01 「今日、女神をブッ飛ばします」
宣誓。俺は今日、俺の信じるもののために、女神をブッ飛ばします。
この国の頂点、女神アルメリア様のおわします宮殿。その美しい桃色の建物を見上げて、俺は覚悟を決めた。
豪奢な宮殿には、人が住まう屋敷らしさはない。居住用の建物ではないから、当たり前か。ここは神のおわす場所。女神の寝所。神殿や社と呼んだ方が正しいのかもしれない。
一年前に嫁に行った姉ちゃんは言った。
「女神さまのお導きは絶対なのよ。これは運命だったの」
馬鹿な。そんな馬鹿な話があってたまるか。
家族と強引に引き離される姉ちゃんの嫁入りが、運命でたまるか。
女神のところまで行って、絶対に直訴してやる!
***
この一年で宮殿の造りは把握済みだ。そう入り組んだ構造じゃない。
正面門には守衛が2人。宮殿をぐるりと囲うように柵が張り巡らされている。外を衛兵が巡回するのは朝と昼と夕方、深夜で各2回ずつ、計8回だ。その8回を避ければ、裏の警備は手薄になることを俺は知っている。
正面門をくぐってすぐにあるのは、広場だ。成人女性と同じくらいのサイズの女神像がまつられ、春には花の咲き乱れる庭園が広がっている。参拝客や、神託を受けにきた成人たちが入れるのはここまで。建物の中へ続く大きな石の扉は、ほとんどが固く閉ざされている。中で仕事をしている官吏たちは、始業と同時に一斉に中へ入り、終業とともに一斉に外へ出てくる。
参拝客たちに知られていないのは、裏口の存在だ。
神殿の裏口には、意外にも特殊な鍵が使われていない。うまくやれば、俺でも開けられる代物だ。
俺は人気のない宮殿の裏へとそっと足を向けた。広場や庭園の喧騒が遠ざかる。人の気配はすっかりなくなり、風のそよぐ音と鳥の鳴き声だけが耳をかすめる。
参拝客が通ることは想定していない、簡素な道だけが続く。辺りは使われているのかいないのかわからない、倉庫のような建物ばかりだ。隙間を縫うように歩を進めていけば、目的の扉が見えてきた。
小走りで近付いて、固そうな鉄の扉と対面する。さあ、うまく開いてくれよ、レディ。
俺は迷わず裏口の鍵穴に針金を突き入れた。丁寧に暴くように、刺激を与えて探るように。
がちがちと小うるさい音をたてて、重たい手ごたえが伝わってきた。
「よし」
思わず胸中でガッツポーズを決める。高鳴る鼓動を押さえつけて、扉を押し開けた。
いらっしゃいませと言わんばかりに簡単に開いた扉に、少しだけほっとした。案外こんなもんか。
地面を踏む自分の足音が、やたらと耳に響く。
静かな宮殿内に踏み入って、そろりと辺りに視線をめぐらせた。見回りの人間はいないようだ。何だか拍子抜け。
慎重に体を動かしながらも、ちょっと気が抜けてきていた。ひやっとするようなこともない。まったく、国で唯一女神を有する場所なのに、簡単すぎやしませんかね?
たどりついたその部屋は、殺風景だった。薄暗くてだだっ広い空間に、ぽつんと祭壇がある。小さな飾り石のついた白い台の上に、円柱のガラスケースが鎮座している。
一抱えほどのガラスケースの中で何かが蠢いた気がして、反射的に俺の肩が震えた。
窓ひとつなく、明かりもない室内に何が在るのか。跳ねそうになる心臓を押さえつけて、足を踏み出す。
その瞬間、脳を揺さぶるような凛とした声が耳に飛び込んできた。
「そこにいるのはだれ?」
若い女の声だ。多分。
強く性別を感じはしない。ただ、どこか母を思い出す声だった。
俺が辺りをうかがい、首をめぐらせて部屋の中と外とを目視していると、ころころと笑い声が響いた。
「ここよ、ここ。祭壇の上」
言われるままに視線を移す。なぞるようにガラスケースを見つめて、目を凝らした。
とろりと俺の姿を映しこむガラスケースの中、そこにその人はいた。
ゆるくウェーブがかった長い髪を体にまとわりつかせている。極薄のヴェールだけがしなやかな体を覆っている。不思議といやらしさは感じない。
ガラスの内側から俺をのぞきこむように、その人は微笑んだ。
「初めまして、私は女神アルメリア。あなたの名前を教えて?」