ソフィー
「んん……」
しばらくして美紀が目覚めた。
「わ、私──」
「美紀ちゃん!」
と、絵理奈は美紀に抱きついた。
「おわッ! え、絵理奈ちゃん!?」
突然のことに美紀は驚いた。
「どうしたの、絵理奈ちゃん?」
「よかった、元に戻って!」
「元に戻って……? 一体なんのこと?」
美紀はキョトンとしていた。それを聞いた絵理奈も同様の反応をする。
「え? 覚えてないの? なにも?」
「う、うん……」
美紀は戸惑ったように答えた。どうやら本当になにも覚えていないようであった。
「どういうことだ?」
この様子を見ていた貴志は久子に訊いた。
「そうね……。 どうやら悪魔に関わってた人は悪魔に関する記憶が消されるみたいね」
「記憶が消される? そんなことってあるのか?」
「確証はないけど、調べてみる価値はありそうかも」
そう言うと、久子は携帯電話を取り出してどこかに連絡を取った。
「────あ、ソフィー? ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけどいいかな?」
「ねえ、三輪くん」
と、絵理奈が貴志に話しかけた。
「ん? どうした?」
「三輪くんも悪魔ハンター……だったんだ」
「え? あ、ああ! まあ一応……」
「すごくカッコよかったよ!」
「マジで!?」
貴志は思わず声を上げてしまった。絵理奈はクラスでも一、二を争うほど可愛いので無理もない。
「うん! 私も三輪くんみたいに悪魔と戦えたらいいな」
「大丈夫、できるって!」
気付けば貴志の頬は赤くなっていた。慌てて気持ちを落ち着かせる。
「三輪くん」
「え? な、なんだ!?」
久子に声をかけられ貴志は少しばかり動揺してしまった。
「どうしたの?」
「な、なんでもねえって!」
「ふうん、まあいいけど。 でね、知り合いに電話してみたんだけど『今から会いに来ないか?』って」
「知り合い?」
「ソフィーっていうんだけどね、レイ王国にいたときの私の親友なの」
「ソフィー?」
「悪魔学に長けてる子よ。 彼女なら記憶消滅について知っているかも」
「そ、そうか! で、どこにいるんだ?」
「それが、どうもこの町にいるらしいの」
「マジで!?」
貴志はまた声を上げた。
「私もビックリしたわ。 彼女がレイ王国を離れるなんて……」
「まあ、会いに行けばいろいろ分かるだろ」
「そうね……」
「あ、あの……」
と、絵理奈が割って入った。
「私もついて行ってもいい、かな?」
「もちろん! 近藤さんも悪魔ハンターになったからその権利はあるわ」
「よかったー!」
それを聞いた絵理奈は安堵した。
* * *
久子は貴志と絵理奈を連れて学校近くの住宅街へとやって来た。どうやらここにソフィーがいるらしいのだ。三人は伝えられた場所を探す。
「えーと、確かこの辺りに木造の一戸建てがあるらしいわ」
「木造の一戸建て?」
周りを見渡してみるがどこもコンクリートの家ばかりで木造の家など一軒も見当たらない。
「マジでそんなのあんのか?」
「本人が言ってるんだもの、間違いないはずよ」
「はあ……」
貴志と絵理奈は半信半疑であったが仕方なく再び探しはじめた。
「ん?」
と、貴志は景色の一部に少しばかり違和感を覚えた。空間にわずかだが歪みが見られた。
「これは……」
「間違いないわ、ここにソフィーの家があるみたい。 たぶん魔法を使って魔力のない人には見れないようにしてあるわ」
そう言うと、久子は歪みのある部分に手をかざし呪文を唱えた。すると、少しずつ歪んだ箇所がはっきりとしていき、次第にそこに木造の一戸建てが現れていった。
「マジかよ……」
「今さらこの程度の魔法で驚かないの、悪魔ハンターなんだから」
「そうは言ってもやっぱ驚くっての……」
「さ、ソフィーが待ってるわ。 行きましょ」
久子は玄関のドアをノックする。貴志と絵理奈はその後ろに立った。しばらくしてゆっくりとドアが開いた。
「やあ、マリーナ! 君が来るのを待ってたよ!」
貴志はそこに立っていた人物が男性だと思った。が、実際には女性であり、声の高さがそれを証明していた。しかし、スラリと伸びたその姿はやはり男性を思わせる。
「お? 君たちが最近悪魔ハンターになった子たちだね! 君たちのことはマリーナから聞いたよ!」
「は、はあ……」
「私はソフィー、マリーナから聞いたとは思うけど悪魔学に詳しいと自負している。 お見知りおきを……」
ソフィーはそう言うと、突然絵理奈の右手に口づけをした。
「──!?」
突然の出来事に絵理奈の頭は真っ白になった。
「おっと失礼、これはレイ王国での正式な挨拶なんだ。 レディーを敬う国だからね」
「え……あ……」
完全に絵理奈は動揺してしまっていた。声を出そうにもうまく言葉が出てこない。と、ここで久子がすかさずフォローに入った。
「ごめんね、近藤さん。 ソフィーは大の女好きなの、許してあげてね」
「マリーナ、誤解を招くようなことは言わないでおくれよ。 私は決して女好きなどではないんだ。 ただ女性を敬いたいだけなんだ」
「はいはい、分かったわ。 それよりも、さっきの件なんだけど──」
「立ち話もなんだ、我が館に入ってくれ」
そう言うと、ソフィーは三人を家に招き入れた。
* * *
ソフィーの家の中は西洋風の造りになっていた。家具や壁の装飾などがすべて西洋風で日本にいることを忘れさせる。
「それにしても、ソフィーがレイ王国を離れるなんて珍しいわね?」
「まさか、君は知らないのかい? レイ王国に最近起きたことを」
「え、どういうこと? なにがあったの?」
久子は訊いた。すると、ソフィーの表情が曇る。
「あれはつい一ヶ月半前のことだ」
ソフィーは天を仰いだ。そして口を開く。
「悪魔によって、レイ王国は陥落した」
この言葉は三人に衝撃を与えるに余りあるものであった。