24 「リク君は、犯人探しをしたいんですか?」
「あー……どうかな」
嫉妬深いかどうかはちょっとわかんないな。まずそもそも、今は妬いてくれるか怪しいけど。
笑いそこなって、中途半端な表情を作ってしまった。アイセンはそれで何かを察したのか、それ以上話を深めようとはしなかった。
「少し、広場をあるきながら話します? 私は今日早退扱いなので、午後はフリーですよ」
「怪我人なのに、家で休まなくていいの?」
「若い子と楽しく話をしてる方が、よっぽどいい休息になりますよ」
「顔に似合わず、言うことがオッサンじみてるんだけど」
俺の苦言を物ともせず、アイセンはへらりと笑って歩き出す。まあ俺も、色々訊きたいことはあるし、ちょうどいいか。
追いかけるようにしてアイセンの横に並ぶ。あてどなく広場を歩くアイセンを見上げて、俺は質問した。
「昨日の犯人、わかったの?」
「まだ追ってる最中です。宮殿自体の警備は増やしましたけど、近辺を一斉封鎖して調査するわけじゃないから、進捗は遅いと思いますよ」
だから広場も立入禁止にすればって言ったのに。俺の苦い顔を見て、アイセンは苦笑した。
「俺やハルキや官長は女神の管理や、月末の成人の儀の運用がメインの仕事なんですよ。警備や、トラブルがあったときの調査をするのは別部署で、官長の指揮下にあるわけではないので、すぐに対処ができないんです」
「学校の先生と、警備会社の守衛さんは、どっちも学校にいるけど同じ会社の人じゃない、みたいな感じ?」
「ああ、そんな感じですね。学生さんにこんな言い訳じみたことを話すのも心苦しいですが、わかってもらえると嬉しいです」
この口ぶりからすると、俺が昨日官長と言い合ったのを聞いたりしたんだろうな。同僚や上司をかばうような説明に、俺は腑に落ちないながらも頷いた。
「ハルキも言ってたけど、犯人を捕まえるような武力も権限も持ってるのは別の奴なんだし、仕方ないと思う」
「ありがとうございます」
ちょっとほっとしたように笑うアイセンに、俺はすかさず詰め寄る。
「でも俺、ハルキもアイセンさんも官長も心配なんだよ。というわけで訊きたいんだけど、ぶっちゃけ犯人の顔見た?」
アイセンはわずかに目を瞠ってから、ううんと呻いた。
「見たことには見ましたけど、私には女神のように人の姿を見せる力はないので、何とも……」
「知り合いとか、見たことある奴じゃなかった?」
「そうなら、さすがに官長たちにも伝えてますよ。私は成人の儀に立ち会うことも多いので、もしかしたらいつかのタイミングで会ったことがある人かもはしれません。でも、確実に名前や素性を思い出せる人ではなかったですね」
「そっかあ」
俺の落胆した声を聞いて、アイセンはついに尋ねてきた。
「リク君は、犯人探しをしたいんですか?」
「そりゃあね。さっさと犯人が捕まった方が、安心じゃん」
「確かに、怪我をした私がいるからには、犯人たちは乱暴なこともする人たちだと考えられますよね。参拝に来るリク君も、気が気じゃないでしょう」
「それだけじゃないよ」
俺はアイセンの言葉をすぐに否定した。
離れたところから、家族連れの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。ぼんやりと広場を散歩している人たちを眺めながら、ぼやくように言った。
「ハルキとか、宮殿の人の方がよっぽど危ないだろ。心配だよ」
ハルキが俺を心配してくれる気持ちもわかるよ。でも、現実的に考えて、女神をこっそり盗んでどうこうしたい奴らが、あちこちで暴力沙汰を起こすわけないじゃん。そんなことする奴らなら、宮殿に忍びこんだりせずに、真正面から宮殿に殴りこみに来てるよ。
だから、言うなればアイセンの怪我は不慮の事故ってやつで、そもそも参拝に来ている普通の人たちが巻き込まれる可能性はかなり低いはずだ。犯人たちと遭遇する可能性を考慮すれば、どう考えたって危ないのは宮殿関係者だろ。
アイセンは俺の言葉を聞いて、小さく笑った。
「随分ハルキに惚れこみましたねえ」
「惚れこんだって何だよ! 表現が悪い! せめて何かこう、懐いたとか、気にかけてるとか、言い方があるだろ!」
「あはは、すみません」
俺の抗議を受けても、アイセンは悪びれなく笑う。
そりゃ運命の相手なんだし、ゆくゆくは好きだとか惚れたとか愛してるとか、そういうことも言いだすかもしれないけど。今のところはそんな感じはないです。
神様に言い訳でもするかのように胸中に自分の感情を並べ立てて、不意に蘇ったのは昨晩の記憶だった。
近すぎて焦点が合わなくて、視界がぼやけるくらいの至近距離。冷たい夜の空気と、アルコールで上がったハルキの体温。押し付けられた、予想以上に柔らかい唇の感触を思い出して、思わず上下の唇をこすり合せた。
妙な言い合いをして別れたのも昨日。キスされたのも昨日。ちょっと近付けたと思ったのに、まだつかめない。
俺は自分のかさついた指先で自分の唇をなぞって、こぼす。
「惚れてるかどうかはともかく、怪我してほしくない程度には、気にしてるよ」
「なるほど」
アイセンは含みのある声音で相槌を打って、軽い調子で提案してきた。
「じゃあ、私と共同戦線を張りましょうか」




