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変化と変貌




 成瀬美紀は昔から地味で暗い少女であった。小中学生のときにはそのことを理由によく同級生からからかわれたりイジメを受けていた。高校生になっても決して変わらないだろうと美紀は覚悟していた。

 が、高校生になり二年目の春のこと。美紀は自宅の前に手鏡が落ちているのを見つけた。惹きつけられるように手鏡を拾った美紀はベリアスと出会った。

《我はベリアス。 少女よ、そなたの望みを我に教えよ》

「私は……、私は暗い自分を変えたい、イジメられないような自分になりたい」

《ほお、性格を変えたいのか》

「って、そんなのできるわけないよね……」

《我にできぬことなどはない》

 ベリアスが言うと、美紀は自分の中でなにかが熱を帯びる感覚を覚えた。

 その日を境に美紀は変わった。



 * * *



「ああ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの? お父様と縁を切り、その名を捨てて。 それが無理なら、せめて私を愛すると誓って。 そうすれば、私はキャピュレットの名を捨てましょう」

「もう少し聞いていようか、それとも今話しかけるか?」

「私の敵はあなたの名前。 モンタギューでなくても、あなたはあなた。 モンタギューって何? 手でも足でもない。 腕でも顔でも、人のどんな部分でもない。 ああ、何か別の名前にして! 名前がなんだというの? バラと呼ばれるあの花は、ほかの名前で呼ぼうとも、甘い香りは変わらない。 だから、ロミオだって、ロミオと呼ばなくても、あの完璧なすばらしさを失いはしない。 ロミオ、その名を捨てて。 そんな名前はあなたじゃない。 名前を捨てて私をとって」

「とりましょう。 そのお言葉どおりに。 恋人と呼んでください、それがぼくの新たな名前。 これからはもうロミオではない」

 ロミオ役の美紀とジュリエット役の絵理奈の掛け合いは圧巻であった。見事に登場人物になりきっていた。部長も盛大にスタンディングオベーションをしている。

「すごい、鳥肌が立ったよ! 特に成瀬さん、やっぱり君は才能に溢れている!」

「部長にそう言ってもらえて光栄です!」

 美紀は部長に褒めてもらえることに快感を覚えていた。自分の魅力を他者に知ってもらえている。それだけで美紀は満足なのだ。

「ほんとすごいよ、美紀ちゃん! 私も演じてて気持ちよかったもん!」

 絵理奈も美紀を賞賛する。美紀はさらに満足した。


 美紀はトイレの個室で手鏡を取り出した。

「ねえ、ベリアス。 ベリアスって魔法使いなの?」

《突然どうしたのだ?》

「だって、ベリアスのおかげで私変われたんだもん。 魔法でもないとそんなの無理だよ」

《我はなにもしておらぬ。 変わろうと思ったのはそなた自身だ》

「え?」

《我はそれの後押しをしたに過ぎぬ》

「ベリアスってなんかカッコいいね!」

《ふん、褒めてもなにも出ぬぞ》

「うふふ、そうだね」

 美紀はベリアスに完全に夢中であった。


 一方、貴志と久子はその日の放課後も悪魔探しをしていた。

「今日は西のほうを探しましょ」

「あ、ああ……」

 貴志は昨日の小テストのことを引きずっていた、

「まだ引きずってるの?」

「そ、そんなことねえし!」

「過ぎたことは忘れなさいよ、もうどうにもならないんだから」

「だから違うって!」

 貴志は全力でツッコんだ。



 * * *



 次の日も美紀は明るかった。なに一つ不安なことのない、まさに幸せを絵に描いたような感じだった。

「今日もがんばるぞー!」

「美紀ちゃん、気合入ってるねえ」

 そんな美紀を見て絵理奈は言った。

「だって今日は通し稽古なんだよ? 楽しみで仕方ないよー!」

 美紀は自信満々であった。


 そして放課後になり、演劇部の通し稽古がはじまった。通し稽古とは、本番のように中断することなく行う稽古のことだ。衣装なども本番と同じものを使用する。

 美紀はロミオ用の衣装に着替えた。本番用のものだけあってそれなりの重量感がある。

「いよいよだね」

 美紀の隣にジュリエット用の衣装に着替えた絵理奈が立った。とても女の子らしく仕上がっていて可愛らしいデザインの衣装だ。メイクにも気合いが入っている。

「すごく可愛い」

「美紀ちゃんだって男前でカッコいい。 私が本物のジュリエットだったら間違いなく好きになっちゃうかも」

「今は絵理奈ちゃん自身がジュリエットだよ、私もロミオだし」

 美紀はこれから迎える本番に自信を覗かせていた。


「ああ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?」

 絵理奈は見事にジュリエットを演じきる。おそらくシェイクスピアが思い描いたであろうジュリエットを。

「もう少し聞いていようか、それとも今話しかけるか?」

 美紀も当然のように自信満々に演じた。さも自身がロミオそのものであるかのようになりきってみせた。

「私の敵はあなたの名前。 モンタギューでなくても、あなたはあなた。 モンタギューって何? 手でも足でもない。 腕でも顔でも──」

「ちょっと止めて!」

 それは突然のことであった。美紀が中断を申し出たのだ。唐突なことに絵理奈をはじめ部員全員が動揺した。

「ど、どうしたんだい、成瀬さん? これは通し稽古だ、止めてはいけない」 

 部長は美紀に言った。が、美紀には関係ないようであった。

「ちょっと絵理奈ちゃん、全然ジュリエットになりきれてないわ! ただ単にセリフを読んでいるだけよ! そんなのだと絵理奈ちゃんじゃなくてもよくなってしまう、絵理奈ちゃんにしかできないジュリエットを演じてみせて!」

「ど、どうしたの、美紀ちゃん? なんだか様子がおかしいけど……」

「おかしくないわ、これがいつもの私よ?」

 明らかに美紀の様子は変わっていた。しかし、美紀自身はそのことに気付いてすらいなかった。

「怖いよ、美紀ちゃん……」

 絵理奈は豹変した美紀に怯えていた。

「どうして怖がるの? なにも怖がる必要なんてないわ!」

「と、とにかく一旦落ち着こうか、成瀬さん」

「部長、これ以上駄目だったら絵理奈ちゃんをジュリエット役から降ろしてください」

「美紀ちゃん?」

 美紀の言葉に絵理奈は驚いた。美紀がそんなことを言うなどどう考えてもおかしかったのだ。

「どうしちゃったの、美紀ちゃん!? やっぱり変だよ!」

「変なのは絵理奈ちゃんのほうだって! なんで真面目にやらないの?」

「私は真面目にやってるよ! 真面目にジュリエットをやってる!」

「やってない! こんなの、ジュリエットを冒涜してるわ!」

 美紀は止まらなかった。

「本当にどうしちゃったの、美紀ちゃん!?」

 絵理奈の目には涙が溢れていた。

「部長、絵理奈ちゃんを──近藤さんをジュリエット役から降ろしてください!」

「成瀬さん!」

「美紀ちゃんのバカ!!」

 絵理奈はそう言い残しその場を去った。変わってしまった親友など見ていられなかったのだ。絵理奈は泣きながら体育館を後にした。



 * * *



「本当にこの学校から電波が出たのか?」

「ええ、羅針盤ではそうだったわ」

 久子は答えた。

 羅針盤は確かに学校から悪魔の電波が出ていることを示していた。

「学校の誰かが悪魔に取り憑かれてるのかも」

「マジか」

 と、渡り廊下を歩いていた二人は、物陰で誰かがすすり泣いているのに気付いた。

「も、もしかして悪魔か?」

「そんなわけないでしょ! どうしたの?」

 久子が声をかけると泣いていた人物が二人を見た。

「あなたは確か、同じクラスの──」

「近藤……絵理奈です……」

 絵理奈は泣きながら答えた。その顔は涙でぐちゃぐちゃである。

「一体どうしたの、近藤さん?」

 久子はハンカチを渡しながら訊いた。絵理奈はハンカチを受け取り涙を拭うと答えた。

「美紀ちゃんが、友達が変なんです!」

「美紀ちゃんって、成瀬美紀さん?」

「はい……、急に人が変わってしまって、あんな子じゃなかったのに……」

「その話、詳しく教えて!」

 久子が言うと、絵理奈は詳しく答えた。


「──なるほど」

「美紀ちゃん、どうしちゃったのかな?」

 絵理奈は不安そうに訊いた。

「落ち着いて、これは難しい問題だから先生に相談してみるわ。 近藤さんは少しだけ成瀬さんと距離を置いてもらえる?」

「え?」

「大丈夫、きっと近藤さんは元に戻るから!」

「…………うん、分かった」

 絵理奈は了承した。

「美紀ちゃんのこと、先生にお願いします!」

「ええ、分かったわ」

 久子が答えると絵理奈は少しだけだが自信を取り戻した様子で帰っていった。

「成瀬美紀っていう子が悪魔に取り憑かれてるのか?」

「三輪くん、同じクラスメイトのこと覚えてあげなさいよ!」

「え? あ、ああ!」

「たぶんだけど悪魔に取り憑かれてるわ」

「今から向かうか?」

「いえ、まだ確信を持てないから様子を見ましょ。 少しでもおかしなところがあればそのときは──」

 貴志と久子は美紀を観察することにした。




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