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音速チョコレートに運命の相手はいない。  作者: モノクローマー
音速チョコレート、共闘する
33/50

33 「やり直しを要求する!」

俺は空いている手を力なく振り返して、ハルキの背中に目をやる。本当に何考えてんのかわからない。ちょっと心折れそうになったけど、今朝のミネストローネの味を思い出して、腹に力を入れる。


一連のやりとりを見守っていたであろう店員さんの、控えめな「ありがとうございました」を背に受けながら、俺とハルキは外へ出た。


黙って俺の手を引いて、早足に進むハルキ。この状況、前も見たぞ。過去の自分の二番煎じとか、芸がない。減点。


声をかけようとして、喉の奥からただ空気が漏れるだけに終わる。引きつった肺をなだめすかして、もう一度。


「ハルキ」


思ってたよりも芯のある声が出た。よかった。


一応話をする気はあるのか、歩きながらハルキは肩越しに俺を見た。店から距離を取ったところで、俺は逆にハルキの手を引いて立ち止まる。


不満げにしながらも足を止めたハルキが、ちらりと俺に視線を向けてくる。俺はちょっと怒っていることは隠さず、しかし責めるような語調にならないよう気を付けて、ハルキに訊いた。


「何か俺に言うことは?」


ハルキはしばし言葉を選ぶように口をつぐんでから、真剣な顔つきで言い切った。


「もうアイセンと2人で会うなよ」


「違うだろ!!」


呆れ半分、笑い半分で声を荒げると、ハルキは意味がわからないとでも言うようにぽかんと口を開けた。俺はじわりと広がる怒りを抑えつつ、説明する。


「さっきのやり取り見てたら、アイセンさんと一緒にいたことに怒ってんだなってのは馬鹿でもわかるだろ! 問題は、何で怒ってんのかって話だよ! おもちゃ取られたからっていきなり叩いちゃいけませんってママに習わなかったのか? 何が不満なのか、口で説明しろ!」


俺の勢いに驚いたのか、ゆるんだハルキの手からするりと抜け出す。その、怒りそこなったような、間抜けなハルキの顔を両手ではさんで、俺は訊いた。


「何で、アイセンさんと、2人でいちゃいけないの?」


その言葉を噛みしめるように、ハルキの目が何度かまばたきをくり返す。半開きの口に拳を突っこんでやりたい気持ちを抑えつけて、俺は辛抱強く待った。


わからなくて当たり前だ。違う人間なんだから、譲歩も我慢も必要だ。ハルキと生きていくんだから、ちゃんと話は聞くし、俺の話もするんだ。


ハルキはどことなく気まずそうにして、視線を俺から逸らそうとした。


逃がすもんか! あの夜みたいに、うやむやにして逃がしてはやらない。


俺はハルキの頬を持ち上げるようにして両手に力を込める。ハルキは目を丸くして、俺の両目に視線を戻した。その、深い瞳の中をのぞきこむ。


女神のように、希望と星とが詰まってはいない。底の見えない海みたいだ。でもちゃんと、生意気な顔した俺が映ってる。


やがてハルキは観念したように、眉尻を下げて情けない顔で笑った。


「おまえのその、執念深いとこ、好きだよ」


爆弾みたいな言葉を投げつけられて、俺は心臓が止まりそうになった。


生まれて初めて母さんが大泣きしてるところを見たときとか、生まれて初めて父さんが大声で怒鳴ってるところを見たときとかに近い。いや、それよりもっと強い衝撃で、それとは全然違う高揚感。


当たり前に俺をかわいがってくれてる姉ちゃんとも、自然につるんで騒ぐ友達とも違う。血のつながりがなくても、同じコミュニティに属してなくても、もっと根元的に、違う肉体を持つ人間であっても、好意を向けてくれている。


好きだよ。


ストレートに差し出された言葉が脳内でリフレインして、耳まで熱くなる。しかし同時に、自分が頂戴した言葉を冷静に分析した。


自分の顔の熱さを自覚しながら、俺は喚いた。


「おまえ、言うに事欠いて、執念深いとこってなんだよ!」


「いや、だって、お姉さんの結婚だってもう一年も前だったんだろ。心の整理つけろよ」


「うるせー! 最低の告白だ! やり直しを要求する!」


頬を挟んだままぐいぐいとハルキの頭を揺すったら、おい馬鹿やめろクソガキ、と大層な暴言が飛んできた。うるさい、おまえが悪い!


徐々にハルキの口から、堪えきれなかったように笑い声がこぼれてくる。揺さぶるのを止めると、ハルキの笑い声はどんどん大きくなった。


ひとしきり笑ったハルキは俺に頬をつかまれたまま、しまりのない顔で優しい声をこぼした。


「自分が許せないと思うことには、まっすぐ突っこんできてさ、絶対逃がしてくれないだろ。納得いかないことは真正面から突き返してきて、やり直せって言うだろ。そういうおまえだから、面倒くさいのにさ」


耳を打つ、とろけるような声音。格好よくもないし、しゃきっと芯があるわけでもないのに、俺はこのだらしない喋り方をする男が、嫌いじゃない。


ハルキは相変わらずの、頼りなさそうな笑顔で言った。


「諦めきれないんだよ」


絞り出すように、苦しげに吐き出された言葉に、なぜかこっちの胸まで引き絞られる心地がした。どうしてそんなに悲しそうなんだ。俺はすかさず声を張り上げた。


「誰も、諦めろなんて言ってないだろ!」


そうだ、誰もダメになったなんて言ってない。俺とハルキが続けようと思ってさえいれば、続けられるはずだ。


俺は体中に散らばる思いをかき集めて、必死に言い募る。


「1回や2回ケンカしたって、平気だよ。女神のお墨付きなんだぞ。俺も、諦めろなんて言ってないんだから、おまえが諦めなきゃいけないことなんてないんだよ」


ハルキはようやく許しを得た罪人のように瞳を伏せた。俺は少し背伸びして、その額に自分の額をくっつける。


「俺にも、おまえと生きてくために、努力させてよ。おまえにとったらまだ子供かもしれないけど、おまえと対等に話させて」


ハルキが俺を心配してくれるのと同じように、俺はハルキが心配なんだから。子供扱いしたり、どうせ話してもわからないだろうって距離を取ったりするのはやめてほしい。俺にも、がんばらせてほしいよ。


ハルキの頬に赤みが戻ってくる。どうにかしっかりとして顔つきになったことを悟って、俺は両手を離した。ハルキは体を起こして、ひとつ深呼吸をする。


俺は腰に手を当てて、改めてハルキに尋ねる。


「で、何であんなに怒ってたわけ? アイセンさんに妬いてたの?」


からかうように笑いかけると、ハルキは顔をしかめた。


「違う。アイセンはどうも怪しいから、一緒にいて変なことに巻き込まれてほしくないんだよ」

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