第六話 墓参
それから数日間を私と師匠は忙しく過ごしました。
まず最大の懸案事項であった私の魔力溢れですが、あっさり解決しました。
記憶の引き出しが魔法で拡張できると判ったので、魔力を蓄える場所も同じように拡張できるのではとやってみたら出来ちゃいました。
二つ、三つと増やしても大丈夫そうなので、これでもう溢れることはないでしょう。
魔力溢れの問題が解決したので、一人で外出することも許可されました。
お話の最中に私の実年齢ばれちゃいましたし、それなら無茶はしないだろうとの判断らしいです。
まあ外見は五才位なので、十分注意するように言い含められましたけど。
晶竜の知識については、膨大な量なので少しづつ整理中です。
どうやらティンクと私は記憶や魔力を共有出来るみたいなので、そのうち手伝ってもらおうと思っています。
そのティンクですが、最初はミルクとか必要なのかなと思いましたが、雑食で結構なんでも食べられるそうです。
今も私の頭の上でリズさんが焼いて下さったクッキーを齧っています。
粉落とさないでね。
養育費としてもらった鱗と魔晶石は、師匠に預けることにしました。
価値とか私には判りませんし。
そのことを話したら、師匠は頭を抱えていました。
物が物だけに簡単に市場に流したりは出来ないそうです。
出所とか聞かれそうですものね。
その他にも、領主様への報告とか、溜まりに溜まったお仕事とか――これは自業自得です――いろいろあるみたいで、髪の毛が薄くならないか心配です。
そして私は改めて魔法の研究を行っています。
私の魔法は空間に対していろんな制御が出来るもののようです。
良く知られているものとしては空間転移でしょうね。
これは空間の入れ替えで実現できるようです。
但し術者が入れ替える空間の位置関係を正しく認識している必要があるとのこと。
実際に家の中で試してみましたが、特に問題はなさそうでした。
そうそう、双方の空間をきちんと設定しないと、キャトルミューテーションみたいなことになります。
怒ったリズさんはほんとに怖かったです。
魔法のポーチも実験的に作ってみました。
維持に必要な魔力はとりあえず使用者本人から供給するようにして、私と師匠の二人分です。
とりあえず容量はこの部屋位にしてみました。
オプションとして、念じれば物の出し入れが出来るようにしてあります。
使い心地等を見て、もっと使いやすいものに出来ないか、研究してみるつもりです。
◇ ◇ ◇
「師匠、準備良いですか?」
「はい、いつでも良いですよ」
「じゃあ行きます」
私と師匠を囲った空間に考えていた制御を行います。
内部は現在の環境を維持し、外部からの熱、有害紫外線を遮断。
空気抵抗、重力の干渉を無効化して、上方向への運動エネルギーを徐々に増加していきます。
「行ってらっしゃいませ」
お辞儀するリズさんを下に見ながら、私達は上昇を開始しました。
街が森が大地がだんだんと小さくなり、この星の輪郭があらわになっていきます。
「綺麗……」
「飛行の魔法でも流石にこの高さまでは来れないからね」
始めて見る光景に思わず声がでてしまいました。
師匠も驚きを隠せないようです。
「気密に問題なさそうなので、一気に跳びますね」
「はい」
もうかなりの高度に達していますが、これはあくまでも宇宙で問題がないかのテストでしかありません。
制御している空間に異常がないことを確認し、私は知識の引き出しにあったその場所を頭の中に思い描きます。
次の瞬間、私達は転移しました。
そこはほのかな明るさを持つ空間でした。
光る水晶の洞窟とでも呼べばいいのでしょうか。
岩肌にぼんやりと光る鉱石が混じっているようです。
ほんの一ヶ月程前まで、主は確かにそこにいたのでしょう。
ぽっかりと空いた空間に温もりが残っているような気がします。
何か感じるものがあったのか、ティンクは胸元から顔を出し、じっとその場所を見つめていました。
私は庭で摘んできた花を保存用空間で包み、ある程度持続するだけの魔力を送り込んで、主の居た場所に供えました。
勝手に見初められて召還され、その本人は知らないうちにいなくなるなんて……と憤りもしましたが、それも一晩だけ。
こういうことはさっさと水に流してしまった方が良いのです。
入学式当日、事故で死んでいたかもしれないと考えれば、召還されたのは幸運だったとも思えます。
多少……いえ、かなり強引ですけど。
”辛いときこそ前を見ろ、振り返るのは何時でも出来る”とお祖父様もおっしゃっていましたし。
だから、私は貴方の思惑に乗ることにします。
「また来ますね」
そっと手を合わせてお祈りを済ませ、顔を上げました。
師匠の方を見ると、真剣な顔つきで何事か話しているようです。
「不思議な巡りあわせで私はこの場にいます。本来ならここで貴方がコユキに諸々のことを教えるつもりだったのでしょう。でもその役目は私に回ってきた。……托されたのだと思うことにしました。この縁、大事にしたいと思います」
決意表明みたいです。
師匠も何か思うところがあるのでしょうね。
この弟子にして、この師匠あり?
……何か違うような。
「さあ、帰りましょう」
ぶつぶつ言ってたら、優しく頭を撫でられました。
いつの間にかお話は終わっていたようです。
「はい」
にっこり微笑んで、私はもうすっかりお馴染みになった屋敷の庭を思い浮かべました。
◇ ◇ ◇
「本当にいいのかい?」
「はい」
師匠はいつものように頭を撫でるのではなく、跪いて視線を合わせ、私の手を取りました。
私の真意を量ろうとするかのような眼差しです。
対する私はにっこりと微笑みました。
大方の事情が判った以上、選択肢は二つだけ。
師匠と袂を分かって自活するか、このまま関係を維持するか。
冒険小説とかなら間違いなく前者ですよね。
でもこれは私の人生。
事情を知っている人が傍にいてくれる方が心強いです。
決心が変わらないことを察したのか、師匠は優しい笑みを浮かべました。
「これからもよろしく、コユキ」
「こちらこそよろしくお願い致します、師匠」
あ、少し残念そうな顔。
恥ずかしいので、これからも師匠と呼ばせてもらいますね。
――その日から私の名前は、コユキ・マイスナーになりました。
次回予告:「第七話 連理」




