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魔法少女、覚醒!




「な、なんなのよ、これ……」

 少女は自らの姿に驚きを隠せないでいた。


 フリルと刺繍がたくさん施された可愛らしいドレス風のコスチューム、腰まで伸びたピンク色の髪に載せられたどこかの国のお姫様を思わせるようなティアラ、そして手に握られたステッキ状のアイテム。その姿はお話の世界に登場するようないわゆる『魔法少女』そのものであった。

 が、少女は自らの姿に驚きを隠せないでいた。なぜなら──。



 * * *



 三輪貴志みわたかしはクラスの窓辺の席で黄昏れていた。校則で禁止されている茶髪、耳にはピアス、だらしなく着崩された学ラン。彼のその風貌は真面目とは正反対のいわゆる不良の感じであった。

「おい、三輪! いい加減にしないか!」

「──!?」

 気怠げにスマホの画面を眺めていた貴志を教師の原田が叱りつける。

「うっせえな! 耳元で叫ぶんじゃねえよ!」

「うるさいとはなんだ、教師に向かって! これは没収だ!」

 そう言うと、原田は貴志のスマホを取り上げた。

「はぁ!? なにすんだよ、返せよ!」

「どうせ、ゲームばかりしてたんだろう! そんな暇があるなら勉強して少しはマシな人間になれ!」

「俺に説教こいてんじゃねえ!」

 貴志は立ち上がり原田からスマホを取り返そうとする。が、そう簡単にはいかなかった。

「ふん! 返してほしかったら反省文でも書け!」

 そのまま原田は教室をあとにした。

「くっそーー! 原田のやつ、覚えてやがれ!」

 貴志は原田に毒づきながらも、なにもできない自分に歯がゆさを感じていた。



 * * *



 放課後。嫌々書いた反省文を原田に渡そうと職員室に来た貴志は水野久子みずのひさこの姿を認めた。久子は勉強もスポーツも卒なくこなせる、まさに文武両道を地で行くような女子であった。

「あ、三輪くん!」

「お、俺に話しかけてると変な目で見られちまうぞ?」

 明るく話しかけられたので貴志は思わず戸惑ってしまった。

「そうなの? 私は別に気にしてないけどね」

「俺ってこんなんだからさ、周りの奴らがうるせえんだよ」

「そうなんだ。 そんなこと気にしてたってしょうがないのに」

「水野って、なんか大人だな……」

 貴志は思わず言った。

「そうでもないよ?」

「なんか……母ちゃん、みたいな?」

「えっと、それはどういう意味?」

「いや、なんでもねえです……」

 貴志は久子の表情が一瞬変わったのを見て思わず縮こまった。

「あ、私もう帰らないと!」

「お、そうなのか? じゃあな!」

「じゃあね、三輪くん!」

 そう言うと、久子は玄関のほうへと歩いていった。貴志はその後ろ姿を見届けたあと職員室へと入った。



 * * *



 ところ変わって某所の廃ビル。誰もいないはずのそこに男は潜んでいた。すっかり薄汚れた作業着を身に纏った男は息を潜めて辺りの様子を窺っている。男の名前は藤村金造ふじむらかねぞう、最近テレビで取り上げられている連続通り魔事件の容疑者だ。

「ふぅ、なんとか警察サツは撒けたようだな……」

 藤村は廃材が無造作に捨てられた床に豪快に座り、隠し持っていたビール缶を取り出しグイと一口飲む。

「ぷはぁ! やっぱ、酒はこういう場所で飲むに限るなぁ!」

 誰もいないのをいいことに藤村は豪快に酒を飲み豪快に笑った。

「ヒック! ここは人が立ち寄らねえ格好の場所だから助かるぜ! ここにいりゃ誰にも見つからねえな、ガッハッハ!」


《ほぉ、ここに人間とは珍しいな》


「──!?」

 誰かの声がした。それは若干かすれたようなものだった。

「だ、誰だッ!?」

 藤村は立ち上がり辺りを見渡す。が、誰もいなかった。しばらく神経を研ぎ澄ませたあと、藤村はゆっくりと腰を下ろした。

「ただの空耳、か……。 そりゃそうだよな、ここは廃ビル、誰もいるわけがねえ」

《私はここにいるぞ》

「うおぉッ!?」

 と、ふいに女性が姿を現した。藤村は突然のことに思わず尻餅をつく。

「誰だ、てめぇは!?」

《私か? 私はサキュバスだ》

「サ、サキュバスだぁ!?」

 藤村は間が抜けたように返した。無理もない。サキュバスというのは悪魔の名前だ。そんなものがいるはずない。

《それほど驚くことでもなかろう》

 サキュバスと名乗るその女性は不思議がるように首をかしげる。それに併せて腰ほどまで伸びた黒髪が揺れ動くさまはどことなく官能的に見える。

《この国には数多あまたの悪魔がいるのだからな》

「ワケ分かんねえこと抜かしてんじゃねえ! とっとと失せやがれ、コイツが暴れねえうちにな!」

 立ち上がった藤村は上着の内ポケットに忍ばせていた拳銃を取り出し女性に向ける。

《拳銃か、つまらんものを私に向けるな》

「これは脅しじゃねえ、マジでぶっ放すぞ!」

 藤村は安全装置を外し撃鉄を起こす。

《無駄な行動はやめておくんだな》

「そっちこそ、無駄口を叩く前に失せやがれ!」

《忠告はしたぞ》

 そう言うと、サキュバスは姿を消した。

「──!?」

 藤村は辺りを見渡す。が、どこにもいない。

「どこだ、どこにいやがる!?」

《ふふふ、ここだ》

 声はする。しかし、藤村にはその姿を捉えることはできなかった。

《下を見てみろ》

「し、下だとぉ!?」

 藤村は下を見る。あるのは藤村の影のみだ。と、その影がみるみるうちに変化していく。そして、次第にそれはサキュバスのものへと姿を変えた。

《ばぁ!》

「う、うおぉ!?」

 目の前の出来事に藤村は再び尻餅をついた。

《先ほどから気になっていたが、お主は言葉遣いが下品でなっていないな。 オマケに不潔そうだ》

「な、なにが言いてえんだ!?」

《私が教育し直してやろう》

 サキュバスがそう言うと、サキュバスの影だったものは再び藤村のものへと戻った。

「い、一体なにを────うッ!!」

 と、急に藤村は苦しみ始めた。呼吸が乱れ、動悸が止まらなくなる。

「うあああああッ!! がはあッ!!」

 さらには血を吐き、目も充血する。

「あああああ、あ、熱いッ! 体が溶けちまいそうだあああああッ!!」

 ついに藤村はその場に倒れてしまった。体の震えは止まらない。そして、藤村は意識を失った。



 * * *



《いつまで寝ているつもりだ。 いい加減起きろ、人間》

 サキュバスは倒れたままの藤村に声をかける。

「ん、んん……! あ、あれ、私……」

 意識を取り戻した藤村はゆっくりと体を起こす。

「って、なんで『私』って言ってるの!? それにこの声……」

 話し方と声の高さに違和感を覚えた藤村は、立ち上がって己の容姿を確認しさらに驚愕した。それまで着ていた汚れた作業着はリボンがいくつかあしらわれた純白のワンピースに変わっていた。そこから出された腕は丸太のように太かったものから、少し力を加えるだけで折れてしまいそうなほど華奢なものに変わった。髪も地面に届きそうなほど長く伸びている。藤村は屈強な男から小柄でか弱い少女へと変貌を遂げていた。

「な、なにこれ……」

《私がお主という存在を書き換えてやった》

 サキュバスが藤村の影の中から言った。

《前のお主は言葉遣いが下品だったからな》

「か、書き換えた?」

 藤村は混乱していた。

「あ、あなた、一体なにをしたっていうの?」

《単刀直入に言えば、私の魔法でお主の外見を少女の姿に変えたのさ》

「な、なんですって!?」

《そして中身も──》

 サキュバスがそう言うと、藤村は再び苦しみ始める。

「ああああああッ!!」

《安心しろ、苦しみはさほど長くは続かない》

 その言葉通り、ほどなくして藤村の苦しみは収まった。


《ふふふ、気分はどうだい?》

「────うん、大丈夫」

 サキュバスの問いかけに藤村改め、かつて藤村だった少女は答える。が、その目に覇気はなかった。サキュバスは問いかけを続ける。

《覚えているかい? 男の姿だったころのことを》

「男の、姿だったころ──?」

《一体なにをやっていたか、思い出せるだけ言ってごらん?》

 少し考えた末、少女は答えた。

「────私、ずっと女だよ?」

《ああ、そういえばそうだったね》

「ふふふ、変なサキュバス」

《あ、そうそう、そんな危ないものをどうして持っているんだい?》

 サキュバスは少女が手にしている拳銃を指差す。

「え? うわあ!」

 少女は拳銃を確認するなり慌てて地面に落とす。

「なんで私、こんなものを──」

《このようなもの、今は必要ないな》

 そう言うと、サキュバスは拳銃に手をかざして魔法を使う。すると、拳銃だったものは可愛らしいクマのぬいぐるみへと変わった。

「わあ、クマさんだあ!」

 目を輝かせた少女はさっそくクマのぬいぐるみを抱いた。

《やはり、そちらのほうが似合っているな》

「ありがとう、サキュバス!」

《──さて、こんな場所では息苦しいだろう。 町にでも出かけようか?》

「うん、行く行く!」

 少女はサキュバスの提案に乗った。



 * * *



 少し時間が経ち、いわゆる帰宅部の貴志は早々に帰路に就いていた。

「お、貴志! また早帰りか?」

 途中、通り道の商店街にあるコロッケ屋の店主のおっちゃんに声をかけられる。

「まあね」

「ちゃんと勉強してるか? じゃないといい大学行けないかもしれないからなぁ」

「大きなお世話だよ!」

 おっちゃんに釘を刺され思わず貴志はツッコんだ。

「俺なりに頑張ってんだよ!」

「おお、そうかそうか!」

「おっちゃん、完全に俺のこと馬鹿にしてんだろ?」

「違う違う、素直に応援してんのよ」

 果たして本当なのか、貴志には分からなかった。

「まあいいか。 じゃあな、おっちゃん!」

「おう、じゃあな!」

 貴志はおっちゃんと別れ再び帰路に就いた。


 それから間もなくのことであった。商店街を抜けてすぐにある公園の近くで、貴志は一人で歩く少女を見かけた。その少女は白いワンピース姿でクマのぬいぐるみを抱えている。貴志は疑問を抱いた。


 なんでこんなとこに一人でいるんだ?


 常識的に考えて親といるはずだ。が、その親はいない。不思議に思った貴志は少女に声をかけてみる。

「どうした? 迷子になったのか?」

 が、少女からは返事がない。貴志は質問を変えてみる。

「父ちゃんか母ちゃんはどうしたんだ?」

 これにも返事はない。

「名前だけでも言ってくれ──」

「遊ぶ?」

「え?」

 少女の突然の言葉に貴志はこう返すことしかできなかった。

「私と、遊ぶ?」

「いや、遊びたいのはやまやまだけど、それよりも──」

「じゃあ、かくれんぼでもしよっか?」

「か、かくれんぼ?」

「お兄ちゃんが鬼ね! 隠れてる私たちを見つけられたらお兄ちゃんの勝ちだよ!」

「私……たち?」

「でも、一時間経っても見つけられなかったらお兄ちゃんの負けだよ!」

「ちょっと待って! それってどういう──」

「よーい、スタート!」

 とその瞬間、少女の姿は消えた。いや、それは決して比喩的なものではなく本当に消えたのだ。

「な、なんだよ、これ……。 一体どうなって──」

 と、貴志は周りの空気が一変したのを感じた。先ほどまでの喧騒がまるで嘘だったかのように辺りは静寂に包まれている。

「な、なんだ?」

 貴志は商店街のほうへと戻ってみる。


「──!?」

 先ほどまでいたはずの人たちの姿がそこにはなかった。コロッケ屋のおっちゃんも同じだ。

「な、なんだ、これ……!?」

 貴志は目の前でなにが起きたのか理解できずにいた。

「ど、どうなってんだよ!? 夢でも見てんのか、俺は!?」

「夢じゃないよぉ!」

 と、少女が再び貴志の前に現れた。

「お前……何者だ? みんなになにをした?」

 貴志が訊くと少女は不意に笑う。

「だーかーらー、かくれんぼだよぉ」

「なにがかくれんぼだ! みんなを元に戻せ!」

「イヤだ! かくれんぼしてくれなきゃ、こうしちゃうんだから!」

 そう言うと、少女は両手を広げる。すると、少女の周りに大量のクマのぬいぐるみが現れた。

「な、なんだッ!?」

「さあ! 行って、私のクマさん!」

 すると、まるで意思を持ったかのようにクマのぬいぐるみが動き出した。隊列を組み貴志のほうへ向かう。

「ど、どうなってんだ、これ!?」

 貴志が驚いたのも束の間、クマのぬいぐるみの一つが貴志に向かって飛びかかり貴志の左腕に抱きつく。

「なッ!? 離れろッ!!」

 一つが抱きついたのを合図に他のぬいぐるみも飛びかかった。抵抗も空しく貴志は全身クマのぬいぐるみに覆われてしまった。

「私の能力は《人熊化テディベア》、テディベアを操って人を等身大のテディベアに変えることができる」

 すると、少女の隣に女性が姿を現す。どこか人間的でないような雰囲気を醸し出している。

《ふふふ、素晴らしい能力だ。 その能力で町中の人間をクマのぬいぐるみに変えてそなたのオモチャにしよう》

「うんッ!!」

 と、女性があることに気付いた。

《ん? 先ほどの人間、なぜあのままなんだ……?》

 見ると、貴志はぬいぐるみに覆われたままであった。それ以上の変化はない。

「おかしい! すぐにテディベアに変わるはずなのに、どうして!?」

 と、ぬいぐるみは力を失ったかのように宿主の体から落ちていった。

 それだけではない。先ほどまでいた貴志の姿はそこにはなかった。代わりにいたのは少女であった。フリルと刺繍がたくさん施された可愛らしいドレス風のコスチューム、腰まで伸びたピンク色の髪に載せられたどこかの国のお姫様を思わせるようなティアラ、そして手に握られたステッキ状のアイテム。

《あれは、まさか……!》

 女性はその姿を見て驚きを隠せずにいた。女性は少女の正体を知っていた。

《馬鹿な、ありえない! 奴はあのとき倒したはず──》


 驚いているのは女性だけではなかった。当の少女本人も自らの姿に驚きを隠せないでいた。

「な、なんなのよ、これ……」

 少女は握っていたステッキ状のアイテムをじっと見てから髪を触ってみる。ピンク色のそれはサラサラとしていた。が、少女は驚いている。

「ありえない……」

 そして、お姫様を思わせるドレスにも驚きを隠せない。

「どうして、こんな……」

 かつての彼は変わってしまった自分の姿に戸惑うことしかできなかった。


 貴志はお話の世界に登場するようないわゆる『魔法少女』の姿に変わってしまったのである。




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