29 「どちらもとも言えない」
鍵屋は変化の乏しい顔で、ぼそぼそと話してくれた。
「官長以外で、裏口について訊きに来た人はいません。いたら、さすがに報告してます」
「そうですか。何かほかに、裏口について気になったことは?」
「さっきも申しあげたことくらいしか……。最近、鍵じゃないもので無理に開けられた形跡がありました。これは、官長も心当たりのある侵入者がいると仰ってましたが」
不意打ちに、心臓が跳ねる。俺と、3人組のことかな。心当たりっていうのは。
じわりと腹の底に広がる妙な焦燥感に突き動かされて、さらに質問した。
「ちなみに、これは俺からの質問なんですけど、官長からその心当たりについて聞きました?」
鍵屋は逡巡するように黙りこむ。鍵屋が考えこんでいる時間が、とても長く感じられた。徐々に、血管の脈打つスピードが上がっていく。
ややあって、鍵屋はゆっくりと頷いた。
「部下の運命の相手が乗りこんできたんだって、言ってましたよ」
俺の話しかしてない? やっぱり、どうあっても女神の盗難未遂は隠し通すつもりなんだろうか。公表すると騒ぎになるって、昨日散々言ってたしな。
俺は無理に笑顔を作って、あともうひとつ、と付け足す。
「官長からもうひとつ確認なんですけど、こないだも裏口のお仕事をお願いしましたよね?」
俺の侵入後にも鍵の付け替えを依頼してたなら、施工が間に合わないうちに昨日の犯人たちが入ってきたってことになる。
鍵屋は不思議そうに小首をかしげた。
「え? 裏口の件は、今日が初めてですが……」
あれ? 官長は俺が忍びこんだ直後には、鍵の付け替えは依頼してなかった?
俺のぽかんとした顔を見た鍵屋は、一拍置いて真摯な声で俺に確認してくる。
「もしかして、『お仕事』っていうのは、昨日の件ですか?」
「昨日?」
思いもよらない単語が耳に飛びこんできて、俺は思わず訊き返した。
その場に、何とも言えない微妙な空気が流れた瞬間。目の前の2人がはっと顔を上げる。俺がいぶかしむ間もなく、鍵屋とギオンは俺に軽く会釈した。
「それじゃあ、僕はこの辺で」
「音速チョコレート君、また今度」
そそくさと去っていく2人を呆気にとられて見ていると、背後から声がかかる。
「私を見て、逃げていきましたね。あの2人」
「アイセンさん」
ゆっくり歩いて追いついてきたアイセンは、俺に向かって丁寧な声音で尋ねる。
「いい情報は聞き出せましたか?」
「どちらもとも言えない……」
よくあるアンケートの回答のようにぼやっとした返事をすると、アイセンは少し笑った。広場を出ていく2人の後ろ姿から視線を外さないまま、俺はアイセンに訊く。
「鍵屋と一緒にいた人、ギオンっていうらしいんだけど、見たことある?」
「以前、広場で騒ぎを起こした方ですね。最近は、よく官長と世間話をしてますよ」
「俺、鍵屋に官長の名前出して質問したんだけど、ギオンの方が、話してもいいよって鍵屋に許可出しててさ」
「へえ?」
アイセンはわずかに面白がるように相槌を打った。俺は目線だけアイセンに向ける。
「アイセンさんが来て、さっさと帰っちゃったのもおかしいよね?」
「私服の私を見て、ですからね。官吏だとか何だとかじゃなくて、私を認識してるってことですね」
ざらりと強めの風が吹いて、芽吹いた疑念を煽っていった。
「女神に見せてもらった犯人一味、中年の男と、若い男女だったんだよね……」
「体格も、似ていましたね」
もしかしなくても、アイセンの顔に見覚えがあったから退散したんじゃないの。口にせずとも、同じ仮設にたどり着いているらしいアイセンは、含みのある笑みを俺に向けてきた。
アイセンは少し考えて、広場の出入口へ足を向ける。
「私たちも、一度広場を出ましょうか」




