不倫相手
「ねぇねぇどうどうこのオムライス最高においしいでしょもうこれはノーベル平和賞ものというかまさにラブ&ピースな味でしょそうでしょああもうわたしってなんていい奥サマなんでございましょうと自画自賛に東奔西走の毎日ですなぁオホホホ――――――」
僕は妻の言葉を軽く聞き流していただきますと、その赤いオムライスを一口分だけ口に運ぶ。
‥‥‥うん。
「なぁ奥さまちゃん」
「何かな夫くん」
そこで僕は口にすべきかどうか迷った。迷ってしまった。
しかし僕の口内に留まるオムライスの新食感は僕に“ソレ”を飲み込むことをためらわせ、発言を促すには十分過ぎた。
「もしかしてこの具材‥‥‥」
「あなたの不倫相手ですけど何か?」
僕は当然のように吐きました。
● ● ●
「オマエ、また奥さんにやられちゃったのかよ」
「殺られちゃったのだよ」
悲しそうな顔をしてみせた僕に対し、そのボーイッシュな瀬之原さんは呆れたようなため息をついてみせた。
その間に僕はオシャレで可愛い制服姿の店員さんに、二人分のコーヒーを注文した。
ついでに、「制服良く似合ってて可愛いですね」と、その店員に軽くアタックしてみたが、何やら気持ち悪いものを見るような目でカウンターを食らった。おそらく隣の瀬之原さんを見て彼女がいるのによくもまあ、というような誤解を受けてしまったのだろう。
「なんでいるんだよ瀬之原さん」
「よくわからんがとりあえず殴ってやる」
殴られた。イタかった。
「それで結局どうしたんだよそのオムライス」
「食べた」
「マジで!?」
「ウソだけど」
一応妻の方も僕に本気で食わせる気はなかったらしく、それらは全部ゴミ箱行きとなった。
「まあ流石にそこまではしないよな‥‥‥」
「どうやらほんの一時でも泥棒猫に僕の胃袋を掴まれたくなかったらしい」
「‥‥‥もう何も言えねえよ」
疲れた様子の瀬之原さんを横目で眺めながら、僕はコーヒーをグイっと飲んだ。まだ熱かったのでそれほど苦味はなかった。
しばらくして瀬之原さんが口を開いた。
「その相手とは‥‥‥その‥‥‥どこまで?」
「足さわったり胸さわったり色々」
「そうか‥‥‥あーそのなんつーか残念だったな」
「ほんとにね。はあ、今度は隠せる自身あったんだけどなぁ‥‥‥まあいいさ」
僕は席を立って、テーブルの上にお礼の気持ちとして千円札を置いた。
「今日はありがとう瀬之原さん。おかげで少し楽になったよ」
「いや、話を聞くぐらいならまたいつでも呼ばれてやるよ」
「うん、是非そうさせてもらうね。じゃあまた」
「ああまた」
瀬之原さんに背を向け、僕は店を出た。道路を挟んだ向かいのペットショップを見て、ふと独り言が漏れる。
「まったく、妻の猫嫌いには困ったものだ‥‥‥」
僕はやれやれと肩をすくめ、その足でペットショップへと向かった。