恐怖!ナイトメアの本気
絵理奈は商店街近くの公園のベンチに腰掛けていた。絵理奈は久子に気付いた。
「み、水野さん……」
「近藤さん、隣に座ってもいいかな?」
「うん……」
絵理奈は頷いた。
「夢の中でなにかあったの?」
久子はいきなりそう訊いた。絵理奈は驚いたが、同時に納得した。
「やっぱり……、気付いちゃうよね……」
「なんとなく、だけどね」
「……夢の中で、亡くなった母さんに会ったの」
絵理奈は夢の中で体験したことを話しはじめた。
「でね、母さんに会えたことがとっても嬉しくて幸せだって思えたの。 母さんは私が小さい頃に亡くなったからよく顔も覚えてなかったし。 でも、それが全部ナイトメアが作り出したものだって分かって、それがとっても悔しくてツラかったの。 大切な人を自分の道具として使うナイトメアに腹が立った、でも……」
気付くと絵理奈は涙を浮かべていた。
「なにも……できなかった……。 そんな自分がイヤでイヤで仕方なかった……。 でも──」
絵理奈は涙を拭った。
「でも、もう迷わない。 ナイトメアなんかに屈したりしない」
「うん……」
「水野さん、ありがとう。 水野さんに話したらなんだかスッキリした」
話し終えた絵理奈は清々しい顔をしていた。
「どういたしまして」
久子はそんな彼女を見てほっと胸を撫で下ろした。
* * *
ところ変わってオフィス街。そこにある一軒の占い店。そこで一人の女性が占い師に相談を持ちかけていた。
「あの、私って結婚できるんでしょうか? 考えただけで不安で……」
すると、占い師は水晶玉を覗き込み女性にこう助言をした。
「あなたは結婚に臆病なのね。 でも、大丈夫。 今はまだだけど、この先素敵な男性が現れてその人と無事に結ばれるわ。 大切なことは二つ、自分に自信を持つこと、そして、これを自宅に持ち帰り肌身離さず身につけることよ」
そう言うと、占い師は女性にブレスレットを手渡した。
「これで……、これで私、結婚できるんですか?」
「ええ、間違いないわ。 あとは自分に自信を持つことを忘れないようにしなさい」
「は、はい! 頑張ってみます!」
「あなたの幸せを祈っているわ」
「はい! ありがとうございました!」
占い師に礼を言い、女性は帰宅した。
「うふふ。 ほんと、悩みを持った人間ほど落としやすいものはないわね」
と、占い師の姿が徐々に変わっていった。腕からはうっすらと体毛が伸び、顔は馬を模したものに変わる。一瞬にして占い師は正体であるナイトメアに姿を変えた。
《あんな嘘八百を信じるなんて、相当追い詰められているのね。 三文芝居をするこっちの身にもなってほしいものだわ。 まあ、私としては自然にブレスレットを渡せるのは好都合だけど。 でも───》
ナイトメアは先ほどのことを思い出していた。
《でも、まさか私の力を打ち破る悪魔ハンターがいたとは。 これは戦略を変えないといけないわね。 回りくどいことはせずに最初からこうすればよかったのね。 覚えてなさい、悪魔ハンター。 本気を出した私は怖いわよ》
ナイトメアは不敵な笑みを浮かべた。
「あ、お姉ちゃんおかえりー」
女性が帰宅すると妹が出迎えた。
「ただいまー。 母さんは?」
「今買い物、もうすぐ帰るって」
「そっか。 あ、芝居の練習するから部屋開けちゃ駄目だからね」
「それってもしかしてフリ?」
「馬鹿、んなわけないでしょ」
「分かった、お母さんにも言っとくね」
「ん、頼んだよー」
女性はそのまま自室にこもった。
「さてと、その前に……」
女性はバッグから先ほど占い師からもらったブレスレットを取り出した。
「これをつけないとねー」
さっそく右手首にブレスレットをつける。
「これで結婚運アップだー! よーし、それじゃあ練習を──」
と、女性は全身に強い衝撃を感じた。そして、そのまま床に四つん這いになってしまった。体が岩のように重くなったような感覚を覚える。
「な……、なに……これ……! 体が……重い……!」
と同時に、次は体に熱がこもっていくのを感じた。
「あああああッ!! 熱いッ!! 体が溶けちゃうッ!!」
女性は意識が遠のくのを感じた。
「ダ……メ……!」
そのまま女性は床に倒れてしまった。
「ん……、んん……」
女性は意識を取り戻した。
「私……なにを……」
女性は立ち上がった。
「どうして私……倒れてたの?」
女性はなぜ自分が倒れていたのか思い出せなかった。
「ど、どうしたのお姉ちゃん!?」
叫び声と物音を聞いて妹がドアを開けた。
「大丈夫!?」
「う、うん……。 なんともない……」
「ほんとに!?」
「心配しすぎよ……」
「よかったー! 急に叫び声とか物音とか聞こえたから心配したよー!」
「ごめんね、たぶん私疲れてるのね……」
「そうだよ! 寝たほうがいいって」
「ありがとね、そうさせてもらうわ」
女性はベッドに向かった。
「──!?」
と、今度は頭に衝撃を感じた。が、それは声が出るほど痛いというものではなく、むしろ心地よい感じのものであった。
「なに、これ……。 一体なにが──」
ふと女性は鏡に映る自身の姿を見た。それは彼女に別の意味で衝撃を与えた。
「え……?」
女性の顔が馬のそれに変わっていたのだ。
「なによ、これ……!?」
女性は混乱していた。それと同時に奇妙なことを口走る。
《悪夢を見せないと……。 それが私の使命……》
言葉が勝手に出てきて女性の意思で止めることはできなかった。
《私は悪夢を司る……ナイトメア……》
なにを言ってるの?女性にはナイトメアがなにを意味するのか理解できなかった。
「お姉ちゃん、さっきからなにブツブツ言って──」
妹はそんな姉の姿を見て言葉を失った。
「だ、誰!?」
妹は声を上げた。
私よ!今こんな顔になってるけど私なの!気付いて!
女性はこう叫んだ。が、言葉として出てきたのは叫んだ言葉とは違っていた。
《私はナイトメア、悪夢を司る悪魔だ》
「ナイトメア? お、お姉ちゃんはどこに行ったの!? さっきまでそこにいたはずよ!!」
違う、どこにも行ってない!私がそうなの!お願い、気付いて!
が、再び違う言葉が出た。
《うふふ。 さて、どこに行ったか、確かめてみる?》
女性を乗っ取ったナイトメアはブレスレットを取り出した。
このブレスレットは……!もしかして、これが原因なの!?
「ブレスレット? それでなにをするっていうの?」
違う、これはただのブレスレットなんかじゃない!お願い、受け取らないで!
《そう、これはただのブレスレットよ。 あなたに似合うと思ったの》
「私に……?」
妹はブレスレットを受け取った。
ダメ!それをつけちゃダメ!
と、その言葉が通じたのか、妹はブレスレットを投げ捨てた。
「こんな見え透いた罠に引っかかるわけないでしょ!」
《あら? そのブレスレットって大切なものじゃないの?》
「え?」
妹はブレスレットを見た。すると、なぜか投げ捨てたブレスレットが無性に大切なものに思えた。
「なんで私、こんな大切なものを投げ捨てたんだろう?」
《ほら、大切なものならずっと身につけてないと》
「そうね、身につけてないとなくしちゃ大変だもんね」
妹はブレスレットを右手首にはめた。
「よし、これで……って、なんで私こんなことして──」
と、妹も姉と同じ衝撃を感じ、姉と同じく四つん這いになり、姉と同じく灼熱の熱さに悶えた。
「あああああッ!」
やめて!!お願い!!苦しませないで!!
変わることのない表情の裏で、女性は妹が苦しみ悶える姿を嘆くことしかできなかった。
《タネ明かしをするとね、そのブレスレットに触れた時点であなたに愛着を芽生えさせるように細工をしてあるの。 だから、そのなんの変哲もないただのブレスレットが、あなたにとってとても大切なものに感じたってわけ》
許さない!絶対にあなたを許さない!
女性はそう強く思った。
《うふふ、負の感情が増幅してるわね。 だけど、それが自分自身を苦しめることになるのよ》
え?
《負の感情を増幅させればさせるほど私の力があなたに注ぎこまれていくの。 ほら、分かるでしょ?》
女性はだんたんと自分がナイトメアと同じ感情を抱きつつあることに気付いた。
いや!なにこれ!?
《もっとたくさんの人を自分の仲間にしたいと思ってきたでしょ?》
やめて!そんな風に思わない!
《無駄よ。 私の力からは決して逃れることはできないの》
いやッ!!あなたと同じになんかなりたくないッ!!
しかし、女性の考えは確実にナイトメアの考えに変わりつつあった。
《あれを見て。 あなたの妹ももう私たちの仲間になるわ》
見ると、妹の顔もすでに馬のそれに変わっていた。それはまさしく今の女性、そしてナイトメアの姿そのものであった。
いやあああああッ!!
と、妹の変わり果てた姿に女性の心はついに壊れた。様子が急変する。勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
《うふふ。 私はナイトメア、悪夢を司る悪魔だ》
その言葉は女性から自然に出たものだ。もう、そこにいたのは先ほどまでの彼女ではなくナイトメアそのものであった。そして、その妹もまたナイトメアへと姿を変えた。
人間であったころの姉妹はそこにはもういなかった。