第五十六話 補講
『ごめんね、コユキちゃん。殿下の押しの強さに断りきれなくて』
『いいよ、ニナ。私も引き受けちゃったから。でも……』
『……場所が悪かったね』
『うん』
通信魔道具を介して、私達は同時にはぁとため息をつきました。
ジークフリート殿下とトビアス君がニナと私に声を掛けたのは、闘技場を後にしようとしていた級友達の足を止めるには充分な出来事だったようです。
その後、話しを聞いた私達が殿下とトビアス君のお願いを了承したことにより、遠巻きにしていた彼らが、俺も、僕も、私もとお願いしてきたのは当然の成り行きでした。
『とりあえず矯正からかな』
『そうだね、それだけでかなり違ってくるだろうし。
……魔道具は何とかなりそう?』
『うん、この時間に作っちゃう』
『無理しないでね』
『大丈夫だよ』
『それじゃあ、また後でね』
『うん』
通信を終えて、もう一度ため息をついていると、隣から視線を感じました。
ダークブラウンの髪を肩口で束ねただけの少女が同色のやや大きめな瞳で私の手元を興味深そうに覗き込んでいます。
彼女は私の視線に気づくと、悪戯がばれた子供のようにぺろっと舌を出し、前を向きました。
その後、心持体をこちらに傾けてきます。
「さっきから、教授がこっちをちらちら見てますよ」
通信魔道具を使っていたので、ぼーっとしていると思われたのかもしれません。
或いは手元の魔晶石が原因でしょうか。
「コユキ・マイスナー、オスカー・ハイネマン教授が開発した転移魔法陣に使用されている魔法陣の形式は?」
「積層魔法陣が使用されているとのことですが、詳細は非公開となっています」
隣の娘にありがとうと頷き返したところに、魔道具論の教授から質問が飛んできました。
しかも、ここぞとばかりに非公開内容を答えさせようとするなんて陰険な性格をされていらっしゃいます。
形どおりの回答をすると、少しむっとした表情で講義を再開されました。
「あの、何を作られていたんですか?」
講義が終わると、隣の娘が話し掛けてきました。
「これのこと?」
私が魔晶石をみせると、うんうんと頷きます。
「あの……あ、私ヘルメといいます。よろしければ見せてもらってもいいでしょうか?」
ここに来て漸く名乗っていなかったことに気づいたのか、ヘルメは自分の名前を呟きながらも、その視線は私の手の中にある魔晶石に注がれていました。
「障壁の魔道具だよ」
一般に良く知られている魔法を使えるようにした魔道具は然程珍しいものではありません。
私は手の中の一つを取って、中の魔法陣を展開してあげました。
ヘルメはくるくるとよく動く瞳に焼き付けるようにそれを見つめています。
「ありがとうございました」
やがて満足したのか、ほうと息を吐きながら深々と頭を下げました。
「私魔道具に目がなくて。
……いつか一流の魔道具製作者になるのが夢なんです」
大きな瞳をきらきらさせて夢を語るヘルメを羨ましいと思いつつも、約束の時間が迫っていることもあり、私は挨拶もそこそこに、教室を後にしたのでした。
◇ ◇ ◇
「では自主練習を始めます」
「よろしくお願いします」
ずらりと勢揃いした級友達を前に、私達は少し圧倒されながらも、練習を始めることにしました。
皆魔戦技の時間よりも活き活きしているのは何故なんでしょうか。
放課後に生徒達だけで自主練習するのも問題がありそうだったので、監視役として来て貰ったパラッシュ先生も苦笑を浮かべていらっしゃいます。
「それじゃあ、一班と三班の皆さんはこちらへ」
私から魔道具の半分を受け取ったニナが級友の半分を向こうの端へと誘導していきます。
それを見送ってから、私は残った九名に向き直りました。
何を始めるのか期待した十八の瞳が一斉に私を捕らえます。
すぅっと息を吸い込んで心を落ち着かせ、私はその視線を受け止めました。
「まず最初に皆さんの悪い癖を矯正します」
私の言った内容を理解したのか、少しざわめきが生まれます。
それを制し、私はトビアス君に向かっておいでおいでをしました。
多少不満げな顔をしていますが、教えを請うた手前逆らうこともせず、トビアス君が前に出てきます。
私はロッドを取り出すと、にっこり微笑んで彼に一方の先を突きつけました。
「ちゃんと躱してね。いくよ、せーの」
「ちょ、待てよ、おい」
手加減はしていますが、それなりの速さで突いたロッドをトビアス君はなんとか躱して、床にごろごろと転がりました。
「何すんだ、危ねえだろ?!」
「ちゃんと躱せたじゃない」
トビアス君の文句を無視して、私はぱちぱちと手を叩き、彼を褒め称えます。
「馬鹿にしてんのか?! 掛け声まで掛けてたらいくらなんでも躱せるっての」
叫んだトビアス君の声を聞いて、何人かがはっとしたように目を輝かせました。
「なるほど、攻撃するタイミングか」
「いえ、それだけではありません。どこを狙っているかもです」
ゲーアハルト君が代表して答え、グンター君が冷静に補足を加えます。
そう、どこを狙って何時撃つのかが判れば、魔法であっても躱すのは然程難しくはないのです。
武術を学んでいれば当たり前のことなのですが、級友達は魔法の才能があったが故に、武術訓練をあまりやってこなかったのでしょう。
魔法の練習と言っても、的に向かって魔法を撃つのが大半であるため、自然とこんな癖がついてしまうのです。
「それじゃあ練習しようか」
私はトビアス君を除く八人を二人ずつの四組に分け、持っていた魔晶石をそれぞれの組に一つずつ渡しました。
「これは?」
「障壁の魔道具です。
魔力を流せば障壁の魔法が展開されます。
それぞれの組で、一人が魔法を撃ち、もう一人がそれを躱します。
五分毎に交代して、癖の矯正と躱す練習をして下さい」
八人は早速それぞれの組に別れ、練習を始めました。
「躱す方は相手の動きを良く見て、躱すタイミングを掴んでね。
余裕があるなら、自分で防御系の魔法を使っても構いません」
声を掛けるとこちらを見て皆頷いてくれました。
なんだかんだ言っても優秀な彼らです。
きっとすぐにコツを掴んでくれるでしょう。
「さて」
私はトビアス君の方に向き直り、微笑みました。
「トビアス君は私とね」
「おう」
それから一時間半程が経過し、級友達十八人は床に座り込んで肩で息をしていました。
特に疲れている子達にはパラッシュ先生が癒し《ヴェサルング》の魔法を掛けて下さっています。
「皆さん、お疲れ様でした。
今日は悪い癖の矯正を重点的に行いました。
すぐには直せないと思いますが、日々の積み重ねが大切です。
自主練習する際にも意識するようにして下さい。
それではまた明日」
「ありがとうございました」
私がほっと一息ついていると、ニナが袖をつんつんと引っ張りました。
「どうしたの?」
「あのね、殿下が模範演技を見たいと仰られて」
「えええ?」
「どうせ今から帰ると、お屋敷で組み手する時間もないし、ここでやってもいいかなって思うんだけど、どうかな?」
なんだかんだ言っても、ニナはジークフリート殿下のお願いには弱いらしいです。
それに目指す所を意識してもらうという点でも模擬戦を見せる価値はあるかもしれません。
「それじゃあ魔法主体で軽くやりますか」
「ありがとう、コユキちゃん」
武器を持ってステージに上がる私達を見た級友達が何が始まるのかと、周りに集まってきます。
「今から二人で魔法主体の模擬戦をやります。
今日練習したことのおさらいの意味で見て下さい」
それから五分間程、私達は初期魔法主体の模擬戦を披露しました。
お屋敷での組み手と違って全力は出しませんが、それなりに体を動かせて楽しかったです。
それを食い入るように見ていた皆の目が印象的で、それだけでも遣ってよかったなと思えたのでした。
次回予告:「第五十七話 拡散」




