46 「別に女神がいてもいなくても、どっちでもいいですよ」
「私が、あなたをずっと怪しんでいたからです」
間髪入れずに答えたのはアイセンだった。出入口の辺りに立ったままのアイセンは、ハルキにのされてよろめく同僚たちを避けて官長に近付き、にこりと笑う。
「あなたのこと、ずーっと見ていましたから。あなたが不穏なことを企てているのにも、気付いてましたよ」
アイセンの笑顔の裏にある、ほの暗い何かに怯えるように、官長は顔を引きつらせた。
ハルキは俺の両腕の拘束を解いて、背中をさすってくれている。俺は2人を見ながら、ハルキに訊いた。
「知ってる? 8年だって」
「道すがらアイセンから聞いた。8年分は、重いぞ」
「ねえ、どうしてここがわかったの?」
ハルキはこっくりと頷いて、真面目くさった顔で返してくる。
「おまえ、夕方にアイセンと会う約束してただろ? おまえが来ないから、アイセンが先に女神の間に行って、女神の盗難に気付いたんだと。
アイセンが俺を見つけて、こっそりそのいきさつを教えてくれてたところに、『テセルが、気分が悪くて倒れた子供を運んでいったらしい』って話が回ってきたんだ。そしたらアイセンが血相変えて、『リクが女神と一緒に連れて行かれたかもしれない、官長を追う』とか言いだしてさあ……。
こいつ、言うに事欠いて官長をお咎めなしにしたいって言うから、夕方の定期チェックは俺がしたことにして、ここまで来たんだよ」
「……全部アイセンさんの功労じゃん?」
「俺は頭脳労働には向いてないんだ」
「何なら向いてるんだよ」
ぼそぼそと言い合いをしていたら、官長の引きつった声が飛んでくる。
「ジストリス! おまえも、同性の運命の相手なんて、困るだろう! ファルマンもだ! 今まで広場で起こった騒ぎを、なぐさめてやった人々のことを思い出せ! こんなもの、無い方がいいに決まっているだろう!?」
官長に指し示されて、ガラスケースの中で女神は目をしばたかせた。無垢な金魚のように体を揺らめかせる彼女を見ながら、ハルキが言い放った。
「俺は、女神に言われても言われなくてもこいつのことが好きなんで、別に女神がいてもいなくても、どっちでもいいですよ」
その場の時が止まったみたいだった。全員目を丸くして、ハルキを見つめていた。
ハルキは俺の背に温かい手を当てたまま、はっとして訂正する。
「あっでもアイセンの言うとおり、女神が破壊されたら俺たち官吏は失業か。やっぱ女神にはいてほしいですね」
俺は。
ハルキが運命の相手じゃないって、女神に祝福されてなかったって知って、裏切られたみたいに感じて、もうハルキの隣にいられないと思った。
運命の相手じゃなくたって努力は必要とか、男同士なんて前例聞いたこともないけど一緒に生きていけるはずとか。
どれもこれも、女神の神託があるから、そうやって威勢のいいことを思えていただけだった。
――悔しい。
女神の確約があったらがんばれて、なかったらがんばれないのか、俺は。
神託があったら好きになって、なかったら嫌いになるのかよ、俺は!
ハルキは、そんなもん関係ないって思ってくれてたのに……!
「ハルキぃ」
こみ上げてきたものを抑えきれなかった。ぼろぼろ涙をこぼしながら呼んだら、ハルキはぎょっとして俺の頬を乱暴に拭う。
「何でまたおまえは突然泣いてるんだよ!」
「おれ、俺も、ハルキのこと好きだよお」
「そ、そうか……ありがとう、嬉しいよ。嬉しいけど、それあとでやろうぜ」
な、と言い聞かせてくるハルキに抱きついたら、拒否はされなかった。抱きしめて背中をとんとんと叩いてくれる手の温度に安心した。
肩口に目元をこすりつけて涙を拭いていたら、悲鳴じみた女子の声が上がる。
「茶番よ!」
「見せられた方はそう思うよなあ」
のんきなハルキの声を聞きながら視線をやったら、怒りと絶望に体を震わせる女子が、俺たちをにらみつけていた。




