31 「最初から、そうかもって思ってた?」
うまく言葉にできないまま、見開いた目でゆるゆるとアイセンを見る。アイセンは喉を鳴らしてレモン水を飲み干して、俺を見据えた。
その深い瞳に宿るものが垣間見えて、俺は訊いた。
「もしかして、最初から、そうかもって思ってた?」
自分の上司が、女神の誘拐を考えた犯人の一味かもって。
俺の質問を受けて、アイセンはわずかに目を伏せた。その沈黙が肯定を意味することくらい、俺にだってわかった。
アイセンはゆったりと口を開いて、静かに言う。
「薄々は、そうじゃないかと。できれば、内々に話を終わらせたいとも」
俺が何とも言えずに顔をしかめると、アイセンは口元を引き締めた。
「だとすれば、リク君が忍びこんだ後、急いで鍵を変えなかったことにも説明がつきます。女神盗難を企んでいるんですから、わざわざ今警備を複雑化する必要はないでしょう。ご丁寧に、一番信頼している部下を当直にしていたようですし」
「……もしかして、テセルも官長に指示されて動いてる?」
それなら、官長の周りにいる奴らが官長を慕ってる理由もわかる。逆だ。官長が、狙って自分に信頼を向けさせて、周りをそういう奴で固めてるんだ。
あの官長の振る舞いは、計画的なものなんだろう。俺もすっかりだまされたけど。
俺は唇を軽くかんで、アイセンに言う。
「もし、本当に官長が主犯なら、確実な証拠を押さえないと、止められないよ。今動いてる奴らを捕まえても、官長はしらを切ればいいだけだもん」
「そうですね。現行犯か、あの犯人たちとつながってる証拠を手に入れる必要がありますね。女神盗難には直接関わらなさそうですから、盗んだ後まで追いかければ、現行犯で抑えられそうなんですけど……」
言いながらアイセンは、俺の視線に気付いたらしかった。微苦笑をこぼして、申し訳なさそうな顔を作る。
「身内に対して容赦がないですか?」
「まあね」
やっぱり、知り合いが大変なことをしでかしたってなったら、フォローのひとつやふたつ、入れたくなるもんじゃん? 何か事情があったんだろうとか、普段はそんなことする奴じゃないとか。
情状酌量の余地はあるかも、なんて言いながら、その実アイセンはものすごく冷静に周りを疑ってる。平等で公平かつ、ひいきも肩入れもしない立ち位置で。
「正義感強い方?」
ルール破りや、超えてはいけない一線を越えた奴が許せないタイプなんだろうか? 尋ねると、アイセンは首を横に振った。
「正義という言葉はあまり好きではないんです。立場が変われば、その人にとって正しいことは変わるものですから。強いて言うなら、そうですね……」
アイセンは水滴のついたコップの縁をなぞりながら、口にした。
「信念は強い方、でしょうか。大事な人であればこそ、きちんと現実を直視してほしくて」
ああ、そういうのは、案外大事かも。
アイセンの人となりがやっと腑に落ちて、俺は鷹揚に頷いた。
「女神に官長について訊いてみる?」
「それはいいかもしれませんね。彼女は訊いたことしか答えてくれませんから、犯人の話以外の心当たりを尋ねてみれば、何か知っていることを教えてくれるかも」
レモン水を一口含んだアイセンは、わずかに固い声で言った。
「夕方に出直して、女神の間へ行きましょうか」
そのとき、からんと店の扉の開いた音が響く。店員さんが声をかける間もなく、その人影は大股で店内に踏み入ってきた。普通の雰囲気じゃないその客が気になって入口へ目をやると、そこには見知った顔があった。
目が合った瞬間、そいつは険しい顔つきでこちらへ近寄ってくる。俺の目が釘付けになっていることに気付いたアイセンが、肩越しにそいつを見やる。
俺とアイセンの席まで来たそいつは、地を這うような低い声を出した。
「早退した怪我人が、何だってこいつを連れ回してるんだ、アイセン?」
「やあ、ハルキ」




