第七話 連理
それは師匠の何気ない一言から始まりました。
「養子縁組の報告も兼ねて、一度領地に帰ろうと思うんだが、どうかな?」
「領地ですか……」
マイスナー男爵領はリントブルクの北、トレール山脈を挟んだ反対側にあり、その大半は森林で、街はなく、マイスナー村と呼ばれる小さな村があるだけの領地だそうです。
人口はおよそ百人余り。
畑を作ったり、猟をしたりして、ほぼ自給自足の生活をしているとのこと。
ものすご~く過疎の村って感じがします。
しかも領主様が他領のお目付け役で長期不在なのです。
領地運営とか大丈夫なんでしょうか?
「ああ、その点は問題ないよ。領地運営は妻がやってくれてるから」
……今聞き慣れない言葉を耳にしたような。
「師匠、領地運営はどなたがされてるっておっしゃいました?」
「ん? 僕の妻だけど、どうしたの? ああ、コユキにとっては養母ってことになるね」
何を今更という顔でさらっと爆弾発言をして下さいました。
「……き、聞いてませんよ、そんなこと」
「あれ、言ってなかったっけ?」
確かに師匠は男爵様ですから、この歳で独身のはずがないと思わない私にも非があります。
だからって、仮にも養子縁組を持ちかけた私に一言もないなんておかしいでしょう。
「と、とりあえず落ち着こう、コユキ……ま、魔法禁止」
「……」
「……ごめんなさい」
奥様の名前はアンネリース・マイスナー。
破天荒な二人は、冒険者として出会い、恋に落ちたそうです。
『アン、この依頼が完了したら結婚しないかい?』
『いいわね、アル。その前にこの窮地を乗り越えられたら……だけどね』
死亡フラグも愛のパワーで吹き飛ばし、無事二人はゴールイン……と、簡単にはいかなかったようです。
実は、奥様はマイスナー家のお嬢様だったのです。
貧乏男爵家とはいえ貴族の娘さんです。
体裁を整えるため、師匠は王宮からの招聘に応じて宮廷魔術師となり、入り婿としてマイスナー男爵を名乗ることになったのでした。
「妻は気立てのいい人だから、心配しなくても大丈夫だよ」
「はあ……」
「それはさておき、出かけようか」
訝しむ私をよそに、師匠はどこか楽しげです。
そりゃあ愛しい方に久しぶりに会えるのだから、判らなくもないのですが……。
「……それで、何故冒険者ギルドに?」
「久しぶりに戻るのだから、手土産でもと……ね」
師匠は鼻歌を奏でながら、数枚の依頼票をぺりぺりと剥がし、受付へ持って行きました。
魔の森西側の魔物調査、魔の森南側の魔物調査。
チラッと見えたのはそんな依頼だったと思います。
魔物調査が手土産って変ですから、本命は最後に剥がした依頼でしょうね。
「嬢ちゃん、初仕事かい」
「ええ、師匠のお供です」
「まあ……気をつけな」
先日も屯してた冒険者さんが声を掛けてくれました。
彼のところからだと本命の依頼票が目に入ったのでしょう。
少し哀れんだような顔で目を逸らされたのは何故なんでしょうか。
そんな私の思考は師匠が戻ってきたことで中断されてしまいました。
「はい、冒険者カードと……これはダインさんから冒険者になったお祝いと先日のお詫びを兼ねての品だそうだ」
「ダインさんから?」
師匠から手渡されたのは、”コユキ・マイスナー”と記載された冒険者カードと白銀のロッドでした。
また高価な物を……とも思ったのですが、恐らく師匠も一枚噛んでいるのでしょう。
ここは素直に頂いておくことにしました。
「ありがとうございますとダインさんにもお伝え下さい」
師匠は一瞬だけ悪戯がばれたような顔を見せ、私の頭をぽんぽんと撫でたのでした。
◇ ◇ ◇
ざっぱぁぁ……。
私と師匠を囲った空間に高波が接触しました。
少しだけ増える魔力を感じながら、私は今日何度目かのため息をつきます。
私達は今、ナウド湾の東、外洋に面した海岸に来ています。
魔物の分布を調べたり、逸れ魔物を狩ったりしながら、魔の森の外縁を西側から反時計回りに南側へ移動してきたのです。
初めて間近に見るこの世界の海に感激する私をよそに、師匠はいそいそと釣りの準備を始めました。
「師匠、手土産ってお魚なんですか?」
「あ、言ってなかった……ね。ジーランスだよ」
「ジーランス?」
『コユキちゃん、解説するよ』
私達の会話にティンクの念話が割り込んできました。
最近、記憶の引き出しをいろいろ覗いて、知識を吸収しているようなのです。
私は仮親といっても、何をすれば良いのか判りません。
先日のお二方も何もおっしゃってなかったですし。
多分、一緒に暮らして、会話して、スキンシップしていけばと勝手に考えているのですが、一度相談に行った方が良いかもしれませんね。
赤のお姐さんも、手土産持って遊びにおいでとおっしゃっていましたし。
『それではティンクの解説コーナー、はっじまるよ~』
「どこでそんな言い回しを覚えたの、ティンクちゃん……」
『ジーランス。外洋に生息する魔獣。六の月から十の月にかけて大陸に近づき、海岸線に津波の被害をもたらす。コーラル王国では、五年前のナウド湾襲来が有名で大きな被害がでました。以降近隣の冒険者ギルドでは、夏から秋にかけて討伐依頼が出されるようになったけど、成果は芳しくなく、一部の地域では自然災害扱いされている。釣り師Aランク資格取得対象の一つ。その肉は臭みがなく淡白で滋養効果も高いけど、希少なため高値で取引されている……』
「解説ありがとね」
『えへへ』
……という訳で、現在師匠はジーランスと絶賛奮闘中。
私はジーランスの津波から師匠を守っているという状況なのです。
「ちゃんと宿題をやってたみたいだね。感心、感心」
「原理は一緒ですから」
ジーランスは海中で魔力を放出することで津波を発生させているため、波自体は物理攻撃になります。
私と師匠を囲む空間は、その攻撃に対抗するため、運動エネルギーを魔力に変換するようイメージして作成したものなのです。
「それより師匠、早くけりをつけて下さい。雲行きが怪しくなってきました」
そう、先ほどからジーランスのいる辺りで渦が巻き始めているのです。
『ジーラゴスが来るよ』
魔力波動を感じたのか、ティンクが注意を促してきます。
それとほぼ同時に海面の渦が持ち上がり、竜巻に成長していきました。
『ティンクの解説コーナー、そのニ~』
「それはいいから……。簡潔にお願いね」
『任せて~。ジーラゴス。ジーランスと似たような体形の魔獣。鼻先に角を持っているのが特徴で、それを媒介に竜巻の魔法を使う。研究者の間ではジーランスとジーラゴスは番だという説もある……』
「コユキ、魔法防御を」
「もうやってます」
私と師匠を囲む空間に魔法吸収の制御を追加します。
これで一先ず安心なのですが、周りは大変なことになっています。
大型台風が直撃したときの海岸のようです。
「コユキ」
「わっ、なんですか」
師匠がジーランスが暴れるタイミングの隙をついて、私に釣竿を渡してきました。
「ジーラゴスは頼むよ」
「えええ」
「以前、私に問うてきたことがあっただろう。今がその時だよ」
あれはダンスのことじゃなかったでしょうか……。
それはともかく、このままだと何時帰れるのか判りません。
私は餌をつけると、それを風と水の抵抗を妨げる空間で囲い、ジーラゴスのいる辺りへ投じました。
程なくぐんっと強い引きが竿に伝わってきます。
ジーランスを苛められて怒っているのか、目の前の餌が本物か罠かの判断もつかないようです。
ただ、ここからどうしたものでしょう。
二匹とも縦横無尽に動き回っているので、なかなか目標を絞れないのです。
師匠のように釣竿を通して雷撃の魔法で攻撃するような器用な真似は出来ません。
「師匠」
「コユキ、それは釣りとは言えないよ」
この辺の海水をまとめて凍結させる案は進言する前に却下されました。
それじゃあ、漁師さんのやり方でいきましょう。
二匹を囲むような空間を海中に作り、水を透過させるようにして、それを海岸に引き寄せながら、だんだんと狭めていきます。
所謂地引網というやつです。
なんとか海岸に引き上げたものの、まだ暴れている二匹に師匠が威力を抑えた雷撃の魔法を何度も撃ち込んで止めを刺しました。
食材用なので、できるだけ中味を傷つけないように配慮したそうです。
後は私が空間冷却してポーチにしまいます。
ここに至るまでおよそ三時間……。
既に日没近くになっていて、疲れきった私達は海岸に寝転がりました。
「師匠、満足されました?」
「うん、暫くジーランス釣りは止めておくよ」
「そうして下さい」
夕焼け空が綺麗です。
癒されます。
海岸の惨状から目を背けて、私は深いため息をついたのでした。
その後、冒険者ギルドで依頼完了報告をした際、私までAランク釣り師認定されてしまいました。
こんな資格欲しくなかったのに……。
次回予告:「第八話 帰郷」




