37 「よかったわね」
「……は?」
何? 俺の運命がハルキじゃない?
言われた意味が咀嚼できなくて、俺は馬鹿みたいに呆けた声で訊き直した。
「それって。俺の運命の相手がハルキじゃないってこと……?」
「ええ」
女神は神妙に頷いた。
突然降って沸いたその事実は、頭の上をくるりと回るだけで、なかなか手元に落ちてこない。ハルキじゃない。ハルキじゃないって何だ?
「何、それ。アルメリアが間違えたってこと? そんなことって――」
いや、そうじゃない。聞きたいのはそんなことじゃない。
「ハルキはこのことを――」
「知ってるわ」
俺の疑問はわかっていると言わんばかりに、女神は淡々と答えた。
俺の運命の相手はハルキじゃない? ハルキはこのことを知ってる? どういうこと? 女神が運命の相手を間違えたってこと? そんなまさか。
並べられる言葉が飲みこめないまま、俺はまくしたてた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! じゃあ、俺の運命の相手は? ハルキじゃないなら、別にいるってことだろ」
女神アルメリアは、星を浮かべた瞳をついと俺に向けた。
「――いないわ」
「なんだって?」
思わず訊き返す俺に、女神はこともなげに言い放った。
「あなたの運命の相手は、『いない』の」
女神の言葉は、冴え冴えとしていた。いない、いないって何だ。
「運命の相手がいないなんて、そんなことが……」
「誰にも影響を受けず、誰に運命を狂わされることもなく、一生を終える人々。決して多くはないけれど、珍しくはないのよ」
運命の相手が、いない。
この世界に、俺だけの誰かは、いない。
わけがわからないまま、俺はかすれた声でつぶやく。
「じゃあ、俺の神託は……? 俺は、ハルキと生きていく運命にないってこと? ハルキとの未来は、保証されてないってこと?」
それで、あいつはそれを先に知ってたのに、一言もそんなこと言ってくれなかったってこと?
足が馬鹿みたいにふらついた――そんな気がしたけれど、床はちゃんとあるし、俺はちゃんと立っている。でも、地面がすっぽりと抜けたような心地がした。
自分でも、何がこんなに苦しいのわからない。ただ、心臓を引き絞られているみたいに、ひどく痛む。
女神は、的外れなフォローをするかのように言った。
「よかったわね。あなたは誰とでも結婚できるのよ。自分の意志で」
それは、本当に、いいことなのか?
じゃあ何で、俺の手は、唇は、こんなに震えてるんだ。
女神はなおも言った。
「別に悲観することじゃないわ。あなたも、ハルキじゃ不満だったんでしょう?」
「それは」
反論しかけて、口ごもる。
そりゃあ、不満はないとは言わないよ。同い年くらいの女の子の方が、まだ話は通じるだろうし。あんな服のセンス悪くて、俺に暴言ばっか吐いて、言いたいことも言わずに1人で不機嫌になるような奴。
「だって……あいつ、とろいし、ぐずだし……」
8年も待ってたくせに告白は遅いし、一回りも年上のくせにガキみたいな振る舞いばっかだし!
俺の文句を耳にした女神は、目を丸くした。
「そう? 彼、結構男気あるわよ」
うるさい。今その男気ある奴との運命を取り消すって言ったくせに。
胸の中を埋め尽くした思いは、きちんと言葉の形をして出てきてくれなかった。喉の奥で引っかかって俺を苦しめるそれを必死に飲み下そうとしたけど、どうやっても楽になれない。
ぐるりと視界が回ったような気がした。
俺たちは、女神に約束されていなかった。




