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音速チョコレートに運命の相手はいない。  作者: モノクローマー
音速チョコレート、真相を知る
40/50

40 「じゃあ、僕たちの可能性はどうなる?」

かすみがかった意識の中、遠くから人の話し声が聞こえる。


「官長の連絡係などと言っていたが、少し怪しいからな……」


「でもこの人、女神を恨んで泣いてたわ。誰かの隣に立つようには、生まれてこなかった、とかなんとか」


「何だか事情がありそうですね。だから官長も声をかけていたのかな」


まるで、水の中から地上の会話を聞いているような感覚。他人事でぼんやりとした水底からどうにか浮き上がってくると、薄闇の中に3人の人影が見えた。


重いまぶたを何度か上下させて、焦点を合わせる。人目を忍ぶような黒いマントを身に着けた3人には見覚えがある。ギオン、鍵屋、広場で泣き崩れた女子。


男が2人に、女が1人。


自分の体の状態は、探るまでもなくわかった。冷たい床の感触と、3人の足と同じ高さの視点。固まったように動かない両腕は、後ろ手に縛られている。映画のヒロインかよ。


頭を動かさないように気を付けて、目だけで周囲をうかがう。


暗くて肌寒い室内だ。天井は高くて、それなりに広さもある。ペンキやインクのような、油っぽい独特のにおい。何に使うのか俺にはわからない工具も転がっている。どこかの倉庫だろうか。


少し離れた場所にあるコンテナの上に、布をかぶせられた、一抱えほどの荷物が置いてある。まさか、と嫌な予感が湧き上がってくるのとほぼ同時に、心臓を刺すような明るい声が上がった。


「気が付いた?」


言われずとも、俺に向けられた言葉だとわかった。どうにか頭を上げて3人を見上げる。心配そうな様子の女子とは対照的に、ギオンと鍵屋の、俺を見る目は冷ややかだった。


「ここは?」


駄目元で尋ねてみたら、ギオンが静かに首を振った。


「女神が生きているうちは、知られて困るようなことは言えない。すまないが、君はどこに連れてこられたかもわからないままだろう」


鍵屋の目線が、一瞬だけコンテナの上の荷物に向けられたのを見て確信した。あそこにあるのは、女神の入ったガラスケースだ。


「女神を誘拐しようとしてたのは、あんたたちだったんだ」


「誘拐!」


俺の言葉尻を捉えて、女子が面白がるように声を上げる。その笑い声に、俺は顔をしかめた。


「何がおかしいの?」


「まるで、女神を女性か子供のように言うのね。あんなものが、生きていると、本気で思ってるの?」


女子のひっくり返った声が、だだっ広い倉庫の中で反響する。それはまるで、怒り猛った獣の咆哮だった。


「あんなものはただの人形よ! 人生に一度、一言か二言の呪いをかけてくる、ただのからくり人形! 時代にそぐわなくなった時点で破棄すべき、忌まわしい呪いの人形だわ」


「言いすぎだよ。それに、女神を必要としてる人はたくさんいる!」


確かに、成人の儀のときの短いやりとりだけじゃ、女神がどんなことを考えてるかわからないだろう。ただ一方的に神託と称した言葉を投げつけてくるように見えるかもしれない。でも、女神が人間を等しく大事に思っているのは、確かだ。


第一、世の中の大多数が女神に確約された相手と生きていくんだから、時代にそぐわないわけじゃないはずだ。


俺の言い分を両断するように冷たい声を出したのは、鍵屋だった。


「どうだろう。本当にみんな、女神を必要としてるのかな?」


「広場の様子を見ればわかるだろ? 参拝に来る恋人同士や家族連れを見れば、女神に救われる人が多いっていうのも、わかるはずだ」


「それは、社会に必要とさせられているだけじゃないかな?」


鍵屋は腕を組んで、その顔を少しばかり歪めた。


「女神の言う運命の相手は、人生で最も影響を与える人を、最低1人確約してくれるだけにすぎない。『運命の相手』だなんて言って、まるで僕たちにはその人しかいないように扱われる。そりゃあ世界でたった1人の自分だけの相手なんて、みんな約束されたいだろう。思った分だけ返してくれる、自分をより良い方へ導いてくれる相手なんて」


女子とギオンは力強く頷いている。鍵屋は俺に目を向けて続けた。


「じゃあ、僕たちの可能性はどうなる? 一番大きな影響を与えてくれる人間と結ばれることだけが、僕たちの幸せか? 劇的な変化を伴う相手じゃなくても、僕たちが添い遂げたいと思う相手と生きていたっていいはずだろう?」


「女神は、ほかの多くの可能性をつぶしているだけだ。こんな世界が正しいと思うか?」


後を引き継いだギオンに問われて、俺は反論する。


「運命の相手を結婚するなんてルールは、人間が勝手に作っただけだ! 女神が強要してるわけじゃない。別の奴と結ばれたっていいんだよ」


「そんな簡単な話じゃない。今のこの国では、運命の相手とは結婚するのが当然と思われているんだ。普通から外れた人間が、普通の人間と添い遂げたいと思っても、それはかなわないんだよ。社会も、相手の価値観も、それを許さないだろう」


「それ、は……」


あなたは誰とでも結婚できるのよ、と女神に言われたことを思い出す。


そうだ、そんな簡単な話じゃない。普通の人には、すでに、相手がいるんだ。女神に約束された運命の相手が。俺がどんなに好きで、相手を思っていたって、叶うはずがない。


心の中で泣き続けている俺が、ふと思う。


俺には相手がいないけれど、ハルキの本当の運命の相手は誰なんだろう。

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