バルベリス
悪魔ハンターとしての生活は貴志が思っていたよりもかなりハードであった。放課後に悪魔の捜索、悪さをしている悪魔がいれば捕獲、そして浄霊をする。初日の時点で貴志は疲れ果てていた。
「もう無理だぁッ!!」
「三輪くん、そんなんじゃ悪魔ハンターは務まらないよ!」
「わ、分かってるけどさぁ!」
「今日捕まえたのだって悪魔に仕えてる使い魔だし」
久子は捕獲したばかりの使い魔を見据える。ケージにこそ入っているがどうにか出れないかと暴れまわっている。
「自分を信じるんでしょ? それが偽りじゃないって証明してみなさいよ」
「すまねえ」
「──三輪くん、私は別に怒ってるんじゃないの。 ただ、本気なのかどうか確認したいだけ」
「大丈夫、俺は本気だ」
「じゃあ、その本気を行動で示してみせて」
「ああ!」
貴志は気合いを入れるために頬を何度か叩いた。
* * *
次の日の放課後。貴志と久子の悪魔探しが再びはじまった。
「昨日は北地区だったから、今日は町の南地区を重点的に探すわよ」
「あ、ああ!」
久子は腰に提げたバッグからある道具を取り出した。それは悪魔を探すための羅針盤だ。悪魔は微弱な電波のようなものを発しており、この羅針盤でその電波が出ている方角を探るのである。
「電波はこっちから出ているわ」
久子は電波の出ている方角を指差す。それは駅前方面であった。
「かなり人が多そうだぞ、大丈夫か?」
「その点は大丈夫。 三輪くんが魔法少女になったその瞬間に周りの空間が歪む、簡単に言えば周りの動きが一瞬だけ止まるの。 そこで三輪くんが体感する空間とに誤差が生じる」
「よく分からん……」
「つまり、周りは止まってるけど三輪くんは動けるってわけ」
「うーーん、なに言ってんのかさっぱりだけど、なんか分かった!」
「本当に……?」
貴志の根拠のない自信に久子は不安を覚えた。
案の定、駅前は人でごった返していた。こんな場所で悪魔が暴れたら間違いなくパニックになるだろう。貴志と久子は慎重に悪魔を探す。
「どこにいるんだ?」
が、悪魔の姿は見当たらない。どこにでもあるような駅前の光景が広がっている。
「その羅針盤、壊れてるんじゃないのか?」
「そんなわけないわ。 昨日は使い魔だって見つけられたのよ。 それよりも強い力を持っている悪魔を見つけられないわけない」
「でもな──」
と、そのとき女性の悲鳴が聞こえた。見ると、男性が周りにいる人々に襲いかかっていた。
「あれはッ!」
「間違いない、悪魔だわ!」
貴志と久子は急いで彼らのもとへ向かう。
「三輪くん、お願い!」
「ああ、分かってる!」
貴志はブレスレットを取り出し手首にはめた。
このブレスレットは久子から受け取ったものだ。これで自由に魔法少女に変身できるのである。
「《封印解放》!」
この呪文とともに貴志は魔法少女に変身した。その瞬間、周りの動きが完全に停止した。
「ほんとだ、マリーナの言った通り止まってる!」
「感心してないで悪魔をやっつけて!」
「あ、ごめんごめん!」
魔法を使って動くことができている久子にツッコまれて貴志は男性のほうを見た。
「って、あれ?」
見ると、男性の動きも止まっている。
「おかしいわ、悪魔はこの空間でも動けるはずよ」
久子は不自然さを感じていた。あの男性は悪魔じゃない?だとしたら──。
「マリーナ、これってどういうこと!? なんで男の人は止まって──」
《その男が普通の人間だからよ》
と、悪魔が貴志に襲いかかる。突然のことに貴志は動けずにそのまま押し倒されてしまった。
「三輪くんッ!!」
久子は貴志のもとへ駆け寄った。
《邪魔をするな》
悪魔はカラーコーンを並べた。それはただのカラーコーンではなく、一瞬にして結界を形成した。
「まさか、あなたのほうが悪魔だったなんて──」
悪魔は長い髪をかきあげる。そう、悪魔は悲鳴を上げた女性のほうだったのだ。
《うふふ、こんな古典的な仕掛けに引っ掛かってくれるなんて、あなたたちも単純なものね》
「バルベリス……」
久子は悪魔の名前を呟いた。バルベリスは人を操る悪魔だ。
「あなたが男性を操って人々を襲わせてたってわけね」
《ご名答、その通りよ》
バルベリスは真の姿を現した。それは人の姿に非常に酷似しており、一目では悪魔と認識できない姿だ。が、その代わりに残忍な性格の持ち主である。
《人間というのは非常に操りやすくてね、我のいい手駒となってくれるわ》
バルベリスは不敵に笑った。その顔はバルベリスの性格を表しているかのようだった。
《この世界のすべてを我の手中に収めてやるわ》
「そ、そうはさせないわ」
と、貴志が立ち上がる。
「三輪くん!」
《うふふ、あなたに我を止めることができる? 《人体操作》!》
そう言うと、バルベリスは自身の目を光らせた。すると、周りにいた人々が突然動き出し貴志のほうへ向かってきた。
「な、なんなの!?」
人々は貴志の動きを封じるように周りを取り囲む。貴志はあっという間に見動きが取れなくなってしまった。
「う、動けない……」
《彼らは私の能力で操られているわ、そして──》
バルベリスは再び目を光らせた。すると今度は久子が貴志のほうへ向かってくる。
「マリーナ!」
貴志の目の前で止まったところで久子は呪文を詠唱しようとする。もちろんバルベリスの魔法によってだ。
「やめて、この魔法は使いたくない! 三輪くんを傷つけちゃう!」
《そのためにあなたを操っているのよ》
「《天照》……いやあッ!!」
あと少しで唱えてしまいそうになりながらも久子は踏みとどまった。
《駄目でしょ、我慢したら体に毒だわ。 さあ、呪文を唱えなさい》
「いやあああああッ!!」
久子は思わず屈み込んだ。
「やめて、バルベリス! マリーナに手を出さないで!」
貴志は叫んだ。
《うふふ、そういうわけにはいかないわ。 だってこれが私の役割だもの》
「マリーナはもう力が弱まってるの! 巻き込まないで!」
《それで情に訴えてるつもり? だとしたら大きな間違いよ。 私はそんなことじゃ心動かないわ》
バルベリスはさらに目を光らせる。それにより魔力が上がっていくのを貴志は感じ取ることができた。
「なんなの、どこからそんな力が湧いてくるの?」
《さあ、唱えなさい》
「いやあああああッ!! そんなことできない!!」
久子の目には涙が浮かんでいた。もう限界だ。久子の心はバルベリスの力に飲み込まれそうであった。
《もういいわ、使えないわね。 仲間にトドメを刺させるつもりだったけどやめるわ。 私が刺してあげる》
そう言うと、バルベリスは両手を広げる。すると、短剣が現れた。
《さあ、死になさい》
バルベリスは短剣を構えると貴志に近づいた。
「そこまでよッ!!」
貴志の目の前まで短剣が迫ったその瞬間、何者かの声が聞こえた。
《だ、誰だッ!?》
バルベリスは辺りを見渡す。
「誰? そんなの聞く必要あるのかしら? なぜって? それはあなたの命がここまでだからよ──」
と、駅舎の時計台に声の主が立っていた。貴志と同じく魔法少女の格好である。
「でもいいわ、冥土の土産に教えてあげる。 大地に咲き誇る満開の花、シャイニング・ブルームとはこの私のこと──」
シャイニング・ブルームと名乗る魔法少女は時計台から降り立った。
「さあ、熾天使バルベリス。 あなたの散り際、見させてもらうわッ!」
《シャ、シャイニング・ブルームだと!?》
「シャイニング・ブルーム──」
貴志は突然現れた謎の魔法少女に驚いていた。自分以外に魔法少女がいるとは思っていなかったのだ。
「さーてと、どう戦っちゃおうかなあ?」
《まあいい、倒せばいいだけのことよ》
バルベリスが言うと、操られた人々が一斉にシャイニング・ブルームに襲いかかった。
「ごめんね、あなたたちには恨みはないんだけど──」
シャイニング・ブルームは魔法で鞭を出現させる。
「1!」
そう言うと、迫りくる人々をかわし、
「2!」
鞭を伸ばし人々に巻きつける。
「3!」
最後に身動きを取れなくさせ人々を転倒させた。
それは無駄のない動きであった。言うなればバレエに似ている。
「どうする? まだ続けるかしら?」
《ぐッ、当たり前だッ!! 続けるに決まってんだろッ!!》
バルベリスの口調が変わった。恐らくこれがバルベリスの本性なのであろう。
《おいッ!! 今の俺の攻撃、ただ突撃させたと思ってんじゃねえのか?》
「え?」
シャイニング・ブルームは異変に気付いた。よく見ると、極細の糸が周囲に張り巡らされていた。もちろんシャイニング・ブルーム自身にもだ。
《俺の能力はよぉ、その糸で操り人形みてえに体を操ってるってわけさ! 今の攻撃でてめえにも糸を絡ませてもらったぜ!》
バルベリスは笑う。それは先ほどまでとは比べ物にならないほど下劣なものであった。
《これでてめえは俺の操り人形ってわけだ!》
「──ふうん、それで?」
《てめえが生きるか死ぬかは俺次第ってわけだ!》
「ひゃー、怖ーい!」
《ふざけていられるのも今のうちだぜ! あの世で後悔してな!》
「でもさ、後悔するのはそっちだと思うのよねえ」
そう言うと、シャイニング・ブルームは素早くバルベリスの背後に移動した。
《なに!? 馬鹿な、あの糸に絡まれたらどんなに足掻いても見動きできないはずだ!》
「ざーんねーん! あの程度の魔法で私を倒せるとでも思ったの? それ以上の魔法で上乗せしちゃえば済む話だし」
《そ、そんなこと、普通にできるわけがない!》
「そうだよー! だって私、普通じゃないもーん!」
《て、てめえは一体──》
「悪さする悪魔には教えてあげなーい! じゃあねー!」
シャイニング・ブルームはバルベリスの背中に手を置く。
「《悪魔浄霊》!」
《ぐあああああッ!!》
バルベリスは断末魔を残しそのまま消え去った。すると糸は消えてなくなり、操られていた人々は解放された。
* * *
バルベリスが消滅したことで結界も消え去りようやく貴志も解放された。
「あ、あの! あなたは一体──」
貴志はシャイニング・ブルームに問いかけた。
「だーかーらー、私はシャイニング・ブルームだってばー!」
「あ、あなたも悪魔ハンターなんですか?」
「──ううん、違うよー!」
「え?」
「私は趣味でこれやってんのさー! それ以上でもないよー!」
「趣味?」
「そう! あ、私のことはあんまり詮索しないほうがいいかもだよ!」
「え? それって──」
「じゃないと、末代まで呪っちゃうかもねー! じゃあねー!」
そう言い残すと、シャイニング・ブルームは去っていった。
「シャイニング・ブルーム、一体何者なのかしら?」
どうやら久子も知らないようであった。
「詮索しないほうがいいっていうのも気になるわ」
貴志と久子のあいだにはどこか釈然としないものが残っていた。