイフを傍に置いて腰を下ろした。

 俺はまだ立ったまま風に吹かれている。

「正確には、この花の種になるものがこの街にあったからこそ。だろ」

「まあねえ」

 手の平からハンドガンの冷たい感触がじわりと駆け上って来る。

「誰かの幸せがここにあったんだ」

 君はきょとんとして俺の方を見上げた。

「誰かの笑顔が、戦争の中でもあったんだ。愛とか勇気とか、思いやりや優しさが、苦しみの中でもあったんだ。もしかしたら戦争の中でも、敵と味方が助け合っていたかもしれない。そんな温かい物語が、あったかもしれないんだ」


 それは、一つの光る花となる。


「ちょっ、ちょっと待って。聞いてて恥ずかしくなるんだけど」

「わっ笑うな身悶えるなっ。別にいいだろ。素直に表現しただけさ」

「オッケーオッケー。あんたがポエムチックなやつだってことは理解したから」

「殴るぞ」

「悪かったって。冗談だよ。でもさ、あんたの言う通りだ。そんな綺麗ごとのようなものがあったからこそこの花は咲いているし、結果、この街は生きている」


 そう言う君の瞳はどこか遠くを見据えていた。


 花を見て、一つ思い出したことがあった。

「ここに、バケモノはいないのか」

「まさか。いるに決まってるだろ。だからさ、さっさと済ませちゃおう」

「だよなあ。うぅ……思い出すだけで気持ち悪い。あいつはいったい何なんだ。今までも何回か見たことはあるけど、なんだか、こう……意識だけを洗濯機の中で回されているような感覚になるんだ」


 以前出会った黒いバケモノ。グニャグニャとまとまった形を持たないそれは、人間の嫌な部分だけを物体化したような存在で、見ていると発狂しそうになる。

 そして、そのバケモノこそが初めて君と出会うきっかけとなった。


「あのバケモノは負の塊みたいなものさ」

「負の塊?」

「そ。ここの花と同じさ。あんたがさっき言ったように、花が人の優しさや希望なんかが集まったものなら、黒いバケモノはその真逆の存在」

「ああなるほど。それこそ無念の塊みたいなものか」

「無念の塊ね……。確かに的を射てるかな。もしくはどうしてこんな残酷なことをしなくちゃいけないんだっていう兵士の葛藤かもしれないし、逆に好んで引き金を引く残虐非道なエゴかもしれない」

「花とバケモノは全く別物なんだな」

「……そうとも言えない。でもなんにしろ、あいつらは直接心を抉ってくるからなあ。関わるのはダメ絶対」

「もう経験済みだよ……」


 俺は頭の中でぐるぐると這いずる不快感を無理やり抑え込み、揺れるその花弁のひとひらに指を添えた。

 そして、少しの罪悪感と共にプツリとちぎり取る。

 するとちぎり取った花弁は手の平で糸がほつれるようにどんどんと分解され、光る極小の繊維となる。繊維は再構築を始め、あっという間にキラキラと輝く小さな丸い結晶へと変化した。

 これこそ、俺たちが集めているもの。

 この世界に、必要なものなのだと、君は言っていた。


「なあ、やっぱり花をちぎるの抵抗あるんだけど」

「いいんだよ。花の形をしているけど、実際は花じゃないし。ここに、それがあるってことが重要なのさ。だから全部持っていくのはまずいけど、少しくらい、一枚くらいは大丈夫」

「その自信はどこから来るんだよ」

 君は俺の言葉を無視……というよりは耳に入っていない様子で、物憂げに花を見ている。

 そんな君の横顔を見ていると、何故か胸が締め付けられるように悲しい気持ちになるのだ。

「さっ。次に行こう」

「行くったて、どこに行くんだよ」

「目的地という、あてのない場所さ」

 君は猫のような身軽さで危なげなく瓦礫の山を降りていく。

 俺も君の後を追いかけようとするが、どうも君みたいに身軽じゃないもので、ガラガラと不安定な瓦礫の上をゆっくりと慎重に降りていく。

 そういえば、瓦礫の上に咲くあの花に、根はあるのだろうか。

 ふとした疑問だが、そんなこと考えるなんて意味はないのだろう。君も言っていたように、あれは花だが、花でないのだから。

 晴天の下、瓦礫の街を離れる。

 しばらく歩いたところで、ふと後ろを振り返ると、瓦礫の山の頂上。そう、花が咲いてあった場所に、いた。

 全身が漆黒に包まれた、グニャグニャとしたバケモノ。

 脳が揺さぶられ、数歩たたらを踏む。まだ距離があるからましだ。もっと近ければ、立っていることすら不可能だろう。

 いつ襲ってくるかもわからない。震える手でハンドガンを構えそうになったが、ぎりぎりで止めた。

 何故か、あのバケモノに害はないと感じたから。

 

 花に寄り添うバケモノは、どこかとても、人間的だった。


 ◇ ◇ ◇

 

 俺は今まで集めた結晶を鞄に詰め込む。

 その横で、君は欠けたナイフを弄びながら、窓の外を見ていた。

「愛をバカにするやつがいるだろ?」

 君は言う。

「無駄な努力だって背中を指さして笑うやつがいるだろ?」

 君は言う。

「勇気っていう言葉が恥ずかしいと思うやつがいるだろ?」

 君は言う。

「そうだな」

 俺は、結晶を鞄に詰め込む。

 崩壊した研究所。焼き払われた集落。再起不能となった街々。

 多くの場所でこの結晶は集まった。

 それだけの思いが存在した。

 そして、行く先々で黒いバケモノは存在した。

「それはさ、それで正解なんだよ。僕でもそう思う。でもさ、やっぱ人間が最後に縋るものはそんなモノたちなんだろうねえ」

「なんだそりゃ。っと」

 まるで矛盾。二律背反。花と、バケモノ。

「おいおい。そんなに詰め込んでどうするのさ」

 俺は最後の結晶を詰め込み、鞄の口を固く閉じる。

「意外と重たいな」

「そんなことより、一体全体どうするのさ」

「逆にお前はどうするつもりだったんだ。これを集めて」

「……あれ、なんでだろう。わからないや」

 俺は鞄を背負う。

「俺はな。これを配り回ろうと思う。これを必要とする場所はあるんじゃないか」

「へえ。君は案外お人好しなのかな」

「さあな。ただ今こうしている間にもこの結晶の元になる花が生まれるかもしれない。花の種になる出来事が生まれるかもしれない。黒いバケモノが、生まれるかもしれない。それは根源を辿れば良くないことなんじゃないか」

「ほほう」

「確かにこの結晶は素晴らしいモノさ。人の良い部分が集まっているんだから。だけど、存在しているってことは必ず悲劇もあったんだ。だからこの結晶……花は本当は存在すること自体が異質なんだ」

「なるほどね。いやはやその通りさ。だから君は相殺する気なんだ。悲劇が生まれる場所に、その花を持って行って、生まれた悲劇を終わった喜劇でなかったことにするのかい」

「なかったことにはできないさ。元々に近づけるっていうほうが正しいのかも」

「そんなこと、意味がないかもしれないよ。相反する大きな意志は交わらない。それは秩序そのものに対する接触だ。下手をすれば秩序がなくなるかもしれない」

「上等。一方的な悲劇よりましだ。意味がなくても俺がここにいる理由を見つけた気がするんだ」

 君は笑顔で僕の手を取る。

「いいね、いいよっ。じゃあ行こう。ささやかな幸せを届けにさ」


 俺たちは再び歩き出す。

 ナイフとハンドガンの冷たさをその手に感じながら。


最後まで目を通していただきありがとうございます!

今作はとても難しい話になってしまいました。読みづらい上に意味が分からなかったと思います。今回のテーマは 近くて遠い です。何言ってんだと思うかもしれませんが大丈夫です。自分でもよくわかりません。この話を読んで色々と想像、解釈してくれたら幸いです。


感想やアドバイスなどいただけたらとてもうれしいです!

誤字脱字、おかしな表現などもありましたらご指摘のほどよろしくお願いします。

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