18 「もしかして俺、疑われてる?」
話をしているうちに裏口にたどり着き、俺はツェルマ官長に示してみせた。
「ここだよ、俺が入ってきたところ」
ツェルマ官長は俺の言葉が終わらないうちに扉に手を伸ばし、ノブをつかんだ。少し力を入れただけで開いたらしく、扉の隙間から夜の冷たい空気が入りこんでくる。鍵がかかってないってことは、犯人たちはここから出入りしたってことだな。
俺は自分のことを思い出して、苦々しく吐き出す。
「鍵変えた方がいいよ、絶対。ここの鍵、結構古いやつだろ。俺、鍵持ってなくても開けられたもん」
先月の俺に注意してやりたい。鍵のことや警備のこと、先に宮殿の奴らに話しておけって。そうすれば、アイセンが怪我することも、女神が嫌な思いをすることもなかったはずなのに。
「確かに、裏口の警備は急務だな。早急に手配しよう。――わかっているとは思うが、君も二度とここから出入りしないように」
言わんとする意図を察して、俺は少しだけショックを受けた。
「もしかして俺、疑われてる?」
「情報を漏らした、もしくは出入りしていたところを誰かに見られた可能性は大いにある。それから、君が手引きしたかもしれないという疑惑も」
「俺、そんなことしてないよ!」
反射的に否定したけど、ツェルマ官長はそっけない態度で言い放った。
「可能性の話だ。訊かれたから、考えうることを言っただけで、容疑がかかっているわけではない」
ツェルマ官長は扉の外を観察するように見回してから、扉を閉めた。
「だが、こんなことが起こったからには、疑われるような言動は避けるべきだ。君も、一方的に疑われて責め立てられたくはないだろう?」
「うん……」
がしゃんと錠の落ちる音に、俺のごめんなさい、という声はかき消された。
ツェルマ官長は宥めるように俺の背を叩いて、来た道を引き返しはじめた。
「ジストリスのところへ戻ろう。女神の間のチェックに問題がなければ、君はもう帰りなさい。ジストリスに送らせよう」
「でも……」
「近くにまだ犯人一味がいる可能性がある。部外者の君が怪我でもしたら、それこそ一大事だ。1人で帰すわけにはいかん」
俺は渋々頷いた。
女神の間に戻ると、そこにはバインダー片手に女神に質問をするハルキと、あの見慣れた調子でそれに答える女神の姿があった。
「どこか体に異常は?」
「ないわ、大丈夫よ」
「気分が優れないとか、俺たちと意思疎通がしづらいとか」
「それもないわね。ハルキのめんどくさそうなだらっとした喋り方もよく聞こえてるわよ」
くすくすと乙女のように笑った女神が、部屋に入ってきた俺と官長に気付いた。女神は大きな瞳を光らせて、踊るように俺に手を振る。
「あら、子猫ちゃん、いらっしゃい。今回こそ夜這いね?」
「馬鹿だな、心配して来たってのに、その冗談笑えないよ!」
俺は小走りでガラスケースに駆け寄った。星空のようなキラキラした瞳が俺を見上げて、にこりと上品な笑みを浮かべる。俺はほっとして胸をなで下ろした。
「怪我はないの? 怖かったろ、ごめんね」
「どうしてあなたが謝るの? 怖くなんかなかったわ、本当よ。この通り、ピンピンしてるしね」
歌うように言った女神は、無事であることを主張したいのか、その場でくるりと一回転してみせた。俺は何だか上手く笑えないまま、ガラスケースの中をのぞきこむ。
俺の後ろから入ってきた官長が、静かな声でハルキに確認した。
「異常や不具合は?」
「特には。ちょっと気になるのは、犯人たちがどこまでこの部屋のことを知ったか、ってところですね」
ハルキが冷静に意見する声が耳に届く。女神が真剣な表情でハルキと官長を見ていることに気付いて、俺も軽く後ろを振り返った。
ハルキは眉間にしわを寄せて、官長に尋ねた。
「そもそも、ファルマンはどうしてこんな夜半にここにいたんですか? 今日は夜勤じゃなかったはずですけど」
そういえば、と俺は夕方のアイセンとの会話を思い出す。上がりだからと本人も言っていたし、ツェルマ官長にも終業だって言われてたはずだ。ハルキと一緒の時間に上がったなら、夜ここにいるのはおかしいよな。
ツェルマ官長はどうにも困ったように言った。
「そんなことは私に訊かれても知らん。本人に質問したいところだが、怪我の手当を優先して、病院へ行かせた。――女神、何かご存知ですか?」
官長が視線を向けると、女神はゆるく微笑んだ。
「あの子はもう長いこと悩んでいることがあるからね。気になって眠れないから、私に相談しに来たんでしょう。人間同士じゃ、話せないことだってあるわ」
女神のその返答は、官長にとって愉快なものではないらしかった。官長は苛立たしげにこめかみを押さえて、尋ねる。
「つまり、あいつは深夜の定期チェックの担当でもないのに、ここへ来てあなたと無駄話をしていたと?」
「広場で女神像に祈る代わりにね」
「不法侵入者だらけだな……」
女神の澄ました声を聞いて、ハルキがやれやれとため息をついた。ハルキは軽くバインダーを振って、質問する。
「それで、どういう状況だったんです?」
「アイセンと少し話をしていたら、定期チェックの時間でもないのに扉が開いたの。そうしたら、黒いフードをかぶった3人が入ってきたわ。あの子たち、この部屋の構造や私のことをわかっているみたいだった。1人が台座の仕掛けを外してケースを持ち上げて、もう1人が壁の仕掛けでロックを外そうとしたから。
アイセンがそれを止めようとして1人ともみ合って、突き飛ばされたの。壁にぶつかるすごい音がしたから、さすがにびっくりしたわね。その後、すぐにアイセンが扉のところに立ち塞がって、大声で夜勤の子たちを呼んでくれたの。さすがに私を連れていくのは難しいと思ったのか、3人組は私を置いて逃げたわ。
そのとき、アイセンは3人がかりで押しやられて、頭を打ったみたい」
落ち着いて説明する女神は、恐れも怯えもしていないようだった。まるで昨日の食事の内容でも説明するかのように、粛々と話をした。
俺はおそるおそる女神に訊く。
「怖くなかったの?」
「怖い? どうして?」
「アイセンさんが死んじゃうかもとか、自分はどうされちゃうんだろうとか」
そんな状況になったら、嫌な想像が頭をよぎって、恐怖するものなんじゃないの?




