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音速チョコレートに運命の相手はいない。  作者: モノクローマー
音速チョコレート、神託を受ける
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04 「君が噂の音速チョコレート?」

後日、俺は再び宮殿を訪れていた。今度は裏口に回ったりはしない。正面広場で番号札を片手に、順番を待っている。


今日は月末。成人の儀。月に一度、国中から今月18歳になった「大人」たちが集まって、神託を受ける日だ。遠方の奴らは証明書があれば、交通機関も無料になるらしい。女神を祭っている神殿や祭壇は各地にあるけれど、女神本体はこの宮殿にしかいないからな。


雲もない晴天。春らしいさわやかな風が吹いている。絶好の神託日和。


月に一度の行事とはいえ、広場は結構な数の人々でごった返していた。かなりの人数になるし、神託で運命の人を教えてもらうだけだから、付き添いは許可されてない。つまり、この広場にいるのは、全員が今月18になった奴らだけ。


不安そうに番号札を握りしめてる女子。落ち着きなくそわそわしている男子。手をつないでじっとしている双子。今日を境に、運命が激変することを願っているのか、やたらと派手に着飾っている奴もいる。


俺はといえば、「今日リクの姉さん女房が迎えに来てもいいように」と勝手に俺の荷造りをする両親に見送られて、普段通り変わらない格好のままここへ来た。薄い茶金の髪は跳ねていたので、水でなでつけて直したけど。あとはいつもと変わりない。


手にした番号札をゆるりと見やる。裏面に、氏名、誕生日、住所を記入する欄があって、順番待ちの間に自分で書かされた。これ、何か管理するんだろうか。一番下に大きな空欄がある。


おもむろに宮殿の上層についている大時計がぼーんと鳴った。


俺の番号を含むグループが、宮殿内に入る時間だ。重そうな扉が音もなく開く。中から制服の官吏たちが出てきて、新たな成人たちの番号札を確認し始めた。


俺は番号札を握り直して入口へ向かう。何人かが小走りで俺を追い抜いて駆けていった。そんなに急いだって何も変わらないんだぞ。先に行ったからって、いい相手を紹介されるわけじゃないんだから。


ゆったりとした足取りで入口へ着くと、官吏に番号札を確認された。裏面の記入欄までチェックされてから、番号札を返される。


「どうぞ、中へ。通路の椅子に座ってお待ちください」


この前ハルキに取り調べを受けた後、通った通路だ。先日とは違って、簡易的な椅子が並べられている。先に入った奴らが腰かけて、神妙な顔で自分の番を今か今かと待っていた。


官吏の一人が番号を読み上げ、該当者は立ち上がって官吏に連れられて通路の奥へと消えていった。女神の間に入って、直接言葉をもらうんだろうか。


外の広場はうるさいくらいだったが、この宮殿内は静かなものだ。みんな緊張しているのか。


そんな中、通路の奥からやや乱暴に扉が開かれた音がしたかと思うと、一人の女子がふらついた足取りでこちらへ駆けてきた。振り乱した髪の隙間から、噛みしめた唇と、頬を流れ落ちる涙が見えた。


女子はそのままぶつかるようにして正面の扉を押し開いて、外へ出て行った。


通路がにわかに騒がしくなる。あんなに泣くような神託ってあるのかな。うちの親戚に、運命の相手は余命三ヶ月の病人って言われて困ってた人いたけど……。


ざわつく奴らの話が耳に飛び込んできて、俺はどうにも不安になってきた。絶対に覆ることはない、一生を共にする相手だ。超変な奴だったらどうしよう。


できれば同年代くらいの、俺より背が低くておとなしい子がいい。


胸に広がる焦燥感を持て余していると、不意に俺の傍らに制服が近付いてきた。見上げると、深い金の髪の美丈夫が、バインダー片手に立っている。


「こんにちは。番号札を見せてもらってもよろしいですか?」


「あ、はい」


素直に番号札を差し出すと、彼は「ありがとうございます」と丁寧に礼を言って受け取った。バインダーの上に置いた番号札を確認し、彼はペンの準備をしながら、おや、とつぶやいた。


「リク・コルテラードさん?」


「はい」


「君が噂の音速チョコレート?」


「え?!」


俺の反応を見て、彼はくすりと笑った。ペンが紙の上を軽快に走り、穏やかな声がからかうように言う。


「ハルキから話は聞いたよ。意外と鈍足だって」


あいつ。次に会ったら絶対泣かす。


こみ上げる羞恥心が顔を熱くする中、俺は憮然とした表情を作って、目の前の男の人を見上げた。


「お兄さん、ハルキの同僚?」


「はい。一番仲のいい同期だと思います」


控えめだ。そこは自信持って言い切ればいいのに。


「他に俺のこと何か聞いた?」


「見つかったのに逃げようとして往生際が悪いとか、家族思いのいい子だったとか、ですね。あまりプライバシーに関わることは聞きませんでしたけど」


口をもごもごと動かしながら、ペンを動かすお兄さんを見やる。


「お兄さん、名前は?」


「アイセンと申します。よろしくお見知りおきくださいね」


そう言ってアイセンは俺に番号札を返してきた。


受け取った瞬間、通路の奥から聞き覚えのある声が耳に届く。


「285番」


そちらへ目を向ければ、久しぶりに見たハルキの顔が、俺の目を捉えてにやりと笑った。


俺はアイセンに行ってらっしゃい、と送りだされて、ハルキの元へと向かう。


通路にはハルキともう一人の壁男――じゃない、官長のツェルマとか言ったっけ――の2人が立っていた。俺が近付いてきても、ツェルマは眉一つ動かさなかった。


上司といっても、ハルキとさほど年が違うようには見えない。よっぽど優秀なのかね。


対してハルキは、俺の前に手を差し出しながら、意地悪そうに笑う。


「今日はちゃんと本名を書いたんだろうな、音速チョコレート?」


「おまえ、あちこちで俺の話してんの? すっかり俺のファン? サインは事務所通してくれないと困るな」


「アホ。んなわけあるかよ。本名で書かれてないと、俺の仕事柄困るから」


「本名で書くんじゃなかったな」


軽口を叩きながら、俺はハルキに番号札を渡す。ハルキは裏面の記載を目視で確認してから、通路の奥を示す。


「それじゃあ、どうぞ」


大人になるのは、拍子抜けするくらい簡単だ。


先行する2人の制服について歩いていると、神経質そうな足音を響かせながら、ツェルマが口を開く。


「コルテラードと言ったか。先日の件については不問にしてある。今日は問題を起こしてくれるなよ」


「不問?」


俺はいぶかしんで尋ねた。


「処遇は後日追って連絡とか言ってなかった? 軽い罰金とかになるって、ハルキが言ってたけど……」


「不問だ。部下たちの調べでは、女神やあの部屋に破損や異常は見られなかった。損害賠償を求めはしない」


随分歪曲な言い方だ。どう考えても、一番最初に挙げられるのは不法侵入の方だろ。俺が侵入したのも、強盗や破壊が目的じゃなかったし。


俺は制服の背中を見据えて、静かに尋ねる。


「入られたって、公表できないんだな?」


ぎらりと鋭さをはらんだ眼差しが、肩越しに俺を捉えた。俺はなるほどね、と胸中で納得して、口角を持ち上げる。


「そうだよなあ、国でも一番大事な場所に、厳重な警備の隙を突いて侵入されたなんて、おおっぴらに記録に残して処罰するわけにはいかないよね」


「何か勘違いしているようだが、君への罰則と引き換えだ。不問にされなければ、君は今頃犯罪者として牢の中だ。檻越しに運命の相手と面会する日々を送る羽目になっていたことを、心に刻んでおくように」


ぴしゃりとくぎを刺すように冷たく言われて、心臓が冷えた。罰金で済むとか言ってたのはどこの誰だよ。


ちらりとハルキを見たら、肩越しに片手を立てて申し訳なさそうな顔をしていた。ごめんじゃ済まねえぞ、おまえ。


そうこう言っているうちに、前を行く2人が立ち止った。左手には見たことのある扉。遂に、俺の番が来てしまった。


泣いても笑っても、俺の前に運命が投げ出されるのだ。回避も交換もできないし、代替案も訂正もない。正真正銘、俺の未来だ。


ハルキが、うやうやしく扉を開けてくれる。俺は喉を鳴らして拳を握りしめた。

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