決意
家に着くころには貴志はぐったりとしていた。あんな出来事があっては無理もない。一方のマリーナは元気そうだ。とても家なしだとは思えない。餌を確保するためにゴミ箱でも漁っているのだろうか?そんなことを考えながら貴志は玄関のドアを開ける。
「ただい……、あ……!」
貴志は大事なことを思い出した。ネコがいる言い訳を考えていなかったのだ。果たしてどう説明するべきか。貴志が考えているあいだに母が登場する。
「あら、ター君おかえり……って、あら?」
母親は貴志の後ろに隠れている存在に気付き目を丸くする。
「あ、お袋、これは──」
「ついにター君にも春が訪れたのね、おめでとう!」
「はッ?」
母の突然の祝福に今度は貴志が目を丸くした。貴志は後ろを振り返ってみる。すると、そこにいたのはマリーナではなく久子であった。
「おいッ!」
と、久子が貴志に耳打ちをする。
「だって、突然ネコを連れてきたらご両親がビックリしちゃうでしょう? この姿のほうが都合がいいと思ったの」
「もっと都合が悪いわッ!!」
貴志は思わず大声でツッコむ。
「どうしたの、ター君? 急に大声なんか出して」
「な、なんでもねえよ!」
「そうなの? で、彼女さんお名前は?」
「彼女じゃねえって!」
「あ、水野久子です。 好きな男性のタイプはワイルドだけど根は優しい人です」
「お前も余計なこと言うな!」
「ター君、彼女さんに『お前』なんて言っちゃ駄目でしょ!」
「だから彼女じゃねえって!」
「ささ、どうぞ彼女さん、狭い家で申し訳ないけど」
「あ、お構いなく」
「ター君、案内してあげて」
「うぅ……、わ、分かったよ……」
仕方なく貴志は久子を自分の部屋に招き入れた。
「あらあら、ター君も案外積極的ね!」
どういうわけか母もついてきており茶々を入れる。
「そ、そんなんじゃねえから!」
貴志は急いで部屋のドアを閉めた。
* * *
「さてと、どこから説明しようかしら?」
外から話が聞こえないようにする魔法を使った久子は腰をおろし言った。
「まずは、マリーナが何者なのかだ」
貴志が訊く。
「──名前はマリーナ・ルーン、レイ王国からやって来たの」
「レイ王国?」
「戦のない緑に溢れた自然豊かな王国よ」
「さっきサキュバスが言ってた『女戦士』っていうのは?」
「私も悪魔ハンターとして悪魔たちと戦ってたの」
「その悪魔って一体何者なんだ?」
「それについては私も良く分かっていないの。 どこからやって来たかも」
「そんなワケの分かんねえ奴らと戦ってたのか」
「さっきも見たかもしれないけど、私の力は確実に弱まっているわ。 悪魔の攻撃をかわすのも困難なくらいにね」
「で、俺に託すってワケか」
「三輪くんを巻き込んでしまったのは申し訳ないと思ってるわ。 でも、三輪くんしか悪魔たちに立ち向かえる人がいなかったの」
「悪魔ってどんだけいるんだ?」
「それも分からないの。 でも、この国にたくさんいるのは確かよ」
「マジでか……」
知らなかった。いや、知っていたとしても信じなかっただろう。悪魔という存在そのものが空想的すぎてあまりにも現実味がない。
「それで、三輪くんに悪魔ハンターとして悪魔たちを捕まえてほしいの」
「──えっと、ごめん……。 まだ状況が整理しきれねえ。 悪いけど少し一人にしてくれないか?」
「そ、そうよね。 突拍子もない出来事だもの、無理ないわ。 こちらこそ、ごめんなさい」
「いや、別にいいんだ。 あ、今空いてる部屋があるんだ、そっちで寝てもらえるか?」
「空いている部屋?」
貴志は久子に二階の空き部屋を紹介した。
「──ここは?」
「ここは親父が書斎として使ってたんだ」
「借りていいの?」
「ああ、たぶんこれからも使うことないと思うし」
「お父さんって今──」
「死んだよ、交通事故で」
「ご、ごめんなさい……」
「いいんだ、親父が死んだのはだいぶ前だし」
「──ありがとう」
「ああ」
貴志は久子を部屋に残し自室に戻った。
「悪魔ハンター、か……」
ソファに体を預けた貴志は今日あったことに考えを巡らせ、そのまま眠りについた。
* * *
次の日。貴志はいつもよりも早く起きていた。ある結論をもとに父親の書斎のドアをノックする。
「水野、いいか?」
が、返事はない。恐らく熟睡しているのだろう。
「ドア、開けていいか?」
貴志は少し躊躇ったが、ドアをゆっくりと開けた。無意識に、起こしてはならないという感情に襲われたのだ。
ドアを開けると、無防備にも程がある姿で久子が寝息を立てていた。その姿は、彼女が貴志たちがいる世界とは違う世界から来た住人であるということを忘れさせるものであった。
「水野、起きてくれ。 話があるんだ」
貴志が呼びかけると久子はゆっくりと目を開ける。貴志は思わず緊張してしまう。
「──三輪くん?」
久子は寝ぼけまなこで答えた。
「昨日の答え、聞かせたいんだ」
「──うん」
「俺、なるよ、悪魔ハンターに」
貴志は悪魔ハンターの道を選んだ。考えに考えて決めたものの、この決断がどのような結果になるのか、どのような危険があるのかは未知数であった。が、誰かの頼みを断ることなどできない自分がいた。貴志は、そんな自分を信じてみることにした。
「そっか、ありがとう──」
久子の返事はあまりにもシンプルなものであった。しかし、貴志には彼女の感情が伝わった気がした。喜びの感情、そして、不安の感情が。
その日から貴志の悪魔ハンターとしての活動がはじまった。