06 「ねえ、聞いた? 宮殿に暴漢が入った話」
「週末、デートにでも行くか」
成人の儀の帰り際にハルキに声をかけられて、俺は二つ返事で了承した。理由は2つ。
1つは、心の整理をする意味でも、ハルキのことをより知れる機会を持った方がいいと思ったから。もう1つは、いきなり嫁がされた姉ちゃんの話を、ハルキは「酷い」と言ってくれたから。多分、姉ちゃんが受けた仕打ちと同じことをしないように、ハルキは気を遣ってくれているんだ。その優しさは、ありがたく受け取るべきだろう。
「それにしたってさあ」
少し暑いくらいの日差しを受けながら、俺は独りごちる。
それにしたって、運命の相手が男ってどういうことなんだ? そんなことってありうる? だって結婚するんだぜ?
あのハルキと? 家庭持つの? 俺が?
「想像つかねえ……」
これには、さすがの両親も困惑していた。それでも翌日には「女神様の思し召しだし」の一言で気持ちの整理がついたらしく、思わぬところで女神の全能さを思い知らされてしまった。
成人の儀の日と同じく、本日も快晴。
待ち合わせの場所に指定された公園は、家族連れや恋人連れであふれている。石畳の中央に位置する、大きな噴水。その縁に腰掛けた俺は、犬の散歩をしているおばあさんをぼんやりと眺める。賢そうな犬だけど、毛色と首輪の色が合ってないなあ。
そうしていると、俺の隣から、おもむろに会話が飛び込んできた。
「ねえ、聞いた? 宮殿に暴漢が入った話」
「ええ? 知らない」
心臓が跳ねて、耳を傾けてしまう。俺の侵入は不問じゃなかったのかよ!? 噂がだだ漏れなんですけど!
話していたのは、俺よりちょっと年下の女子2人だった。旅行客とも、参拝客とも違う軽装だ。今日はあったかいし、広場に散歩でもしにきたのかな。
「先々月の話らしいんだけど。女神様に乱暴しようとした暴漢を、官長が退治したらしいよ!」
「ちょっとかっこよすぎない!? あんな人が運命の相手だったらいいのに……」
「まだ結婚する感じないし、相手の成人待ちじゃない? 可能性あるかも!」
なんだ、先々月の話なら俺じゃないや。一気に興味が失せて、俺は縮こまらせていた両足を投げ出した。女子ってほんとこんな話大好きだよなあ。
女子たちはきゃあきゃあはしゃぎながら、「今日はツェルマ官長出てくるかなあ」などとのたまっている。どうも、ツェルマ官長のファンの子たちのようだ。ツェルマ官長、イケメンだったし女子受けよさそうだもんなあ……。まだ若いし。
そういや、ハルキは26歳って言ってたな。18で神託を受けてから、8年か。というか、ハルキが神託を受けた年って、俺10歳じゃん!
神託で俺の名前を聞いて、俺の姿を女神に見せてもらって、何年もずっと待ってたんだろうな。俺が成長して成人を迎えて、神託を受ける日までずーっと。
もしかしたら、周りの同年代がさっさと結婚して子供が生まれて、運命の相手と楽しそうに生きている間、一人で寂しかった日もあったのかも。友達に「おまえの運命の相手は?」って訊かれても、「成人するまで待ってる最中」って答えるしかなかったってことだ。
そう考えると、18歳になった子がさらわれるようにして結婚させられる世の中の風潮も、仕方ないのかもしれない。世界でたった1人の相手を何年も待っていた人間が、待った分だけ想いを育てていたって、誰にも責められやしないのかも。
そこまで思い至って、俺は自分の足元に目をやった。
履きなれた黒いサンダルに、カーキ色のパンツ。少し大きめのTシャツに、中は薄手のインナー。もう少しきちんとした格好でもしてくればよかっただろうか。8年も運命の相手を待ってたんだし、がっかりさせないように気遣ってやればよかったかも。
ぼんやり考えていたら、「リク」と遠くから名前を呼ばれた。声の判別をする前に反射的に顔を上げる。そこには、今まさにこちらへ歩いてくるハルキの姿があった。
俺は一度顔を伏せ、もう一度上げた。
俺は改めてハルキの装いを見て、絶句した。