05 「そういうわけだから、よろしく。俺の伴侶」
もう変えられない、すでに決まっていることを教えてもらうだけだと知っているから、覚悟はできていたはずだった。広場にいたときは落ち着いていたのに、今は耳の奥に響くほど心臓がうるさい。
俺は一度深呼吸をしてから、開いた扉の向こう、部屋の中を見据える。桃色の髪をくゆらせて、ガラスの中の女神が微笑む。
「待ってたわよ、かわいい侵入者さん」
「女を待たせるのは、いい男の条件じゃん?」
「あら、もう一端の男のつもりなの?」
「今日、大人の男になるもんね」
俺が唇をとがらせると、女神はころころと鈴が鳴るような声で笑った。
部屋の中は以前と変わらず、寂しそうな部屋の中央に祭壇があるだけ。その上のガラスケースの中で、女神はくるりと一回転してみせて、俺を見上げた。
「この前はゆっくりお話する時間がなかったわね」
「あー……あの、この前はいきなり怒鳴ってごめんね」
俺は女神に歩み寄って、すぐ傍で片膝をついた。女神は何か内緒ごとを話す少女のように笑う。
「いいのよ。人間はみんな、自分の人生で手一杯だもの。辛いこと、苦しいことを吐き出す相手に神様を選ぶのは、普通のことよ」
そういう返し方をされると、自分のやったことの酷さがうかがえる。女神でもどうしようもないことを怒るのは、とても理不尽なやり方だった。
俺が再度口を開く前に、後方から咳払いが聞こえた。振り返ると、いつの間にか閉まっていた扉の前に、制服2人が立っている。わざとらしい咳はツェルマの方だろう。ハルキは何が楽しいのか、やけににやついた顔で俺を見ている。
祭壇に向き直ると、女神は母のような優しい声で言った。
「――さて、あなたの運命の相手だけれど」
女神は改まって、きらめく瞳で俺を射抜くように見る。
「あなたの運命の相手は、ハルキ・ジストリス」
「ハルキ・ジストリス……?」
その名前の感触を確かめるように、俺は繰り返した。
ハルキ・ジストリス。
頭の中で文字列を組み立てると、記憶の底から一つの映像が浮かんでくる。
ペンが、紙を捉えてインクを流しこむ。丁寧な字で書かれた、すました字。報告書。ハルキ・ジストリス。
女神は長い桃色の髪を広げて、愉快そうに言う。
「普通はここで、運命の相手の姿を見せてあげるんだけど、必要ないわよね。だって」
女神が言葉を区切ると同時に、俺は恐る恐る振り返った。
扉越しに立つツェルマは目を見開いている。そうだよな、俺もきっと同じ顔をしてるよ。
その隣に控えるハルキは、俺の番号札に何かを書き込んでいる。ようやくわかった。番号札のあの空欄は、運命の相手の名前を記入する箇所なんだ。
ハルキはゆったりと顔を上げて、俺を見た。その顔は、いたずらが成功した子供のようだった。
俺の背後から、女神の慈悲のない言葉が、慈愛に満ちた声音に乗って飛んでくる。
「あなたの運命の相手、そこにいるもの」
一拍、誰も何も言わなかった。
「まっさかあ! この前の仕返しか何かで、『ちょっとリクの奴を驚かせてやろ~』なんてさ、みんなグルでやってるんだろ? 本当はこっちの女子ね、とかあるんだろ?」
俺が早口で茶化しても、女神は返事を寄越さなかった。ツェルマは変わらず固まっている。ハルキは何も言わない。
「えっ、ちょっと待って、冗談だろ? 本気? 女神は冗談言わない?」
「そう、だな……」
ツェルマのかすかな同意が俺の耳に入ってきて、俺はがくりと両膝をつく。
俺の動揺なんてどこ吹く風で、ハルキはひらりと手を振って見せた。
「そういうわけだから、よろしく。俺の伴侶」
顔が引きつるのがわかる。俺はたっぷり肺に酸素を送り込んでから、悲鳴じみた声を上げた。
「知ってたんなら、さっさと言えよな!!」