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晶の標  作者:
60/61

第五十九話 禁書

更新が遅れてごめんなさい。

「どうしよう、これ……」


 さすがにお持ち帰りするわけにはいきません。

 何やら求愛ダンスのように私の周りをふわふわと回り始めた禁書の扱いに困っていると……。


『どうやら賭けは私の勝ちのようだね』


 振り返ると声の主が史書さんを従え、ゆっくりと階段を下りて来られるところでした。


「コンラート小父様?!」


 間接的ではありますが、私達をこの場に誘ったご本人は、してやったりの笑みを浮かべていらっしゃいます。


『君達のどちらがその本の主になるか、マックスと賭けをしていたのだよ』


 疑問符を浮かべる私達に、コンラート小父様は得意げに顎を撫でながら答えて下さいますが……。


「あの、それよりも、この本の事を教えて下さい」

『あ? ああ、そっちのことかい』


 コホンと一つ咳をし、威厳を正したコンラート小父様の説明によれば、この本は先代の地のお方が、風のお方と晶のお方に話を持ち掛け、共同で作製された魔道書なのだそうです。

 折角だからあれもこれもと様々な機能を盛り込んだ結果、お三方がいなくなった後は誰にも開くことが出来なくなってしまったのだとか……。


『先代の言葉によれば、”新たな主が現れれば自ら求めるであろう”ということだったが、まあ予想通りだな』


 そのうち誰か主になる者が出てくるさ……的な発言ですよね。

 先代様、そんないいかげんなことで良いのでしょうか。


「それで、どうすれば良いのですか?」

『魔力を与え、契約すれば良い』


 ああ、契約する以外に方法はないのですね。

 深いため息をついた私は、コンラート小父様に指示されるがまま、魔力を込め、契約の言葉を紡ぎます。


「無限の知識を携えし魔道の書よ、我が魔力に答え、その真の姿を示せ、我はコユキ・マイスナー、汝が主なり」


 すると、ティンクと共有している記憶領域が大幅に拡張され、膨大な知識が流れ込んでくるような感覚に襲われました。

 晶のお方の知識を受け継いだ時の感覚にそっくりです。

 突然の出来事にティンクもびっくりして目をぱちくりさせています。


 一方、魔道書の方はというと、契約の言葉を唱えた直後から光を放ち、パチン、パキンと封印が解かれるような嫌な音を響かせ始めました。

 やがて、その表紙に”無限の魔道書”とタイトルが表示され、ゆっくりとページが開かれ、中から背中に羽を生やした掌サイズの小さな女の子――昔のティンクにそっくりです――が現れます。


「妖精さん?」


 その娘はゆっくりと瞼を開くと、にっこりと笑みを浮かべ、私に向かって少しぎこちないお辞儀をしてきました。


『始めまして、ご主人様。

 ご契約ありがとうございます。

 私は”無限の魔道書”を統括する者。

 契約の証として、名を頂きたく存じます』


 名前付けるの苦手なんですけど……。

 助けを求めて周りを見るも、皆苦笑しつつ見守るつもりのようです。

 諦めてその娘に目を凝らします。


 流れるようなサラサラの銀髪は月の女神のように輝き、整った顔立ちの中で怪しげに光る赤眼は灼熱の炎のようです。

 凛とした中に少しだけ狂気を孕んだかのような佇まい。

 興味深げにじろじろと見ていると、その娘は恥ずかしそうに両手を体に回しました。


『あ、あの、ご主人様。

 そのように見つめられては些か恥ずかしゅうございます』


 その可愛い仕草に、ちょっとだけ苛めたくなるのを抑えて、頭に浮かんだ名を口にしました。


「ごめんね、ルナ。

 これからよろしく」


 ……と同時に、空中に次々と魔法陣が展開され始めました。

 それらは、一瞬だけ輝いては消えていきます。


『ご主人様認証完了……全機能凍結解除……履歴収集……ご主人様への最適化実行……』


 長い詩を歌うように奏でられたルナの声が途切れると、一瞬魔道書が激しく光を放って消滅しました。

 瞬きを三度程繰り返した後、再出現したそれは、年代を感じさせるような趣がなくなり、全体的に洗練されたような装丁に変わっています。

 その表紙がゆっくりと開かれ、中から現れたルナが、今風の優雅なお辞儀をしました。


『無限の魔道書、起動完了致しました。

 全機能正常に稼働中、問題ありません。

 ご主人様、なんなりとご命令を』

「と、とりあえず、話は家に帰ってからにしようか……」


 あまりの展開に驚きを隠せなかった私は、にっこりと微笑むルナにそう答えるだけで精一杯でした。


        ◇        ◇        ◇


『それでは改めてご説明させて頂きます、ご主人様。

 ”無限の魔道書”はそもそも、先代の地のお方が増えすぎた蔵書や世界各地にある書物を何時でも自由に閲覧したいと願ったことから製作されました』


 アカデミーの禁書庫から一瞬で王都のマイスナー家別邸の応接間に転移させられた私達は、その様子に動じることなく全員にお茶の用意をして去っていくクレアを見送り、ルナの説明を聞くことになりました。

 何故か史書さんもいらっしゃるのですが、コンラート小父様によれば、”彼女は私の眷属だから問題ないよ”とのことなので、そのまま聞いていらっしゃいます。


『……ですから本来の機能は、このように各地に散らばる書物を自由に閲覧出来ることでしょうか。

 もちろん翻訳も自由自在でございます』


 説明しながら、空中に次々と各種書物の内容をいろんな言語で表示していくルナ。

 懐かしい日本語の翻訳文もあってびっくりしたのですが、私と知識を共有したことで理解してしまったのでしょうか。

 それに、どこかの国の重要書類みたいなのもあったけど、これは見なかったことにした方が良さそうです。


『こんな便利な魔道書ですから、もちろん人の手に渡れば諍いの種になるのは間違いありません。

 そこでセキュリティ機能を初めとした様々な機能が付加されることになり、本来ナビゲータ機能として作製された私が統括者として本書を管理することになったのでございます』


 さ、様々な機能のことは聞かない方が良さそうですね。

 エアーゴーレムの例もあるし、先代の風のお方と晶のお方が係わっているとなると、とんでもないことになっていそうが気がします。

 事実、ルナが得意そうに説明する機能の中には、”自己防衛機能としてあらゆる魔法を使いこなせる”だの、”破壊防止のために自己修復機能も完備しております”だの、”刻々と変化する環境にも適応出来るよう進化機能も備えております”だのと、とんでもない言葉がぽんぽんと出てきていました。

 あのコンラート小父様でさえ、それを聞いて口をぽかんと開けていらっしゃいます。


『……そんな訳で、ある一つのことを除いては、ご主人様のご要望にお答えできるものと自負しております』

「ある一つのこと?」

『はい、始祖竜、及びその導き手の皆様に刃を向けることでございます』


 確かにそれは重要ですね。

 でもそれ以外のことは何でも出来るってことでしょうか。

 そこで私は少しだけ意地悪な質問をしてみることにしました。


「じゃあ、私を今すぐ元いた世界に戻せる?」


 その問いにルナは一瞬きょとんと首を傾げましたが、すぐににっこりと笑みを浮かべました。


『はい、もちろん可能でございます』


次回予告:「第六十話 故郷」

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