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晶の標  作者:
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第五話 訪問者

 部屋は異様な雰囲気に包まれていました。

 主であるはずの師匠は先ほどから小刻みに震えています。

 リズさんは緊張した様子でお茶を出し終えると、ほっとしたような表情を浮かべて部屋を辞して行きました。

 私は先ほどから背中を嫌な汗が流れ続けています。


 原因はもちろん、目の前にいらっしゃるお客様方。

 お一人は漆黒のローブに同色の円錐形でつばの広い帽子を被ったお爺さんで、にこやかに微笑んでおられます。

 もう一人は赤いローブ姿の妖艶な美女で、こちらを値踏みするかのように鋭い眼光をたたえて座っていらっしゃいます。


 普通の人からすれば、魔術師のお爺さんとその娘さんにしか見えないけど、気配を察知できる人には、絶対に敵に回してはいけない方々だと判るはずです。

 そんな方達がいったい何の用があるのでしょう?

 しかも私に……。

 扉を開けた瞬間、回れ右して逃げようと思った私は間違ってない。

 例え回り込まれてしまったとしても。


「そ、それで、コユキにど、どのようなご、ご用件で?」

『あ~そんなに緊張せんでもえぇ~。何も獲って食おうとは思うておらんわ』

「お慈悲に感謝致します」


 どうやらいきなり頭から丸かじりはなさそうです。


『さて……ととと』


 お爺さんが口を開いた矢先、それを遮るようにキラキラとしたものがテーブルの上を横切りました。


「妖精?」


 呟きに答えるように、妖精さんは私の周りを二、三周して、頭の上にふわりと載ってきました。


『おぬしがおったのぉ~。嬢、そやつに名前をつけてはくれんか?』

「名前……ですか?」


 上目遣いに見上げれば、逆さになってこちらを見る妖精さんと目が会いました。

 つぶらな瞳にちょっとだけ癒された気がします。

 そうですね~どんな名前がいいか……じゃない。


「あ、あの、理由をお聞きしてもいいでしょうか?」

『ふむ、まぁ、先でも後でも構わんがの』


 質問に質問で返すのは良くないとは思ったのですが、特に咎められなかったようです。

 逆に赤いローブのお姐さんが少し感心したかのように真紅の目を細められました。


『もう気づいとるじゃろうが、わしらは嬢らの言葉でいうところの竜と呼ばれる種じゃ』


 やはりそうでしたか。

 しかも他を圧倒するような気配と人化の能力から察するに、ものすごく高位の種であることは間違いありません。


『そうさの、わしらは無限の刻を生きるが、数千年から数万年の間隔で代替わりというか、幼生返りをするんじゃ』

「幼生返り?」

『そうじゃの、古い体を捨てて新しく再構築する。まぁ一種のりふれっしゅと気分転換というやつじゃな』


 お爺さんはそう言って、ほぉっほぉっと笑いました。

 リフレッシュはまだしも気分転換でそんなことしていいものなのでしょうか?


『……で、幼生体の間は住処でじっとしとるものなんじゃが、好奇心旺盛な風の奴が、長耳族に仮親となって育ててもろうてな。これがまた得意げに話すものだから、他の奴らも興味をそそられての。じゃから代替わりの時期が近づいたら、どやつも適性や波長のあう仮親を探すようになってしもうたんじゃ。これでえぇかの?』


 あれ、お話終わりですか?

 聞いた内容って、代替わりのお話と仮親のお話……仮親?


「あ、あの、ひょっとして、もしかして、まさかとは思いますが、仮親って?」

『嬢のことじゃ~。話聞いとったじゃろ?』

「話って、代替わりと仮親のことだけじゃないですか。第一、何方が代替わりされるのかも聞いてませんよ」

「コ、コユキ……」

『代替わりはもう済んでるんだよ』


 それまで黙っていた赤のお姐さんが始めて口を開かれました。

 ……と、それよりも、今凄く大事な内容を聞いた気がするのですが。


「代替わりがもう済んでる……んですか?」

『ああ、お前達の言葉に当てはめれば、晶竜……ということになるのかね。一ヶ月程前のことさね』


 一ヶ月前といえば丁度師匠が私を見つけた頃です。


 お姐さんの話によると、晶竜が代替わりのために仮親を探したけど、この世界では適性や波長のあう者が見つからなかった。

 そこで時空を超えた異世界にまでその範囲を広げて適性者を見つけ、この世界に召還した……ということらしいです。


『この世界の周辺は時空の乱れが酷いらしくてのぉ~。満月蝕の日になんとか召還したと言っておったのぉ~』

「満月蝕?」

「太陽とこの星、それに二つの月が一直線に重なる刻のことですよ」


 師匠、解説ありがとうございます。


 そうして私を召還したまでは良かったが、こちらの世界に体を適合させたり、知識や魔力を継承するための調整とかを同時に制御していたため、召還位置の補正に一瞬の乱れが生じ、結果、私は晶竜の住処であるルーン――外側の月――から大きく外れたこの星の迷いの森付近に召還されてしまったそうです。

 それをたまたま師匠が見つけて、魔力溢れをなんとかするために封印ヴェジーゲルングの魔法を施したものだから、私を感知できなくなり、時間切れで晶竜は代替わりしてしまったとのこと。


『後のことは頼むと縋りつかれてしもうてのぉ~。嬢を探しておったのじゃ』


 漸く事情が飲み込めてきました。

 しかし、文句を言おうにも晶竜さんはもう代替わりしてしまっている……代替わり?


「代替わりしてるってことは幼生体がいるってことですよね?」

『そこにおるじゃろ』


 何を今更とお爺さんが指差す先は私……の頭の上?


「ええええええ、この妖精さんが幼生体?」

『”人族の世界で暮らすには、この方が都合がよかろう”と言うておったな。成長すれば人化も出来るようになる。それまでの辛抱じゃ』


 いえ、辛抱とかそんなのじゃなくて……幼生体に文句言っても仕方ないですね。


「あ、あの、コ、コユキをも、元の世界に帰してあげることはで、出来ないのでしょうか?」

『今は時空が乱れておるし、無理じゃろうのぉ~。そやつが成体になれば可能かもしれんが……。何れにせよ、時空が安定する次の満月蝕まで待つことになろう』

「次の満月蝕って、何時でしょうか?」

『九十年後といったところかしらね』


 九十年後って生きてる気がしないのですが。


『嬢の体をこちらに適合させる際に寿命も延ばしとるはずじゃから問題なかろう。まあ、その影響で体が縮んでしもうとるがの』

「コ、コユキは長耳族のように長命ということでしょうか?」

『仮親になってもらうんじゃ。それ位はせんとの』


 はあ、話が大きすぎてついていけません。

 数万年からしたら九十年はあっという間って感覚なんでしょうね、多分……。


『さて、きゃつの知識を伝授するから用意せえ。今は魔法も禄に使えんじゃろ』

「知識? 用意?」

『記憶領域をもっと広げなさい。やり方は知っているでしょう』


 ……ひょっとして、記憶力が良いのって魔法のせい?


『ええか、いくぞい』

「わわわ、ちょっと待って下さい」


 慌てて、頭の中に引き出しをえっと、とにかく沢山!!

 イメージした瞬間、出来た引き出しがどんどん埋まっていく感じがしました。

 頭の中が引き出しに占拠されていくようでパニックになっていると、師匠が手をぎゅっと握ってくれます。

 その温もりで少し落ち着きを取り戻し、増えていく引き出しを眺める位の余裕を持てるようになりました。


 やがて最後の引き出しが埋まると、其処が開き、晶竜のメッセージが流れました。


『我の行いにて汝には迷惑をかける。幼生をよろしく頼む』


 簡潔だけど、私の心には何か響くものがありました。

 今の心情を含めて適性というなら、確かに私には適性があるのでしょう。


『どんな成長しても知りませんからね……』


 頭の中で答えると晶竜が笑ったような気がしました。


 目を開くと、そこには妖精さんが浮かんでいます。

 私の鼻に手を添えて、目覚めるのを待っていたようです。

 ちょ、ちょっと近い近い。


『後は、そやつの名前だけじゃな』


 この子の名前……。

 目の前で首を傾げる幼生ならぬ妖精。


「ティンク……あなたの名前はティンク」

『ありがとう、コユキ。これからよろしくね』


 名前をつけてあげると、頭の中にティンクの声が聞こえてきました。

 これは念話デフト・コンベザツィオンの魔法かな?

 そして私の中で、いろいろばらけていたジグソーパズルのピースが全部はまったような感覚がありました。


『話は済んだし、帰るとするかの……と忘れるところじゃった』


 お爺さんがどこからか、キラキラと輝く板のようなものと大きな宝石を取り出しました。


「こ、これは、ドラゴンの鱗に魔晶石ですか?」

『よういくひというものだそうじゃ』


 師匠が驚きの表情でそれらを眺めています。


『嬢、たっしゃでの』

『偶には手土産持参で遊びにいらっしゃい』


 そう言い残して、お二人は姿を消してしまいました。


「師匠……」

「コユキ、今日のことは他言無用で……」

「もちろんです」


 私と師匠はお互いに顔を見合わせて、はああああと長いため息をついたのでした。


次回予告:「第六話 墓参」

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